6.従者とは…
ベアトリス嬢によると、普段のイグナーツはディートリヒ様の従者(何それ羨ましい…)だそうだ。
ストレートに妬ましいが、この世界の彼は、『ディートリヒ様の御為なら、自らの命なんて軽い』男だということだ。
その辺りをベアトリス嬢も認めたので、密かにディートリヒ様の情報を共有する協定が出来ているらしい。
今回の画商の件は、使用人のネットワークでイグナーツが仕入れた話らしい。
「そのようなものがあること、噂では聞いたことがありますが…」
どこの家で雇われるかは、使用人達の死活問題である。
例え職がなくて困っていても、問題のありそうな家は避けたい。
勤めている家が困窮したり没落すれば、路頭に迷うし、ヤバい家に入ってしまえば、身に覚えのない横領や背信の罪を着せられ、投獄されるかもしれない。
当然だが、貴族の屋敷内のことはトップシークレットで、中身がヤバくても、極力外には出ないのがお約束だ。
噂なんかが表に出ていたら、もう内部は相当燃えているという事で、当然それからでは逃げられない。
だから使用人達は、裏で連帯しているという。
あくまでも『裏』なのは、そんな横の繋がりが表沙汰になったら、秘密を貯めこんだ支配階級に潰されてしまうからだろう。
上から見れば、下級貴族の人権すら危ういのに、労働者の権利なんか塵芥に等しい。
(労働組合なんて、夢のまた夢の世界だな)
勿論、彼らが知り得た情報は、自らの命綱だから、絶対に秘密厳守の筈だが…
「…主人の客の情報を流すなんて、感心できませんけどね」
「イグナーツは、お兄様に関する事柄には妥協をしません。ある意味、こだわりがそこだけで、その他には驚くほど寛容なのです」
だから情報を手に入れたとしても、悪用はしないだろうとのことで流してくれたのだと思います、とベアトリス嬢は語った。
それもあるだろうが、日ごろからネットワークへの貢献度が凄いんだろうなーと僕は思う。
ゲームでのイグナーツも、情報諜報活動にも優れていて、公爵家の影のような存在だった筈だ。
イグナーツは、ゲーム発売5周年のお祝いに、シークレットで追加された攻略対象者だった。
(まぁ『俺』がプレイしたのは遅かったから、すでに最初っから『攻略対象者』として入ってたけど…)
そのせいか割と特別扱いで、スペックは、メインヒーローである第二王子に並ぶとされていた。
『そんなチート従者が、悪役令嬢にこき使われてて、女性なんかで道を踏み外すのがいい…!!』
と先輩が絶賛していたのを思い出す。
(確かにベアトリスやヒロインのヒールに、イグナーツが文字通り踏みにじられているファンアートは、見かけた事があったなぁ…)
嗜好は人それぞれだ。
…とりあえず、そんなチート従者に、崇拝されているディートリヒ様は流石だと思う。
「お兄様は、はっきり申し上げて特別なのです」
僕も心から同意した。
…ディートリヒ(前世ではゲームの初期ユーザー)がイグナーツを側に置いたのは、彼が攻略対象者だと思わなかったからかと。
…主人たるベアトリスを裏切った事を知っていたら、まず最初に闇に葬られたかと…(-_-;)