12.精霊神殿
あの婚約披露パーティから五日後、僕はベアトリス嬢と、街のカフェにいた。
他にも客はいたが、席同士が離れているのと、『収音板』と呼ばれる透明な仕切りがさりげなく置かれているので、話は聞こえないようになっている。
貴族御用達のお店だけでなく、冒険者が依頼人と話す、カフェや食堂でも必須のアイテムで、ゲームにも出て来た。
(聖女がそれに気づかずぶつかって、ドジっ子エピソードになってたな…)
思わず遠い目になる僕に、こちらを気遣う美しい声が届いた。
「…急に呼び出して、申し訳ありません」
「いえ! 予定もありませんでしたので」
領地に帰るのが一週間くらい遅れても、全く問題はなかった。
ちなみに、街で彼女と会うのは初めてである。
一昨日、執事から渡されたベアトリス嬢からの手紙に、日時と場所があったので、不思議に思いつつも了承の返事を送った。
どの屋敷でもそうだと思うが、主人だけでなく、主人の家族のスケジュールも執事のみならず、関わる使用人全員に把握されている。
ましてや、今回は領地に戻る日程の再調整を頼んでいる。
その結果、今日は、いつもより念入りに僕の服や髪を整えているメイドや、何か言いたそうな執事に見送られて出て来た。
「先日は否定してされていましたが…マテウス様は、レオンハルト殿下の騎士団について、何かご存じの事があるのではないですか?」
定番の挨拶の後、さっくり切り込まれ、心がずしっと大きく軋んだ。
(ご存じの事がありませんか?ではなく、あるのではないですか?と来た)
さすがディートリヒ様の妹君、鋭い。
一応、僕も貴族子息としての教育を受けているので、内心を表に出すことはない…筈だが。
「いえ、そんな事は…現実性のないお話ですし」
「まぁ、それはそうかもしれませんが…」
「気になりますか?」
「多少です。本当に気になるようでしたら、兄に相談しますから…」
あまり、忙しい兄の手を煩わせたくはありませんが――の言葉を、僕は遠く聞く。
兄に…
ディートリヒ様に…ご相談…?
(僕も同席できるかも…………うっくっ…)
…ダメダメだ!!
魂に気合を入れて、邪な妄想を振り払う。
そうだ、コレくらいでディートリヒ様を頼るなんて、そんな不甲斐ない事、自分に赦してはいけない!
「ベアトリス様のご指摘通り、僕は一つ、気になっている事があったんです」
やっぱり、とは言わなかったが、ベアトリス嬢はかすかに頷いた。
「調べたいことがあるので、少し待っていただけますか? 新学期までには、必ずご報告できると思います」
「分かりました。あの…ご無理はしないでくださいね」
上目遣いに言われた言葉は、先ほどとは別の意味で、僕の心を大きく軋ませた。
美女に期待してはいけない――前世でも今世でも語り継がれるべき、男の不文律だろう。
(『同志』であり『友達』くらいにはなれたかな)
…なーんて心のバランスを取りながら、これからやるべき事を頭の中で整理した。
時間を無駄にしないように、ベアトリス嬢と別れた後、僕は王宮に向かった。
一口に王宮と言っても広大で、王族の居住区、議事堂、裁判所、騎士団駐屯地、などが、まとまっている町と言ってもいい。
宰相の息子として、顔パスな箇所を回り情報を更新すると、敷地内を出て、ちょうどやってきた巡回馬車に飛び乗った。
目的地は、王都見物のもう一つのスポット『精霊神殿』である。
精霊神殿は、基本的に誰でも入れる。
この国の神殿は、各国の精霊信仰の総本山なので、とても立派で、たまに王宮と間違えられる(王族の住んでいる『王宮』は、王城の奥まった場所にあり街からは見えない)。
事前に申し込めば案内もつく。
観光客が落としてくれる『お布施』は、割と馬鹿に出来ない額になるらしく、お守り等のお土産も充実している。
(さすがに『精霊饅頭』はないが、神殿マークの入ったクッキーやジャムは売っている)
精霊は甘いモノが好きだから…という理由を聞いたことがあるが、本当かどうかは知らない。
前世でも修道僧や尼僧がバターやらお菓子やら作ってたのは、自給自足の目的があったらしいけど、この場所に農場はない筈だ。
前世の修道院で、定番だったワインは、『キリストの血』という触れ込みで作っていたので、さすがに此処にはないらしい。
(『精霊の血』とか言われたら、怖すぎるもんなー)
観光客とは別に、悩み事や願い事をもった人たちのための道順もアリ、僕はそちらに進んだ。
道順に沿って歩くうちに、周囲にいた他の人間の姿が消え、一つのドアが見えてくる。
(前回もこんな感じだったな)
仕組みは分からないが、客を仕分ける精霊魔法が働いているんだろう。
仮にも『精霊神殿』だし。
この世界の魔法は、精霊の力を借りて行っている、というのが定説だ。
魔法は生まれながらの能力だ。
主に血で受け継がれるので、『魔法使い』は貴族に多い。
一方、杖や魔法陣など数々の触媒、人が作った道具で起こす魔法は『魔術』と呼ばれる。
その研究者には『魔法使い』も多いが、総じて『魔術師』と呼ばれている。
精霊を煩わせず、人の生活の補助をするという目的なので、別に異端ではなく『精霊教会』も認めている。
当初、『魔術師の塔』は、彼らの研究を進める為に作られた国の機関だったが、今では、あらゆる学問の象牙の塔となっている。
…見送り執事(長)の胸の内は、『花は…花は持たずにいいのですか!?マテウス様!』でした。
…お屋敷の庭には常時、季節の花の用意があります。
(接待やパーティの為だけど、使用人一同としては『こーゆー時の為に!』も大きい)
※年末年始は何が起こるか分からんので(休み取ってるんだが…)、更新が気になる御方はブクマしておいていただけると有り難いです。
※あと本当かどうか分からんのですが、この一言を書かないと評価はいらないと思われるらしいので…
『作品、続きにご興味をお持ちいただけたのでしたら下の★をクリックしていただけると嬉しいです(◎_◎;)』