007.散策
ハーバル帝国の南西、グラーブの森の奥深く。
妖精と人間が連れ立って歩いている。
妖精や小人と人間は見た目が似ているが、原種は別物とされている。
妖精や小人は精霊からの流れをくんでおり、人間は動物から分化したとされているらしい。
その流れの違いが、精霊からの加護やマナの扱いに影響するのだとか。
「マナってのは超自然力とか、神力、呪力などとも言われててね。
まぁ、一言で言ってしまえば、"不思議パワー"だね。」
「不思議パワー、ですか?」
「これを上手く使うと、魔法が発動する訳なんだが…。
動物や人間は、この扱いがあんまり上手くない。
というよりも、頭で理解しながら扱ってるようだね。
"魔術"として、学術的に研究してるって聞くよ。」
「妖精は違うんですか?」
「一概には言えないんだけどねぇ。
妖精や小人はマナを感覚的なものとして扱ってるんだよ。」
弟子は師匠の言葉に首を傾げた。
「それって、つまり…?」
「赤子は何でも口にして、何でも掴もうとするだろ?
そうやって情報を得て、能力を身に付ける。
妖精は、大抵そうやってマナを使うことを覚えるのさ。」
ポンと手を打って、弟子は目を見開く。
「なるほどー。
小人もそんな感じなんですかね?」
「あたしも聞きまわった訳じゃないからね。
実際のところは分からないよ。
けど、前にちょっと話した小人は似たようなことを言ってたね。」
「私が使ってるのは、魔術じゃなくて魔法なんですよね?」
「そりゃ、あたしが魔術をよく知らないからね。」
教えようがないだろう、と魔女は苦笑した。
「それに、あんたはちょっと変わってるんだよ。」
「?」
「普通の人間は、そんなに簡単にマナを使えないんだよ。」
「……そうなんですか?」
「あんた、マナが見えてるだろ?」
「……?」
「例えば、あそこ。マナが溜まってるのが分かるかい?」
「あそこ?
ああ、確かに、何かモヤッとしたモノがありますね。」
「それがマナだよ。
そんで、ほとんどの人間は、それが見えないらしい。」
「ええっ?!そうなんですか?!」
弟子は目を瞬いた。
あれがマナだというなら、前世(?)の自分の周りには見える人間が沢山いたはずだ。
少なくとも、兄姉の殆どが見えていたはずである。
───あれ?
───じゃあ、私の前世(?)って、妖精とか?
戻るつもりもないし、戻れる訳でもないのだから気にする必要もないと、オリビアは思い直した。
しかし、振り返ってみても、お姫様時代に魔法が使えたという記憶はない。
確か、あの頃は……精霊と契約することで師匠の言うところの"不思議パワー"を駆使していたと、認識している。
だから、魔法とも違った力のように思われる。
───まぁ、今考えても、答えなんか出ないだろうけど。
そこまで考えて、オリビアは思考を放棄した。
未来の役に立つとも思えないのだから。
「それにしても、お師匠さんがくれたローブは随分高性能ですねー。
防火に防水、断熱?
防護のレベルも凄く高いですよね?
他にもいろいろ効果がありそうなんですけど…。」
ハーバル帝国の東端から西端に移動して、環境もかなり変わったはずなのに、体への負担が感じられないのだ。
「ああ。細かいことは覚えちゃいないけど、基本的な機能は付与してたはずだから……物理攻撃耐性と魔法攻撃耐性、それから状態異常への耐性も軽く付いてるんじゃないかねぇ。」
「えええええーーーっ?!
それって、かなりのレアアイテムじゃないですかっっっ!」
「昔はいろいろ試してたからねぇ。
若気の至りさね。」
「いやいやいやいや。
私、そんな高価なもの、お借りしていいんですか?」
「それは、くれてやるって言っただろ?
もうあんたのもんなんだ。あんたの好きにしな。」
「時々思うんですけど。
お師匠さんは、お人好しですよね。
それに、常識がない……。」
弟子は少し肩を落としながら、「お師匠さんに追いつくにはまだまだかかりそうですね」と小さく小さく呟いた。
「あんた、喧嘩売ってるのかい?
そんなに嫌なら、そんなローブ、捨てっちまいな。」
「いやいやいやいやいや、嫌だなんて言ってませんよ!
寧ろ、お気に入りですからっ!」
慌ててローブの端を掴んで、とられまいとする弟子に、「はんっ」と鼻息一つで師匠は応えた。
このローブは確かに多くの付与が施されているが、その分装着時の魔力消費も激しい。
はっきり言って全く実用的ではないし、そんなものを装備できる者はそうそういない。
師匠からすれば、平気な顔で身に付けられる弟子も充分非常識のように思われた。
まぁ、この弟子なら大丈夫だろうと、何も伝えずにいる訳だが。
「装備は多くて困る訳でもないだろ?
上手く使うこったね。」
師匠は肩をすくめて見せた。