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痣だらけの足

作者: 梨戸 ねぎ

 中学生の時、私は病気がちで長い間小児病棟で入院生活を送っていた。

 私が入院していた病院の設立はかなり古かった。

 ルーツを遡ると旧陸軍病院の神経症等の研究を目的とした精神障害者収容施設、という歴史にまで辿り着くほどだ。

 だから建物が古くて設備もガタがきている、見た目も古ぼけた不気味な場所だった。

 夜、トイレに行きたくて目が覚めても廊下を歩くのを躊躇ってしまうくらいだった。

 そして病院の歴史と建物の古さも相まって、噂が絶えなかった。

 どんな噂かといえば、まあ病院らしい話ばかりである。

 やれ、12病棟には敬礼したまま動かない旧陸軍の軍人の霊が出るとか、36病棟では軍隊の行進する足音が聞こえるだとかだ。

 そんな噂は小学生以下ならともかく中学生となった私にとっては半信半疑ではあった。

 しかし件の行進の足音に関してはそれらしき音を夜中に聞いたことがあって、「もしかしたら……」なんて思いもあった。

 そんな病院で、とある日に体験した出来事が今回の話の本題である。


 ある夏の日の夕方だったと記憶している。

 その日の私は特に頭痛がしたり吐き気があったりという訳ではなかったが、なぜか悪寒だけが止まらなかった。

 看護師を呼んで体温を測って貰うも結果は平熱。

 医者に診てもらったものの、夏バテかなにかだろうという曖昧な答え。

 とりあえず横になって休んでいなさい、としか言われない。

 

 当時の私は四人部屋にいて、他の患者は同じく中学生の男子3人。

 そのうち2人は「外泊」、つまり一時的に自宅に帰っていた。

 こういう時には残った者同士で一緒にゲームをしたりして暇を潰すのだが、あいにく私の調子が悪い。

 彼、I君は他の病室の子と談話室に行ってしまっているようだった。

 しかたなく1人で横になって寝ているが、どうも落ち着かない。

 空調が効きすぎている訳でもないのに止まらない悪寒。

 眠ろうと思って目を瞑っても、中々寝付くことが出来ない。

 そして、無性にそわそわとする。

 

 ふと、何か音が聞こえた。

 

 ひた、ひた、ひた。

 

 硬い床を、裸足で歩くような音だ。

 ベッドの周りにはカーテンがかかっている。

 外の様子は、カーテンの下の隙間が40センチほど空いているのでそこから分かるのだが、人がいるようには見えない。

 換気の為に、病室の扉は開けたままだった。

 なので、多分廊下を歩く音が聞こえたのだと思った。

 足音はどんどん遠ざかっていった。

 

 この小児病棟には小さな子も多い。

 大方、そのうちの1人がスリッパも履かずに歩き回っているのだろう。

 大して気にも止めず、少し水を飲もうと起き上がる。

 すると、また足音が聞こえてきた。

 今度は、スリッパを履いた早歩き気味の足音。

 この足音は、同室のI君のだとすぐに分かった。

 長く同じ部屋で暮らしていると、判別が付くようになるのだ。


 水を一口飲んだ後、カーテンの向こう側に向かって「おかえり」と声をかけた。

 I君もそれに対して、「ただいまー」と返事を返してきた。

 気がつくと、悪寒が消えていた。

 ならちょっとI君と会話でもしようかと思い、カーテンを開ける。

 ゲーム機を持ったI君が、少し心配そうな顔で私を見ていた。


「どう?もう調子良くなった?」


「うん、もう大丈夫」

 

 心配してくれるI君に感謝を感じながら、笑顔を作って答える。

 I君はホッとしたように「そっか」と短く呟いた。

 彼はこういう優しいところがある友人だった。

 そんな彼が、意外な事を言ってくる。


「もう親御さんは帰ったの?」


「……え?」


 不思議な事を言うもんだ。

 今日、親は来ていない。


「えっと、親は来てないよ。そもそもずっと1人っきりだし」


 そういうと、I君は怪訝な顔をする。


「あれ、おかしいなぁ。誰か居たと思ったんだけど……」


「そう?なんでなの?」


 I君には何か根拠があったようで、私はそれが気になった。


「さっき見た時、足が見えてたから」


「足?」


「そう、足」


 I君曰く、ベッドを囲うカーテンの下の隙間から明らかに私ではない、別人の足が見えていたそうなのだ。

 時間は、1時間ほど前の事だという。

 おかしい。

 ここ2時間ほどはずっと1人で過ごしていた。


「裸足で、痣だらけで。少し大きめだったから、親御さんのかなって。ほら、君のは……」


 I君は私の足を指差す。

 病院生活が長いせいかあおっちろくあるが、わりかしキレイな肌をした足だ。

 痣だらけではない。


「じゃあ、誰のだったんだろ……」


 I君と私は、なんとなく気味が悪くなって黙りこんでしまった。

 この病院ではこういう答えの出ない、変な話が多すぎる。

 ふと、私はある事が気になった。


「なあ、その足ってどっちを向いてた?」


「うん?どういう事?」


「だから、つま先の向きは……」


「あぁ、えっと」


 I君は思い出すように少し考えこむ。

 その後出てきた声は、少し何かを気にするようなトーンが混じっていた。


 


「ベッドの方をずっと向いてた。つまり、寝てる君の方」


 


 ひた、ひた、ひた。


 また、裸足の足音が聞こえた気がした。

 

 

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