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逢い、知り尽くした男

「知多半島被弾!」

「豊浜、大破!」

「日間賀島からの応答が途絶えました!」


 緊急対策本部の設置された愛知県議会議事堂の一室では怒号が飛び交っていた。


 二〇XX年、日本海に突如として巨大生命体が出現した。

 硬い外殼を持ち、魔法と呼ばれる特殊な遠隔攻撃を行う謎の生命体に全世界が震撼した。

 人類は生命体と壮絶な戦いを繰り広げ、どことは言わないがあの辺の国を焦土に変えつつ辛くも勝利した。

 巨大生命体はその後世界各地の海上に頻繁に出現するようになり、「オメガ」と名付けられた。


 各国がオメガの対策に追われる中、日本政府はある行動に出る。

 それはかねてより謎に包まれていた浮遊島、佐賀県の構造の解析であった。

 数年がかりで佐賀県の浮遊原理を掴んだ日本は、これをベースに浮遊技術を確立させ、残る四十六都道府県をそれぞれ天空に退避させることに成功した。こうして、四十七都道府県は四十七の浮遊島となったのであった。


 今、日本最大の工業都市、名古屋を有する愛知県は、地上で言えば伊勢湾のあった辺りに出現したオメガの攻撃に晒されていた。


「オメガの魔法攻撃がここまで届くなんて……!」


 悔しそうに歯噛みするのは愛知県知事の市村遥だ。二十九歳という若さで、浮遊島政策のどさくさに紛れるように知事にまで上り詰めた才女である。


「今回のオメガは光属性のようだな。長射程のビームにより攻撃されているらしい」


 スマホでどこかと連絡を取っていた県議会議員、園崎一郎が通話を終えるなり忌々しげに吐き捨てた。こちらは特に特徴らしい特徴もない初老のおっさんである。


「既に小牧基地から航空自衛隊が出ているが、いつまで持つか分からん。『目』の位置も特定できていないようだ」


 オメガの外殼は並の攻撃では傷一つ付かないが、体表にある「目」と呼ばれる部分が弱点であり、ここを攻撃すると撃破することができる。


「もしかすると、体の下側にあるのかもしれん」

「そんな!」


 市村は絶句する。海上に現れるオメガの下側ということは、当然ながら海の中だ。海上自衛隊基地の無い愛知県では手を出せない。


「すぐに横須賀……神奈川県に連絡を取りなさい!」

「しかし知事、神奈川は先週からコミケの手伝いで東京と連結しています! こちらに向かうにしても時間が……!」

「神奈川ごと来てもらう必要はないわ。海上自衛隊の派遣要請を出しなさい!」

「わ、分かりました!」


 若手議員が慌てて会議室を出ていった。

 既に時刻は正午を回り、市村の座る長机にも愛知発祥の喫茶店から届いたカツサンドが置かれているが、とても食べる気になれない。チキンサンドの方が好きだからとかでは断じてない。


 タイミングを見計らうように、園崎から市村へ声が掛かった。


「知多半島が攻撃を受けたということは、名古屋市も最早安全とは言えんな。知事、豊田市への対策本部の移転を考えるべきでは」

「名古屋も豊田もオメガにとっては大して変わらないでしょう」


 市村はぴしゃりと言い返す。園崎が地元豊田市を県庁所在地にしたがっていることを市村は知っていた。豊田市に恨みはないが鶴舞線の端っこを県庁所在地にするのは無理があると市村は常々思っていた。

 しかし、名古屋に比べれば豊田は多少内陸にはなる。豊田とは言わなくとも岡崎あたりへの住人の避難は考えるべきかもしれない、と市村は考えかけて、自分が名古屋陥落後のことを考え始めていることに気が付いた。


「まだ……まだ終わってはいないわ。海上自衛隊が来るまで持ちこたえなければ」


 だが、市村の耳に飛び込んできたのは先程会議室を出ていった若手議員の叫び声だった。


「自衛隊より連絡がありました! 今からこちらに艦艇を派遣したとして、半日はかかるそうです!」

「半日……!」


 会議室は静まり返る。

 あと半日も持つのか。全員が同じ思いを共有していた。

 市村は必死に考えを巡らせる。


(彼が……彼さえいれば……!)


 脳裏に浮かんでくるのは、自分より二歳ほど年上の男の姿だった。

 市村の秘書であるその男は、大阪への出張で今この場にはいない。


(でも、そろそろ戻ってきてもいいはず。……まさか!?)


 市村はあることに気が付き、背筋が凍った。


「セントレアは!? 中部国際空港は今どうなっているの!?」


 知多半島が攻撃を受けたということは、あの出島みたいな空港も無傷ではないのではないか。市村の頼りになる秘書はそれに巻き込まれているのではないか。

 市村の声に反応したのは、市村より年上の女性議員だった。


「セントレアは無事みたいね。ただし、セントレア大橋は通行止めになっているそうよ」


 セントレア大橋は知多半島と中部国際空港を繋ぐ唯一の連絡橋である。船をぶつけたくらいで通行不能になってしまうような橋がオメガの攻撃に耐えられるはずもなかった、ということだろうか。

 秘書の男と連絡が取れないのはそれに巻き込まれた可能性が高い。

 最後の望みが絶たれ、市村は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。

 しかし、自分は愛知県知事。こんなところで絶望してなどいられない。

 市村は決断する。


「住民を……住民の避難を……!」

「その必要はありません」


 カツン、と革靴の音が響く。

 皆が一斉に会議室の入口を振り返った。

 そこに立っていたのは、一人の若い男。


「前田!」

「やれやれ、中部国際空港の第二ターミナルは信じられないほど遠いですねえ。歩き疲れましたよ」


 市村の秘書、前田栄作であった。


 ちなみに中部国際空港の第二ターミナルは本当に遠い。下手すると名鉄の駅がある第一ターミナルから飛行機の機体まで三十分ほど延々歩かされる羽目になる。


「小僧、生きていたか」

「昼をケバブにした甲斐があったというものです」


 園崎の憎まれ口も、前田は一向に意に介さない。前田はどうやら中部国際空港のフードコートで昼食を摂ったらしい。


「状況は外の職員から大体聞きました。ここに来る途中で『ふじ』を出撃させたので、しばらくは持つでしょう」


 前田の発言にどよめきが走る。

 宇宙戦艦ふじ。元は退役した南極観測船として名古屋港で展示されていたが、現在は魔改造され、大型の荷電粒子砲と宇宙空間でも活動可能な設備を備えた戦艦になっている。


「その手があったか!」

「『逢い、知り尽くした男』と呼ばれるだけのことはある……!」


 愛知県のキャッチフレーズをもじった二つ名を与えられている前田の話はそれだけでは終わらない。


「出現したオメガはドーム形。おそらく『目』は体の下側でしょう。ふじの荷電粒子砲は真上には撃てない。このままではこちらに勝ち目はありません」

「……このままでは、ということは。何か策があるのですね?」


 縋るような市村の眼差しに、前田は冷静に頷いてみせた。


「何、ちょっとしたクレーンゲームですよ」


愛知県、特に豊浜には何の恨みもありません。ご容赦ください。


一応連載ですが、そんなに長くはならない予定です。

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