002.冒険者オリビア
淡い色のシャツブラウスに、カフェオレ色の膝下丈スカート、チョコレート色のショートブーツは、町娘といった出で立ち。
まるで己の穿いた二本の短剣を隠すようにオリーブグリーンのポンチョを纏い、そのフードを深く被っていた。
冒険者オリビア。
周囲の人間は、彼女をそう呼んだ。
常ならスカート下の肌をレギンス、上半身をビスチェで守り、腰にダガーを装備しているのだが、今日はフル装備ではなかった。
少々大きめの腰鞄と、肩掛けできる小さめのボストンバッグだけが彼女の荷物で、肩には紅い尾羽根の美しい小鳥を乗せている。
「さて、ルビー。今日はどうしようか?」
少女は唯一の従者である小鳥に話しかけるが、当然小鳥は何も言わない。
「師匠のご飯もゲットしなきゃだけど……あ、野兎だ。
ちょっと可哀想だけど、今日の獲物はアレにしよう。」
ここは、剣と魔法の世界。
精霊の加護を得て暮らしていた前世(?)とは、また少し違うらしい。
少女が古の宗教国家レグルスの姫ルキアだったことを知る者もいない。
あの時、誰がどうやって少女をここへ飛ばしたのかは分からないが、それは分からなくてもいいと思っている。
気付けば森の中の湖の畔にいて、近くに住んでいるという魔女に拾われた。
彼の魔女は、見るからに高貴そうな薄着の少女に、オリーブグリーンのポンチョと飲水とパンを与えてくれた。
そして「一人で暮らすのにも飽きてきたところだ」と言って、魔法と剣術、狩猟に料理など、生きるための知識を少女に教え込んだ。
自らを多く語る人ではないが、少女は魔女を師匠と仰いで共に暮らしている。
生活に必要な細々とした物を買い付けるため、冒険者登録もした。名はオリビア。魔女から貰ったポンチョの色からとった。
森で狩った収穫を売り、その収入で買い物をする。
目立ちすぎる髪と瞳の色は、魔女に教わりながら付与術を施したイヤーカフスで誤魔化して。
周りから見たオリビアは、ブラウンの瞳にブルネットの髪の、どこにでもいる女冒険者だった。
「よう、オリビア。」
リランの街の冒険者ギルド。
その買い取りカウンターに並んでいると、後ろから野太い男の声がした。
「相変わらず、ちんけな獲物だなぁ、よぅ。
そんなもんじゃ、大した稼ぎにもなんねーだろうが。
いい加減、俺んとこに来いよ。
稼げるぜ?」
ニヤリと笑う顔は、下卑た感じを受ける。
C級冒険者パーティ『荒ぶる黒狼』のリーダー、……名は覚えてない。
「えーと。……黒狼さん?」
「おう。どうだ?
うちに入る気になったかよ?
うちにいりゃあ、しっかり可愛がってやるぜぇ?」
「あ、間に合ってます。私にはお師匠様がいるので。」
「おい、おい。もっとよく考えろってぇ。
こんな稼ぎじゃ、生活もカツカツじゃねーのかぁ?」
「お気遣い、ありがとうございます。
でも、間に合ってます。」
オリビアは笑顔で答えた。
途端に、周囲から笑いがおこる。
「ぶひゃひゃひゃっ。間に合ってるってよぉ。」
「ジャッカルも不憫だよなぁ。」
「これで、何度目だぁ?」
「泣かせるねぇ。」
「うっせーぞ、てめーらっ。」
ジャッカルと呼ばれた男が怒鳴る。
───あー、この人、ジャッカルさんっていうんだっけ?
呑気にそんなことを考えながら、順番待ちするオリビア。
───早く、買い取りを済ませちゃおう。
最近のオリビアはギルドに立ち寄る度に、野郎どもから声をかけられる。
細腕の少女。言葉使いもどことなく丁寧で、およそ冒険者っぽくない所作と佇まい。荒くれ者たちからすれば、狙ってくださいと言ってるようなものだ。
しかし、ギルドの外で声をかけようとすると、あっという間に姿を消す。逃げ足だけは速いと評判でもある。
「はぁ。面倒に、巻き込まれるところだった。」
オリビアはため息を吐いた。
何とか売れた、野兎二羽と貴重な薬草三束で銀貨一枚。
「やっぱり、薬草は稼げるねー。」
これで適当なご飯を買って、帰ればいい。
屋台を幾つか流し見ながら、テキパキと夕飯を購入していく。
「さて、帰りますか。」
右、左と、周囲を見回して、つけてきている人間がいないことを確認しながら森に入る。
更に周囲を警戒し、一本の木の裏に飛び込みながら携帯用転移陣の魔道具を起動した。
「お師匠さーん。ごはんですよー。」
湖の見える小屋の扉を開けながら、オリビアは声をかけた。
「オリビア、遅かったじゃないか。何かあったのかい。」
小屋の奥の階段から妙齢の女性が上がってきた。
女の耳は少し長く、耳介の先が尖っている。
妖精と呼ばれる種族の特徴を示していた。
「んー。何か……あ、また、絡まれました。」
「ああ。」
「やっぱり、見下されてるんですかねー。
先輩方から見たら、ただの小娘ですもんね、私。」
はぁ、と肩を落とすオリビアに女は苦笑する。
「まぁ、それだけじゃないさ。
あんたも年頃だからねぇ。
男たちの目には止まるだろうよ。
街に出るときゃ、気をつけるんだよ。」
「……はい。
あ、それで、今日はシチューにしました。
ほら、このポットに入れてもらったんです。」
「どれ。……ああ、美味そうじゃないか。」
女はポットの中のシチューを見て、笑みを浮かべる。
今夜の夕飯も楽しい時間になりそうだ。