著者:かりんとう
あの日の光景が、脳裏から離れない
薄暗い道路を照らす無数のライト、むせかえるほどの鉄のような匂い、どこか遠くから聞こえてくるサイレンの音 あいつが俺のことを君と呼んでいる様子が走馬灯のようによみがえってきて
俺は、現実味のないその光景を呆然と見ていることしかできなかった
…だから、そう、これはきっと贖罪なのだろう
あいつを見殺しにした俺への振り下ろされる、断罪の刃なのだ
ざっざっと、規則性のない足音が町の喧騒の中に消えていく
俺はその音を聞きながら今日も帰路をたどる
見慣れた居酒屋の看板に、横断歩道の信号機、どこかちぐはぐのようにも感じられる街並みが、今日も変わらずに存在を主張していた
そんな代わり映えのしない光景を横目で見ながらもう何度考えたかもわからない思考が頭の中を支配する
あいつが交通事故にあってから5年がたった
…思えば、あの時から俺の人生は狂い始めたんだと思う
その時高三だった俺はその事件のショックから、受験勉強に全く身が入らずにすべての志望校から落ち、親が浪人は許さない人だったので、渋々そのままブラック企業に就職して今日も上司に理不尽なことで叱られたり、ボロボロになりながら、少ない給料で毎日を耐えしのいでいた
まるであいつの呪いを受けたかのような転落人生を俺は、歩んでいる
そんなことを考えているうちに、家についた
手慣れた手つきで鍵を開けたのち、扉も開けて、家の中へと入る
ただいまは、言わない、待ってくれる人がいないからだ
羽織っていたコートを玄関にある衣装棚に突っ込んで、リビングに向かう
「おかえり」
「ぇ」
誰もいないはずの俺の家の中から、声が聞こえてくる
ありえない、と考えながら俺は慌てて電気をつける
そこには、人の形をとった黒い何かがいた
「お、お前は、何だ」
「おいおい、お前なんてつれないじゃないか、親友くん?」
「!?」
そのしゃべり方は、そして何よりさっきは気が付かなかったが、聞き覚えのあるその声は まぎれもない、彼女のもので…
「まさか…美香…?」
「せいかーい、ま、怨念みたいなものだけどね」
「お、怨、念」
「そう、怨念、聞いたことない?漫画とかでよく出てくるでしょ」
もちろん聞いたことは、ある
だがしかし、創作の世界だけのものだと思っていた、曲がり間違っても、現実にあるわけないと、そう思い込んでいた
時計がカチカチと音を立てて時を刻む
いつもと何も変わりはないはずなのに、今は、今だけは、その音が自分を殺すためのカウントダウンに聞こえて仕方がない
「そんなバカなことが…あるわけ」
「実際あるんだよなぁ、目の前の光景がみえてないのかい?」
うぐっと言葉に詰まる
そうだ、美香が死んだことは自分でも確認したし、そしてなにより、葬式で目の前でこいつの体が焼かれたのを確かに見た
「じゃ、じゃあ、なんで今出てくるんだよ!?あの事故直後でもよかっただろ!?」
「…そんなことは、どうでもいいだろ?どうせキミは、今日死ぬんだから」
「な…に…?」
死ぬ、という美香の言葉が頭の中で反響する
怨念、と言われた時点である程度予想はしていたが、それでもやはり驚きを隠せなかった
「な、なんで…?」
「なんでって、当たり前だろ?ボクはキミを恨む気持ちからできた存在みたいなものなんだからさ、今もこうして何もないようにおしゃべりをしているけど、キミを殺したくて殺したくてたまらないんだぜ?」
口なんてものがあるはずないのに、それでも口端をゆがめて笑ったのが俺にはわかった
ひっという情けない声が俺の口の中から漏れる
そして、彼女はゆっくりと俺に近づいてくる
「こ、こっちにくるなぁ…!!」
俺は脇目も降らずに逃げ出した
靴も履かずに、ただがむしゃらに、どこに行くかなんて考えずに、後ろの化け物に追いつかれないように
ひたすらに、走って、走って、走って…
そして俺は、宙を舞っていた
何が起こったのかと思考する間もなく、意識が薄れていく
薄れてゆく意識の中で、赤い光が網膜に焼き付く
化け物が耳元でひひっと笑ったような、そんな気がした