005.辺境から辺境へ
森の賢者御一行様は、ハーバル帝国の東端から西端へ向かっていた。
「お師匠さんは、帝国が好きなんですねー。」
「そんなこともないけどね。ここが一番楽なのさ。
隠居した婆をそっとしといてくれるからね。」
オリビアは「ふーん」と、分かったのか分かってないのか、曖昧な仕草で相槌を打つ。
二人は今、空を飛んでいる。
「意外と快適ですね。」
「この子は大人しいからね。」
二人は今、ワイバーンの背に乗っていた。
「眺めが、最高ですっ。」
「あんまり、下ばっかり見てるんじゃないよ。
そんなことしてると、つるっと落っこっちまうよ。」
「はーい。気をつけま〜す♪」
前世(?)では、旅などしたことがなかったオリビアである。
テンションが爆上がりするのも仕方ない。
今にも歌い出しそうな感じである。
古レグルス王国では、離宮の中でじっとしているのが役目だった。
たまに精霊たちと会話するのが、数少ない慰みでもあったのだ。
ふっと、昔を思い出したオリビアは、ふわふわした気持ちになった。
今の自分は幸せだ。この幸せを精一杯大事にしよう。
心から、そう思えた。
「ところで、何処へ向かってるんですか?」
「小人の街の近くさ。」
「小人、ですか?」
「ああ。鍛冶や建築なんかが得意な奴らさね。」
「なるほどっ。その人たちに、新しいお屋敷を頼むんですね!」
「まぁ、請けてくれればだがね。」
暫く空の旅を満喫しながら、どんな家を建てるかを話す師弟。
オリビアは夢に胸を膨らませていた。
楽しみで仕方ないようだ。
「そういや、あんた、装備が心許ないねぇ。
この際だ、革鎧くらい買っといたらどうだい?」
「革鎧って硬そうじゃないですか。
私はこの、シャツの下に着てるインナーに防護の付与をしてるので、十分ですよ。」
オリビアはルビー色のシャツの下に着けた、チェリーピンクのタンクトップを指差す。
「ああ。そういや、そうだったか。
だけど、着たきり雀ってのもいただけないよ。」
「うーん。
そんなこと言って、お師匠さんだって衣装持ちじゃないですよね?」
「流石にあんたほどじゃないさ。
多少のバラエティはあるよ。」
「じゃあ、新しいお屋敷が決まったら、近くの街で見繕うことにします。」
「ああ、そうしな。
あんただって、いい歳頃の女なんだ。
もうちょっと見てくれに気を遣ってもいいだろうさ。」
海が見えてきたところで、ワイバーンは左に旋回した。
行く手には切立った森が見えた。
「あそこですか?お師匠さん。」
「変わってなけりゃね。
さ、降りるよ。」
しっかり掴まっといでと言うが早いか、魔女はワイバーンを急降下させた。
馬には乗れないが、ワイバーンは乗りこなす。
それが森の賢者ジェニファーだった。
「……ここですか?」
目の前には背の高い針葉樹林の森が広がっていた。
「ここは、マラキア連邦との境に近くてね。
下手すると、ルード領なんかよりも魔物が多いんだ。
普通は、人族なんか踏み込まない場所さ。」
オリビアは思わず眉間に眉を寄せた。
「因みに、魔物ってどんなのがいるんですかね?」
「まぁ、大抵は狼系や熊系だろうね。
但し、他よりちょいと共謀だよ。」
オリビアの口がへの字に曲がる。
「狼は面倒ですね。数の暴力とか、避けたいです。」
「あははっ。違いない。」
海が近いから蛇系もいるよと、魔女は喉を見せて笑う。
素材には困らないと言いたいらしい。
「で、ここからは歩きなんですね?」
「そりゃあ、そうさ。
こんな鬱蒼としたところ、ワイバーンじゃ飛べないだろうよ?」
確かにワイバーンで低空飛行とかしたくない場所だ。
何処かに引っかかりそうで。
「この辺りにお屋敷を建てるなら、海の幸に恵まれそうですね♪」
「あんた……ここの海はそんなに穏やかなところじゃないよ。」
「……?
どういうことですか?」
「大海蛇なんかがウヨウヨいたはずだけどねぇ。
ま、あんたが漁をしたいってんなら止めないよ?」
「いやいやいや、そこは止めてくださいよ!
あーぶなーいっ。事前準備はしっかりとっ!ですね。」
大海蛇は、師匠から借りた魔物図鑑にかなり強い魔物として載っていたはずだ。
そんなものがウヨウヨいたらたまらない。
「なあに。空を飛べる従魔がいれば、上から魔法を打ち込むだけの簡単なお仕事さね。」
「従魔……なるほどです。」
「あんたのソレは、物騒すぎて応用が利きそうにないがね。」
そんな風に言って、師匠はオリビアの肩に乗っかる小鳥を見遣った。
オリビアの肩にちょこんと乗る小鳥。
それは不死鳥だ。
師匠の手解きを受けながら従魔召喚を行ったら、現れた。
それはそれは大きな鳥だったのだが、連れ歩くには不向きなので普段は縮んでもらってる。
紅い尾羽根がとても綺麗なので、ルビーと名付けて可愛がっていた。
「いっそ、もう一匹くらい、召喚してみるかい?」
師匠の言葉に、ルビーは抗議するように啼く。
「あんたの従魔は、嫉妬深いねぇ。」
師匠は呆れたように呟いた。