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曳航  作者: 本城千歳
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【エピローグ】 桜舞う丘で

 八五年春――。


「よく来てくれた。 三年間、一緒に頑張ろう」

 満面の笑みを浮かべた冴島さんは、そう言って僕と亮の手を交互に握りしめた。


 僕と亮は明桜学園の校舎の一室にいた。

 監督の冴島さんと、理事長と名乗る白髪をオールバックになでつけた男の人が、僕らと向かい合うかたちで座っている。彼らの不気味なまでの柔らかい眼差し……それが僕らに対する期待のあらわれなんだろうか?


 部屋を見渡してみる。

 モノトーンで統一された室内はどこか洗練された雰囲気があった。 いま座っている黒い革張りのソファーも少し高級そうで……なんだか落ち着かない。場違いなトコロに来てしまった気がして、とても居心地が悪い。

「じゃ、そろそろ――」

 時計を確認した冴島さんは理事長の方へ目をやってから、勢いよく立ち上がった。 



 冴島さんのあとについてグラウンドへ行くと、そこには真新しい制服に身を包んだ坊主あたまがひとかたまりになっていた。彼らが僕の新しいチームメイトのようだ。

 全寮制の明桜学園野球部には今年、僕らを含めて二十五人が入部する。全員が何らかの形での推薦入学組だった。



***


「俺、森本。 よろしく」

「ああ、俺は杉浦。……よろしく」

 寮の同部屋になった同じ一年の森本というヤツはカンジのいい男だった。もう一人、椎名という二年生が一緒らしいが、まだ顔を合わせていない。


 僕は部屋の奥に進むと、窓際の床の上に腰を下ろし、グラブケースの中からボールを取りだした。

 手垢にまみれたボール。

 縫い目にそっと指をかけると、様々な思いがアタマの中を駆けめぐる。


 僕の歩んできた中学の三年間はいつも誰かの意思に沿ったものだった。いつも誰かに守られながら、支えられながら、引っ張られながら……まるで曳航される船のように安全な道をただ真っ直ぐに進んできた。

 だけどココからの僕は違う。

 僕は自分の意思で自分の進む道を選んでいきたい。誰かの夢に便乗した『借り物の夢』の為じゃなく、『自分の夢』を見据えて。そしてその『夢』を叶える為だけに。 


 痛めた肩の状態は依然として思わしくない。

 医師からも投球練習の許可は当然ながら出ていない。でも僕には不思議と悲壮感はなかった。

 それは今の僕には自分が目指すものがしっかりと見えていたから。

 甲子園で優勝して、卒業後はメキシコに渡って藤堂さんに勝負を挑む。 そしてもう一つ――

 先月、新聞の片隅に見つけた小さな写真と記事。

 そこには、三年のブランクを経て台湾球界入りした一人の日本人野球選手の笑顔があった。 きれいさっぱり髭はそり落として――。


「なに見てんの?」

 森本が覗き込んできた。

 僕はそっと顔を上げ――無言で窓の外を指さした。


  

 都会の喧噪から解放された、町田市の外れの丘陵地帯。

 寮の部屋から見た外の景色は風に舞う桜の色に染まっていた。




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