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コメディー〔ファンタジー〕

モテたい女勇者 & モテない女魔王

作者: 剣月しが

 

 ここは魔界の奥深く。


 死の谷を越え、沼を越え。


 不気味にそびえる魔王城である。


 今日はそんなお城の談話室で、たった二人だけの女子会が開かれていた。


「はぁ~……。なんか最近嫌になるわ……」


「なんで?」


「それがさぁ……。うちの王様が早く魔王を倒せ倒せってうるさくって……」


「いや、それ分かるぅ……。うちの配下たちも早く勇者を倒せ倒せってうるさいのよねぇ……」


 漆黒のテーブルにうつ伏せになり気怠(けだる)そうに愚痴を吐いているのは、女勇者カトレア。現在、絶賛彼氏募集中である。


 そして、その向かい側で彼女の言葉に深く(うなず)いているのは、女魔王ローズ。同じく現在、絶賛彼氏募集中である。


「みんな分かってないよね」


「ほんと分かってない」


「そんなに簡単に倒せるんなら苦労せんちゅうねん」


「ほんまそれな」


「まぁ、私だって、本気を出せば倒せるわよ? 魔王の一人や二人くらい」


「はぁ? ブチ転がされたいの、あんた」


 カトレアの軽口に、ローズが声を荒らげた。


 しかし、二人は長い付き合いであり、こんな乱暴な言葉のやり取りももはや日常茶飯事であった。


「けどさぁ……。本気なんてそうそう出せるものでもないじゃない?」


「ほんまそれな」


「最初は私も本気でぶつかったわよ、あんたに」


「私も本気だった」


「けど、私の『聖なる(セイクリッド)(・ゲンコツ)』の直撃をくらってシクシク泣かれたら困るわけよ。気持ちの問題で」


「いや、だって、あのパンチ、マジで痛いんだからね? ほんと死ぬかと思うくらい」


「私が弱い者イジメしているみたいじゃない?」


「はぁ? 弱い者イジメぇ?」


「勇者が弱い者イジメをするって、普通に格好悪すぎじゃない?」


「誰が弱い者よ。あんたこそ、私の『闇の息吹(ダークネス・フーフー)』で周りにいたイケメンの仲間たちを消し飛ばしたら、ウワンウワン泣きじゃくっていたじゃない」


「あんた、人間と見間違えるくらい精巧で、かつイケメンのゴーレムを作り出すのがどれだけ大変か分かってないでしょう!? うら若き乙女の私が、一週間お風呂にも入らず、丹精を込めて、魔力を練りに練って、やっと一体よ!?」


