PROLOGUE:明日への10カウント
2024年の夏。フランスはマルセイユ。
『1、2、3……』
フランス代表にして40代の新鋭、マルチーヌ・コルディエと20代遅咲きの秀才と謳われた忍者黒帯、服部碧の決勝戦は開始早々にコルディエが得意とする上四方固からの抑えこみが決まりそうになっていた。この前にコルディエはそれまでの熱戦を忘れたかのように凄まじいスピードで碧に迫り「技あり」をとっていた。
『4、5,6……』
ここまできてアッサリ負けるなんて出来ない。何とか最悪の展開から抗おうと碧は必死にもがく。
『7、8,9』
非情なカウントのアナウンスが聴こえる。そして――
『IPPON!』
ウクライナ人の審判が大声でその一声を放つ。そして碧はただ真っ白な天井を仰いだ。その時に脳裏にかすんだのはライバルと交わした約束。この日本代表で共に時間を過ごした同胞の顏。だけど彼女は「負け」と向き合うしかなかった――
「ふぅ~大仕事だったなぁ」
彼女は数え切れないほどの荷物を持ち運んだ。その多くが1日で読み切れないほどの書類。市川女子一心高校を卒業した服部碧は柔道家を志し、武蔵道大学に進学。しかし同階級で日本一であり続けた仙道朱莉沙には悉く敗戦するばかり。違う階級への移行も勧められたが、彼女は突然「柔道を辞める」と周囲に宣言をした。
そして彼女は研究活動に熱を入れるようになる。そのジャンルは日本における異邦人の生き方を解いてゆくもの。元々IQの高かった彼女はそうした学術分野への進路を高校生活のなかで密かに考えていた。
朱莉沙にはどうやったって敵わない。3度目の対決で負け、彼女は悟った。
自分が柔道から身を引いて間もなくの事。そんな朱莉沙にもライバルが現れた。浦島希空。サイレント・クイーンと謳われる聾唖の柔道選手だ。彼女の耳は全く音が入ってこない。そんな彼女は普通ならば柔道選手として不利な立場にある。しかし彼女の五感はとても研ぎ澄まされており、それを逆手にとる戦術で柔道を始めた高校時代よりメキメキと才覚を発揮。
全国大会ではすぐさまに優勝。ジュニアの世界大会でもその勢いのまま頂点に。まるでスマイル・クイーンと業界を驚かせた仙道朱莉沙を彷彿としていた。
希空と朱莉沙はつい先日に全国大会で相まみえた。結果は朱莉沙の判定勝ち。接戦だったと言われる。そんなことを取り上げているニュースをスマホで眺める。自分はそこにはいけなかった。そこまでだった。
彼女はコーヒーを片手に溜息をつく。
「どうした?」
彼女の研究チームの長である霧生教授が穏やかに尋ねる。
「別に。何でもないですよ」
「面白くないニュースでもみたいのかい?」
「まぁ……そんなところ。詮索はしないで」
「はいはい。今日は大仕事だった。明日は休みにしよう」
「そうですね」
彼女は全く想像していなかった。また自分が柔道着を着る事になるなんて――
∀・)書く書かない色々言っていた「碧-aoi-」の続編を書くことになりました!と言っても前作を読まなくても大丈夫な仕様になっております。「スポ魂なろうフェス」に「劇団になろうフェス」を飾る作品になるならば嬉しいですが、ひとまず書ききることを目標に頑張ります(笑)