11.それなりに悪夢
「ただ、今のお話の場合、騎士団新設の実現性より、妃殿下の意思の方が重要視されそうですね。ユリア様、オスカー様は、妃殿下の使者からお言葉を受けたのですか?」
「は、はい。そう伺っております」
それなら、余計におかしい。
(命令系統でいえば、当然、副長への指示は、隊長から出るものだろう)
それをすっ飛ばせるのは、大臣クラス、宰相、さらには一応、国軍の最高司令官という事になっている国王陛下だ。
妃殿下が、軍の人事に口を出す権利などはない。
だから…
「おそらく、妃殿下は、『貴殿の方から希望を出せ』と言っていたのだと思います」
『第二王子の騎士団を作ると伺いました。是非、私をその隊にお加えください』――そんな風に、上へ願う事で切っ掛けや、既成事実を作ってしまおうとしたんだろう。
ベアトリス嬢も『あ…』という顔になった。
「なにしろ、妃殿下直々のお言葉です。どこか不確かな話でも、無碍にはできない…で困っているところに、ユリア嬢が現れたのですね」
もしかしたら、オスカーさんもユリア嬢が第二王子の婚約者候補を外されたら、求婚する予定だったかもしれない。
しかし、第二王子が己の直属の上司になってしまえば、それがとても難しくなるのは分かっていただろう。
逆に、今、ユリア嬢と婚約を発表すれば、おそらく王妃様の不興は買うが、それによって怪しい勧誘は止まるだろうし、何より愛しい相手と結婚ができる…
(一石二鳥だね!)
「ユリア嬢は、オスカー様にとって救いの女神だったと思いますよ」
やんごとなき御方の申し出を、言外に断るには最良の手段だったと言える。
「…私もそう思いますわ。ユリア様」
目を瞬かせたユリア嬢の手の上に、己の手を重ね、ベアトリス嬢が天使のように微笑む。
ユリア嬢の頬にも赤みが戻り、震える口元にも、徐々に微笑みが浮かんだ。
「有難うございます…!」
うーん、いい光景だ。
僕一人で観るのはもったいない位だ。
(スマホがあればなー)
前世も今世も絵心ないんだよね、自分…(絵師は神です)。
この後、引き合わされたオスカー様は、武人らしく引き締まった体格の美丈夫だった。
ユリア嬢を観る目がとても優しく、二人で並ぶと女神と武神のようで、とてもお似合いだが…
(確かに、奥様方に目を付け…掛けられそうな美形だわ)
と思ったのは内緒である。
主役二人に挨拶をし、ベアトリス嬢にも感謝され、無事使命を果たした感のある婚約披露宴ではあったが、課題も出来てしまった。
疲れているのにどうにも寝つけず、記憶が蘇ってから、ゲームで覚えていることをメモっていたノートをめくる。
「レオンハルト殿下の騎士団ねぇ…」
そう聞いて思い浮かぶのは、一にも二にも、『蒼二ティ』の『暗黒竜クエスト』だ。
世界の維持に必要な『蒼炎竜』を救うため、第二王子であるレオンハルトが、『暗黒竜』退治に出る。
その時のパーティが、騎士団と呼べるかもしれない。
第二王子が、『暗黒竜クエスト』に出るには2つのパターンがあった。
一つ目は、聖剣に呼ばれた王子が、身分を隠して騎士団長の息子(脳筋)と冒険者でパーティを作る。
この場合は、『聖女』は平民のまま、最初から冒険者パーティ側にいて、ラストも冒険者ルートしか選べない。
「…こっちは完全に違うな。『聖女(仮)』は、学園に入学してるし…」
二つ目は、学園にいる『聖女』が神託を受け、王子と攻略対象者でパーティを組む、というルートだが…
…胃がキリキリ痛んでくる。
忘れようとしていた黒歴史が、マッハで戻って来た気分だ。
宰相の息子、『マテウス・ベルナー』は、王子の側近で攻略対象者だった。
稀少な風使いとして、ゲームでは当然のように、王子のパーティメンバーに入っていたのである。
(このルートだと、旅立ちの前に『悪役令嬢』は、聖女殺害未遂で断罪され投獄される…)
背筋がぞくっとした。
「…いや、こっちもないから! もう僕は王子の側近じゃないし!」
今は状況が完全に違う。
(あの男爵令嬢は『聖女』じゃないし、ベアトリス嬢も全然『悪役令嬢』じゃない)
ありえないと思っていても、迫りくる焦燥感に、思わず大声を上げてしまったらしい。
部屋の近くにいたらしい、侍従が何事かと飛んで来た。
ノックの音に、慌ててドアを開け
「椅子でウトウトしていたら、イヤな夢を見て…」
と告げ、戻ってもらったが、程なくして再びノックの音がし、ワゴンを押したメイドさんを従えて、筆頭執事がやって来た。
心が落ち着くというお茶を淹れてもらい、受け取る。
過保護でなく、主人の懸念事項を減らすのは、執事の重大な仕事だ。
(次男の挙動不審は、把握しておきたいよね…)
そういえば、記憶が戻った後も色々質問をして、ちょっと心配かけたのを思い出す。
「もう、大丈夫だから…」
と言うと、執事は微笑み
「はい」
と返してくれた。
おススメに従い、大人しく寝床に入りながら、『うちの連中も、使用人ネットワークとか入ってんのかなー』と思った。
…夜中でも門衛は普通に警備してるし、執事さん達も交代で起きてます。
…今まで問題なかった優秀な次男が、最近ちょっと変だぞ?と警戒されてますが、もしや『恋わずらい』では…?と期待もされてます。