「臭そう」


「はぁ? 誰のイケメンが臭そうよ」


「イケメンじゃなくて、あんたがよ」


「私は臭くないわよ。臭いがしたとしてもギリ(けもの)の臭いよ」


「それを臭いっていうのよ」


 言葉のプロレスを続けながら、むくりと上体を起こしてスンスンと自分の体臭を確かめているカトレアに、ローズは哀れみいっぱいの視線を向けている。


「まぁ、でもさぁ、そんなイケメンの剣士モドキとか武闘家モドキとか魔法使いモドキに囲まれて、あんたは幸せなわけ?」


「当たり前じゃない。イケメンが私の言うことを何でも聞いてくれるのよ。幸せに決まっているじゃない」


「かわいそう」


「はぁ~!? かわいそうだぁ!? じゃあこっちも言わせてもらいますけど、そう言うあんたは今彼氏いるんですかぁ~!?」


「そんなの、いるわけないじゃない」


「かわいそう」


「ブチ転がすわよ、あんた」


「でも、あんた魔王でしょ? 言い寄って来る魔族の一人や二人いないわけ?」


「いないわよ、そんな度胸のあるやつ」


「そうなの?」


「ほら、私って最強じゃない?」


「私の次にね」


「黙りなさい。ブチ転がし回し尽くしまくるわよ」


「怖っ。っていうか、今のよく噛まずに言えたわね」


 ローズの放つ怒りの禍々(まがまが)しいオーラもなんのその。


 カトレアは、のんきにテーブルに頬杖をついている。


「で、何? 最強だったら男は言い寄ってこないの?」


「私もよく分からないんだけどさぁ、女が最強だと男はビビっちゃうらしいの」


「へぇ~、そうなんだ」


「根性がないわよね。どこかに私を押し倒そうって男はいないのかしら?」


「けど、根性を出してあんたを押し倒そうとしたら、ブチ転がされるんじゃないの?」


「○すわ」


「えっ? ブチ転がし……回し……なんとかじゃなくて?」


「ええ。○すわ」


「怖っ」


(そりゃ男も寄り付かんわ……)


