スリル・トラッシュ・スリル
A・B・C・Y、阿部千代だ。また阿部千代か、そう思うやつもいるだろう。そうだよその通りだよ、また阿部千代だよ。阿部千代だって生きているんだ。そう邪険にしてやるなって。可哀想じゃないか。ふん、同情なんてまっぴらごめんだね。阿部千代と寂しいはベストフレンドなんだ。がきの頃からの長い付き合いだ。いつだってこいつと肩組んで二人三脚、えっちらおっちら歩いてきたぜ。なんぴとたりとも間には入らせないぜ。寂しいは作れる。寂しいは疲れる。寂しいに憑かれて、こんなんなっちまった。ふふん、どうだい。カッコいいだろ。誰も言わないからおれが言ってやる。阿部千代はカッコいいんだ。照れるぜ。
説明してやる、しょうがねえから。
おれこと阿部ちゃんこと阿部千代は、ここ小説家になろう様の土地を間借りして、文章を毎日ひとつなにかしら発表するってことを、誰に頼まれずともやっている見上げた男なわけで、この文章もそのひとつってわけなのだ。だからどうした、だと? 貴様、人の話は最後まで聞かんかあ! まったく失敬な。失敬な話だよ、まったく。
おれはこの国のツッコミ文化というものが死ぬほど嫌いなんだ。飲みの席などで「お~いおいおいおい、ここはツッコミ入れるところだろぉ~ぅ?」とかなんとか言ってるやつを見ると、そいつの喉に熱した鉄棒を突っ込んで、これか? これが欲しいのか貴様? ああん? とやりたくなってしまうね。
なあ教えてくれ、一体いつから日常が漫才に変わっちまったんだ? お笑い芸人の粗悪な真似事は見るに耐えんと、なぜわからんのだ。なんの話なんだ、一体。おれはこんな下らんことを書く暇などないと言うに。
阿部ちゃん、本当は小説を発表したいんだ。手だってつけてるんだ。けれども、書けば書くほどなにかがこぼれ落ちてゆくんだ。そして手が、思考が、魂の律動が、停止するんだ。教えてくれ、おれに足りないものはなんだ。
勇気という説がある。すらすらすいすい書けているときはいい。脳内になんらかのものがぶわっと分泌され、まるで極楽にいるような気分。おれが小説で、小説がおれで、おまえは誰だ、ああおれか。こんな状態のときは勇気なんてお呼びじゃない。だが、潮は引く。日は落ちる。月は欠ける。季節は巡り、人は死ぬ。魔法が解けると、おれの書いた文章の本当の姿が見える。あの光り輝いていた言葉たちが、まるで……あなたまるで……これじゃあクソじゃないですか。あ、わかった。おれは狸に化かされていたのだ。いや違う。逃げるな。踏みとどまれ。勇気を出せ。おまえの書いた文章の真の姿を。おまえ自身を。見定めろ。焼きつけろ。目を逸らすな。そうだ、勇気は大事だ。
才能という説がある。だがおれはこの才能という存在そのものに懐疑的な目を向けている。文章にそんなもん必要か? 小説を書く才能、っていったいなによ? 確かに生まれ持った能力には差がある。人間生きていれば、その残酷なまでの差を痛感させられる機会はたっぷりある。身体の大きさ、力の強さ、足の速さ、脳みそのエンジン性能、ルックス。百花繚乱狂い咲き、よくもまあここまでいろんなものに秀でたやつがいるものだ。目がくらんじまう。おれはもう、羨んで妬んで羨んで妬んでに明け暮れているよ。昔も今も変わらずそうだ。ずっとそうだ。おそらくこいつは死ぬまで続くのだろう。醜いか? おまえだってそうじゃないか? おれはわたしは違うと、言えるものなら言ってみやがれ。
落ち着け阿部ちゃん、話が変な方向にいっている。そうだな。確かにそうだ。
で、小説の才能ってなんだ? どんな能力があれば小説が書けるんだ? 逆にどんな能力がないと小説が書けないんだ? おれにはさっぱりわからない。小説を書くのに大事なものって、何に触れて、何を感じ、何を考えるか、そんな運動の積み重ねで醸成されてゆくものであり、その運動を呼び起こす原料を選択してゆくことこそが肝だとおれは考えるのだが、どうだ? まあ才能、才能とぎゃあぎゃあうるさい連中も数多くいるから、才能ってのは必須なんだろうな。才能って大事。ないやつは諦めな~。これで満足か、低級霊どもめ。
根気という説がある。つまりまあ粘り強くねちねちと、一日一行でもいいから書き続けていれば、いずれは書き終わるだろうって話だ。そりゃもっともだ。感心も得心、反論のしようがない。
実を言うと、おれの文章を毎日ひとつ発表するという活動も、真意はこのあたりにあるのだが、どうなんだろう。こんな手癖で書けるようなお手軽文章を書き飛ばしてなにかが変わるというのだろうか。おれの文章はいい方向に向かっているのだろうか。それは誰にもわからない。おれにだってわからないんだから、おれ以外のやつにわかるはずがなかろう。迷い道ぐるぐる。そりゃそうだ。おれが迷っていない時期など未だかつて到来したことがないのだから。迷わず行けよ、って言われてもな。そもそもが迷ってるんだって。行けばわかるさ、って言われてもな。いや……そう? そこだけは信じちゃおうかな。行けばわかるさ。ほんとかね? 根気って大事。