009.エルダーリン
「………誰?」
カウンターの内側に現れた少年は、眉を寄せて問う。
「あ、えっと………通りすがり…の者です。」
何故、こんな答えが口をついて出たのか…。
「つまり、お客さんってこと?」
「えーっと。そういう…ことに、なりますね?」
「はぁ?何で、疑問形?」
少年は、益々分からないという顔だ。
それはそうだろう。
自分でも何を言ってるのか分からない。
───ちょっと落ち着こう、私。
人がいないと思ってたところに、人が現れたから驚いたんだねと、自分の置かれた状況を言葉に置き換える。
───あ、ちょっと、落ち着いてきたかも…。
「まぁ、いいや。
客だっていうんなら、欲しい物があるんだろ?
何を探してんだ?」
「あー………」
───そういえば、考えてなかった…。
「あ、あのっ。この辺でよく採れるモノを。
薬草として欲しいんですけど、ありますか?」
「それなら……これとか、これだな。あと、これも。」
少年は一瞬、訝しげな表情を見せながらも、幾つかの薬草の束をカウンターに並べた。
どれもきっちり乾燥してある。
パンセリーとキャランウェイ、それから…これは何だろう?
「パンセリーとキャランウェイは分かるんですけど、この最後のは何ですか?」
「あー。それは、このあたり特有ので、エルダーリンだ。
毒消しなんかに使う。」
「毒消し…」
「ああ、この辺りはちょっとした毒のある虫が多いからな。
こいつはいろいろと万能で、解熱とか炎症止めにもなるんだぜ。」
「へー。……面白そう。じゃあ、それください。
量は、えっと……6束くらいって大丈夫ですか?」
「お、おい、おい。結構な量、買うんだな。
金はあるんだろうな?」
注文したら、疑わしげに聞き返された。
「言っとくが、こいつは意外と値がはるんだぞ?」
「うっ!…………お幾らくらいなんですか?」
改めて突っ込まれると、オリビアも不安になった。
なにせ、引っ越してから一度もギルドの依頼を受けてない。
硬貨は同じものが使えると思うが、この地域の相場が分からない。
ここは確認しておくべきだろう。
「ハーバル硬貨は、使えるんですよね?」
「ハーバル硬貨っ?!」
少年が目を見開いて驚くので、こちらまで不安になってくる。
「……えっ。
あ、あのー、もしかして……使えませんか?」
それは困る。他に通貨など持っていない。
狩りでもして、ギルドて換金して来なければならなくなる。
「使えるっ!使えるよっ。
ってか、国の共通通貨じゃねーか。
使えるに決まってんだろっ!」
「えぇっ?!
えーと。でも、あの……さっき、驚いてたのは?」
少年は口元を歪めて、黙った。
チラチラとこちらを窺うようにして見た後、覚悟を決めたように口を開いた。
「あの……?」
「あんた、よそ者みてーだから知らねーんだろうけどさ。
ここいらは、国に見放された土地って言われてんだよ。
勿論、ハーバル硬貨も使えるけど、マラキア硬貨やプリムス硬貨の方がよく出回ってるんだ。
けど、鉱物の含有率はハーバル硬貨が一番だから、価値は高い。」
───あ、やっぱり、よそ者だっていうのはバレてたかー。
「じゃ、じゃあ、ハーバル硬貨なら大丈夫なんですね?」
取り敢えず、大事なことを確認した。
オリビアはリランでのことを思い出そうとして、エルトナ硬貨もそれなりに流通していたことを思い出した。
それでも、ハーバル硬貨の方が圧倒的に多かったはずだ。
その前提だと、ここが国に見放された土地といわれるのも仕方ないかもしれない。街自体にも活気はないのだから。
「ああ。使える。」
「良かった。」
「今、計算するから、ちょっと待ってろ。」
オリビアが安堵していると、少年は薬草の値段を計算していた。
貨幣間の換金率を記した木札とにらめっこしている。
指で確認しながら、暗算しているらしい。
「えーと。一束がマラキア硬貨で小銀貨1枚だから、六束で6枚だろ。
そんで、ここんとこの換金率がこんくらいだから…………。
うん。ハーバル硬貨だと、だいたい小銀貨5枚と銅貨2枚だな。」
師匠によると、この世界の通貨は、小鉄貨が10枚で鉄貨1枚、鉄貨10枚で小銅貨1枚、小銅貨10枚で銅貨1枚という風に桁上りしていく。これは、どの国でもあまり変わらないらしい。
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、虹貨、星貨と額が上がっていくのだが、白金貨以上は小硬貨がない。
そして、銀貨以上は鉱石の含有率は厳密に決められており、一応 大陸中で統一の基準になっているんだとか。
まぁ、統一されてからできて硬貨は今のところハーバル硬貨だけらしいんだけど。
「分かりました。じゃあ、これで。」
オリビアはハーバル硬貨で小銀貨6枚をカウンターの上に置いた。
「………………。」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、……お前、値切らないんだな。」
「え?ええ。」
戸惑うオリビアを、少年は静かに見つめた後、口を開いた。