 真剣な表情で大々的にキル宣言をするローズを見て、カトレアがそんなことを思っていると――


「今あんた、そんなのだから私に男が寄り付かないって思ったでしょう」


「へっ!? おおお、思ってないわよ」


「私が魔王という職にあぐらをかいて、ろくに男と接してこなかったからこんなに非モテなんだって思ったでしょう」


「思ってないわよ」


「私が強すぎて、顔も可愛いすぎて、スタイルも良すぎるから、逆に男が恐縮しちゃって……」


「それは本当に思ってないわよ?」


「なんでこれだけは喰い気味で否定するのよ!! 思いなさいよ!!」


「まぁまぁ、落ち着いて」


「落ち着いていられないわよ!! あんたはどうなのよ!! あんたも彼氏いないくせに!!」


「彼氏? いないわよ?」


「ほらみなさい!!」


「でも私、婚約者いるわよ」


「はぁ~!!??」


「しかも王子」


「なにそれぇ!!??」


「王様が勝手に決めたことよ。是非とも自分の息子を~、とか言って。政略結婚ってやつね」


「でも相手がいるだけ全然いいじゃないの!! あんたブチッ……ブチ転がすわよ!! ゲホゲホッ!!」


 非モテの同志だと勝手に思っていたカトレアからの突然の裏切り発言に、ローズは興奮の余り()せ散らかしてしまった。


「はぁ……。あのさぁ、ゲホゲホ言っているところ誠に申し訳ないんだけど……」


「何よ……」


「あんたは何も分かってないわ」


「はぁ? 私が何を分かってないって?」


「ほら、見なさい。これが私の婚約者よ……」


 カトレアは(あき)れたようにそう言うと、ローズに一枚の写真を手渡した。


 そこには、小太りでオークと見紛(みまが)う程に醜悪な男が写っていた。


「あっ……。あぁ……」


「あらら、ゾンビみたいな口調になっちゃった」


「あぁ……。あの……。その……」


「いい人そうでしょう?」


「あぁ……。うん、それ。今私が言いたかったのは、それ。いい人そう。今まで見てきた人間族の中で一番いい人そう」


「でもこいつゴリッゴリの小児性愛(ロリコン)よ」


「私、一度その国滅ぼしてあげようか?」


「いやいや、これでも私のクライアントだから……。我慢なの……」


「辛かったらほんと言いなね。私が全力の『闇の息吹(ダークネス・フーフー)』で()ぎ払ってくるから。その国、一瞬にして焦土にしてあげるから」


 勇者という立場上、「いつかお願いするわ」とも言えず、写真を眺めながら我慢我慢と心の中で何度も(とな)えるカトレアであった。


 そして、その鬱憤(うっぷん)が爆発し、顕著なまでの欲望が彼女の口から漏れ出ていった。


「あー……。モテたい……。何かの拍子でうっかり世界中のイケメンが私のもとに(つど)わないかしら」


「集わないわよ」


「魔王城の書庫とかに、そんな最高な魔法が記された禁書でも眠ってないかしら」


「眠ってないわよ」


「もうこうなったらイケメンを二、三人誘拐してみようかしら」


「それはもうシンプルに犯罪」


「イケメンよ、私のもとへ集え」


「急に魔王の私より魔王みたいなこと言うの止めてくれない?」


「はぁ……。もう私、あんたの側に寝返ろうかしら……」


「だから、それは困るってば」


「なんでよ」


「あんたがこっち側に来たら、最強の女が二人になるじゃない」


「いいじゃん、別に。それの何が問題なのよ」


「ただでさえ私、男からビビられているのよ。最強の女が二人でつるんでいたら余計にモテなくなるじゃない」


「それはそう」


 ついに二人は沈黙してしまった。


 そして、お互いの心に、「結局、男はか弱い女がいいわけ? この世はそういう仕組みなわけ?」という愚痴がモヤモヤと浮かんできた、そのときのことである。


「ローズ様!! 大変です!! お逃げ下さい!!」


「全く騒々しい……。一体何事よ、シュライン……」


 息も絶え絶えの様子で談話室に駆け込んできた若くてイケメンの執事シュラインに対して、ローズが面倒臭そうにそう尋ねた。


「女勇者の帰りが遅いことを心配した幼馴染の男、しかもイケメンでかつイケボの眼鏡男子が、女勇者を奪還しようと我が魔王城に乗り込んできました!!」


「はぁ、何それ? めちゃくちゃハイスペックじゃない。羨ましい」


 早口でカトレアの幼馴染のスペックの説明をするシュラインとは対照的に、どこまでも危機感のない素直な感想を(つぶや)くローズ。


「私の幼馴染……? はっ!! まさか、隣の家のレオンくん!?」


 と、カトレアが何かに気付いた様子。


 ちょうどその瞬間、談話室の巨大な扉が破壊され、立ち昇る砂埃の向こうにシルエットが一つ。


「おいこら、てめこら!! カトレアちゃんを返さんかい!!」


 (おとこ)レオン、見事な仁王立ちである。


「しまった、遅かった!! ローズ様、私がこの身を(てい)してあなたをお守り致します……と言いたいところですが、この男は強すぎます!!」


「そうなの?」


「はい!! なので、せめて私が犠牲になって時間を稼ぎます!! 早くお逃げ下さい!!」


「何よ、犠牲になるって。穏やかじゃないわね……」


「短い間でしたが……。私……、ローズ様の執事でいられて……幸せでした」


「シュライン、あんた……」


 今にも消えてしまいそうな儚げな笑みを見せる執事に、ローズの心が揺れる。


「カトレアちゃんを助けるために今日まで修行を積んできたんだ!! 絶対にお前らには負けん!!」


「ローズ様!! 魔族には魔王という尊い存在が必要なのです!! さぁ、ご決断を!!」


 イケているメンズの二人が、その熱く燃えるような激情を声に出し、談話室の雰囲気をヒートアップさせていく。


 すると――


「待って、レオンくん!!」


「待ちなさい、シュライン!!」


 同時に響く二人の声。


 カトレアとローズの制止があった後、これまでの経緯や、現状に関する説明が行われた。


 その甲斐あってか、ひとまずこの場は何事もなく収まったのであった。


 ◇ ◇ ◇


 そして、それから数日が経ち……。


「それでさぁ……。うちの彼ピのレオンくんが超絶格好良くて……」


「いや、それ分かるぅ……。うちの執事もたま~にだけど格好良いところを見せるのよねぇ……」


 例の日を境にして、カトレアとローズの女子会に、惚気(のろけ)や近況報告といった恋バナの(たぐい)が追加されたんだそうな。


 めでたし、めでたし。

お読みいただき、ありがとうございました。


流行りの異世界〔恋愛〕を書こうとして、うっかりコメディーになってしまいました。


気に入っていただけていたら幸いに存じます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダークネス・フーフーが好きです!
2021/09/09 19:23 退会済み
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