008.薬屋
新しい拠点付近の探索は、それほど時間もかからずに終わった。
というか、薬草や鉱石の豊富さに、魔女が浮かれすぎたのだ。
「あたしゃ、研究部屋に篭るよ!
あんたは好きにするといい。」
「食材とかはどうしますか?お師匠さん。」
「そんなの、後回しに決まってるよ。
さっと見渡した限りじゃ、ヤバイのもいそうにないからね。
探索を急ぐこともないだろうよ。」
研究を手伝おうとした弟子は「邪魔だよ。知りたきゃ、後で教えてやるから、大人しくしといで。」と追い払われた。
「うーん。街でも探そうかなぁ。」
ナナイの村までは歩けば1日くらいで着くらしいが、街となるとそうもいかない。
「取り敢えず、地図を作っとかないとね。
ルビー。お願い出来る?」
肩に乗っていた小鳥は空高くへ飛び立ち、大きな鳥に変化した。
長い尾羽根の美しい、朱い大鳥──フェニックス──がくるくると空を翔けていく。
従魔との繋がりによって、頭の中にはルビーの見たものが流れ込んでくる。
オリビアはそれを大きな紙にどんどん転写していった。
「転写魔法って、本当に便利だよねぇ。」
あっという間に簡易の地図が出来上がり、師匠との散策で分かったことも書き込んでいく。
「よし。取り敢えず、こんなところかな。」
オリビアは手の中の地図を丸めて、ボストンバッグの横に突っ込んだ。この鞄は、脇にちょっとしたものを差し込めるようになっていて、なかなか便利なのだ。
ナナイの漁村より内地に向かって、徒歩なら大人の足で約五日。
シーカの街の門に辿りついた。
ルビーに空から偵察してもらい、ちょっとずつ転移魔法で移動していけば、それほど時間もかからずに着くことが出来た。
「あれが街門?なんか、リランより寂れてるね…。
そういえば、この辺りって何処のお貴族様の領地なんだろう?
ギルドで聞いて見ないとねー。」
オリビアは従魔と話してるつもりだが、傍から見たら独り言の多いヤバイ女である。
門の前に列をなしてる数人から、冷やかな目を向けられていた。
リランの街で作った冒険者登録証がそのまま使えるようで、街にはすんなり入れた……のだが。
「なんか、寂しい感じだね。」
一言で言うなら活気がない。
門から続く道を進んで行くが、人は疎らだ。
方向から街の中央に向かっているのは間違いなさそうなのだが…。
「うーん。取り敢えず、食料を買えるところと。
……ギルドの場所を確認しなくっちゃね。」
道は真っ直ぐとは言い難く、整備が行き届いてないようだ。
そんな中、薬屋の看板を下げた家が目についた。
看板さえなければ、普通の家にしか見えないのだが、目印の看板は薬屋であることを示している。
この大陸の薬屋や薬師ギルドでは、ヨーモキーの葉を刻印した看板を出すことになっている。薬屋は葉っぱだけだが、ギルドの場合は更に硬貨のマークがつく。
硬貨のマークがあるところは某かの換金設備があることを表し、各種ギルドには必ずこのマークがついているらしい。
つまり、ヨーモキーの葉っぱだけの看板は、そこが薬屋であることを示していた。
因みに、商人は荷馬車、鍛冶師は斧、魔道具師は杖、冒険者は篭手とモーニングスターの交差した意匠が目印だ。
剣は騎士、盾は師団、五芒星は神殿や教会、六芒星は魔術士、七芒星は錬金術師、八芒星はその他の国家機関の証で、おいそれと使えない。
特に芒星──星型多角形──については、国家で許認可を取り締まったり、国家間でも取り決めがあったりと、取り扱いに厳しいのだとか。
こういうのはもう只管覚えていくしかない。
生きていく世界が変わるというのは、そういうことだ。
「あ、薬屋さん?ちょっと寄ってみよっか。
これから、薬草やポーションを卸すことになるかもだし。」
薬師ギルドは冒険者ギルドに比べて数が少ない。
大都市までいわなくても、それなりの規模の街でないと措かれない。
見たところ、ここはさして重要な街ではなさそうだし、薬師ギルドはまずないだろう。
それなら、顔見知りになっておいて損はない。
オリビアは一つ頷いて、扉を軽くノックした。
カラン、カラン。
「あのー。失礼しまーす。」
恐る恐る入っていくが、人の気配が感じられない。
ちょっと立ち止まって、店内を見回すと、奥にカウンターがある。
店内には小瓶が幾つか、種類別に並んでいる。
石鹸などの生活雑貨も多少あるようだ。
「うーん。お留守……かなぁ?」
店内に並ぶ品物を一つ一つ見ていると、カウンターの後ろに数冊の本があるのを見つけた。
「薬草図鑑……とか、かな?」
この辺りの植生には興味が湧く。
師匠もきっと同じだろう。
「気になるけど、無断で見る訳にはいかないもんね…。」
「何が気になるって?」
「あっ、………あ、すみません。
えっと、一応、ノックはしたんですけど。
あの、だから、その、勝手に入った、訳では……ある、の、かな?」
成人前といっても通るような少年が一人、カウンターの端に現れた。