~第1幕~
武蔵道大学人文学部メディア学科。霧生宗司がその顧問を務める異邦人コミュニティ研究所はその研究と政府への政策提案などで日本でも有数の信頼のおける学術機関だ。高齢も高齢な霧生の後継者として碧はとても期待されている逸材であった。彼女はヨウチューブでハーフ日本人の取材を果敢におこなうチャンネル運営をはじめ、そういったジャンルの機関紙の編集やアドバイザー等も積極的にこなしていた。時に報道番組に出演した事もある。
誰がどう考えたって服部碧の道はそこにしかなかった。それが大きく変わったのは母校である千葉女子一心高校柔道部の全国大会観戦をした後のこと。
一心高校は碧が卒業してからも女子柔道部の強豪であり続けた。監督は碧達が団体戦優勝という伝説を残した時から変わっていない。鳥谷碧だ。
「先生変わらないなぁ」
「もともと老け顔だし」
「こら、失礼だろ」
「あはは。内緒にして」
観客席で試合観戦に臨むのは今や水族館職員になっている海老原妙子。柔道は趣味で続けているようだ。
「みて! アレって渚じゃねぇ?」
「あ! 本当だ! 今もマネージャーなのかな?」
妙子が指さしたところ、鳥谷の真横に車椅子に座った葛城渚の姿があった。
彼女は身体障碍者でありながら今尚も一心高校に通っていると聞いていたが、部活のサポーターとして献身していたとは碧も感心せずにはいられなかった。
碧たちの応援する一心高校は団体戦で岡山創芯高校と準決勝であたって敗戦。創芯高校にはエースのサイレント・クイーン、浦島希空がいた。その彼女が登場するやいなや会場は大歓声に包まれる。もはや人気テレビタレントのようだ。
試合後、碧たちはロビーで鳥谷たちと少しだけ懇談をした。
「お疲れ様でした。先生。惜しかったですね。でも浦島さんは強いや」
「ははは、服部ちゃんが言うなら仕方ないよな。また来年挑み直すよ」
「渚は今も頑張っているのね」
「うん、私にとってこの学校の柔道部が全て。碧もそうじゃないの?」
「えっ?」
弱弱しくなった渚のその言葉に一瞬だけ時が止まる。
「楽しいところ失礼。ちょっといいかしら?」
そこへ唐突に創芯高校柔道部顧問の松永が入ってきた。
「服部碧さん、私たちのエースが貴女と話したいってずっと言うのよ。チョットだけでも会ってくれない?」
「はぁ」
目まぐるしい展開に戸惑う碧だったが、妙子の「行ってきたら? あの超有名大スター選手からのラブコールよ?」との一声に背中を押されてしまう。
流されるまま、浦島が待つ個室に連れてこられた。
試合会場を最高に沸かせた彼女はもう既に柔道着を着ていなかった。
ゴスロリのファッション。
髪は派手な紫色のままだが、派手な格好を好む碧ですら圧巻される姿だった。
浦島の横には手話の通訳がいる。創芯高校の在校生のようだ。
そしてそこで浦島は開口一番に「あなたと組手をしたい」と何の前置きもなく突きつけてきた。
冗談だろう?
碧は苦笑いをして「今は全然してないよ」と大きくジェスチャーをしながら、伝える。それでも浦島のキラキラした眼光は止まらない。
「嘘つき。本当はまだ柔道したいって顔にみえますよ?」
なかなかどぎつい言葉だ。でも彼女はどこか微笑んでいるようにみえる。
不思議な空間だった。
また柔道着を着る事はしないが、彼女の稽古を見物にしに行くとは約束した。
否、約束させられたのだ。
この飲みこまれる感じ。何だろうか。
碧は永延とざっくばらんに笑顔を振りまいては話しかけてくるライバルを妙に思いだした。しかしこの時から彼女は何らかの運命に誘われていたようだったと重ねて懐古する――