第108話
華怜は子どもの頃からあまり泣かない子だった。ただ、嫌なことや怖いことがあれば、湊にくっついてその恐怖が去るのを待つのが華怜の対処法だった。
青空が湊と知り合ったのは3歳の頃だったが、その頃にはもう湊の左手は華怜がいつも占領していた。青空も湊に甘えたいと思ったこともあるが、華怜がいるとなぜかそれはためらわれた。
華怜にとっては、湊の存在は絶対だった。どこか自分の一部と思えるし、湊がいればなにがあっても大丈夫だと思えた。華怜にとっては神様のような存在なのかもしれない。
だから、湊とくっついている寝る前や、今日のこの状況は本当に落ち着く。なにか、本来の居場所じゃないのかと思える。
他の男性では、多分、というか絶対に替わりにならないと思えた。
華怜は夢を見ていた。湊とどこか遠いところで2人一緒にいる夢。何をするでもなく、ただ一緒にいる。2人で手を握る。そして、遠くを見ている。たまに存在を確かめるために手を握ると握り返してくる。そんな夢だ。少しだけ不安になると、目が覚めた。
「お兄ちゃん?」
「起きたか」
「ん」湊の体を包み込むように手を伸ばしてぎゅっとする。
「華怜、そろそろ予備校行くぞ」
「あ、うん」いつの間にかタオルケットがかかっていた、おそらくは青空がかけてくれたのだろう。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして、華怜」
湊も青空も教材をしまう。出かける準備をして、戸締りをする。
家を出てバス停まで歩く。雨は相変わらず激しい。
バス停には乗客が数人いてバスを待っていた。本数が多いため5分も待たずに乗れる。
バスに乗ると、最後尾の席が空いていたので、3人で座る。
雨の東京。汚染された空気なども雨で少しはきれいになるのだろうか?そんなことを湊は考えながら窓の外を見ていた。
雷の気配も消えて、華怜もだいぶ落ち着いたようだ。ただ、いつも以上に湊にはくっついている。
バスはすぐに池袋に着いた。終点なのでゆっくりとバスから降りる。
そのまま、予備校に向かう。
今日は、時間も丁度だ。それぞれのクラスに入る。
予備校の授業は今日も面白かった。湊にとってはアニメや漫画と同じくらい予備校の授業が好きだった。多分、青空もそうなのだろう、楽しそうに聞いている。
3時間の授業はあっという間に終わる。
1階のロビーで華怜と待ち合わせて、もう一度バス停へ向かう。




