【034】 世界の頂点
八四年夏。
中学三年生になった僕らは、二年ぶりの全国制覇を成し遂げた。 投打ともに他チームを圧倒した完璧な優勝だった。
決勝戦のあと、用田はベンチで項垂れていた……一年生の夏と同じように。 でも僕の心はもう痛まなかった。 二年前より成長したのか、心が鈍くなったのかはよく判らない。
ただ、今の僕には「勝ち続ける」という決してブレることはない目標があった。 たとえそれが誰かの夢を踏みにじる結果になったとしても……。
***
「よお、飲むか?」
閉会式後、用田がポカリを手にして僕の元にやってきた。
「お、サンキュ」
用田が放り投げたポカリを僕は両手でポケットキャッチした。
僕らは花壇の縁に腰を預け、二人並んでポカリを飲んだ。
普段は住んでるところがあまりに遠いので、会うことなんかはまったくないが、何だかんだで毎年ココで話をしている。 多分、性格的には仲良くなれるタイプじゃないとは思うが、用田のチカラを僕は認めていた。 初めてあったときからコイツは凄いヤツだった。 まあ、僕にはかなわないだろうけど。
「通算、俺の二勝」
「ふん。 中学の成績なんて関係ねえ。 高校に入ってからが勝負なんだよ! それに――」
僕の挑発に奴は簡単に乗ってきた。
この辺がまだまだ甘い。
僕は缶に口をつけ、用田の言い訳を笑いを堪えて聞いていた。
すると、用田の声のトーンが急に変わった。
「……なあ、杉浦」
「ん。 なんだよ」
僕は身構えた。
「アレ、教えてくれよ。 あの落ちるボール」
「はあ? ……ああ、チェンジアップ?」
用田は少し気まずそうな顔をして頷いた。 珍しくシュショウな態度だ。
「しょーがねえな」
拍子抜けした僕は笑みを抑えながら、グラブケースの中からまだ使っていないボールを取りだした。
「なんか書くモンもってるか?」
用田は辺りを見回し、後輩らしき奴にボールペンを持ってこさせた。
僕はそれを受け取ると、左手でボールを握り、指に沿ってボールペンを滑らせた。
「――よし。 これでわかるか?」
用田は忙しなく頷いた。
「基本的に腕の振りはストレートと同じ。 捻ったりすんなって教えられた。 俺はブルペンに入ったときに十球だけ練習するようにしてた」
僕は投げるマネをして、ボールを用田の手のひらに押しつけた。
「次に対戦するときまでに、モノにしとけよな?」
いつかどこかで聞いたことのあるようなセリフを口にしていた。
「おう。 わかった。 次は……甲子園だ、な?」
用田の言葉に僕は頷いた。
その瞬間、こわばっていた用田の顔がほころんだ。
「それとな――」
僕はセットに入ったときの用田のクセを指摘してやった。 尤も見抜いたのは僕じゃないけど。
奴は驚いていた、というより驚愕していた。 だから僕が見抜いたってことにしておいた。
でも奴が動揺してるときのロージンを叩く仕草については話さなかった。 必要がないと思ったので。
僕らは今日、それぞれ地元に帰る。 次に会うのはサンディエゴ行きの空港だ。
***
見上げたサンディエゴの空はドコまでも高く、そして遠くまで続いている。
緑の天然芝は眩しく、深く密度が濃い。 足を踏み入れると踝近くまで埋まってしまうほどに。
僕はマウンドから、一塁側ベンチ後方の空を見つめた。
この空の向こう、国境を越えればそこはメキシコ。 藤堂さんのいる灼熱の国だ。
「俺んトコに打たせろや!」
ショートを守る岡崎が、グラブを腰に当てたまま声を上げた。
三年間で何度聞かされたか判らない岡崎の台詞。 それも今日で終わりだと思うと感慨深いものも……いや、ないな、まったく。
キャッチャーに視線を戻す。
バッターは威嚇するようにバットを揺らし、僕を睨みつけてくる。
それを無視してキャッチャーのサインを覗き込むと、ゆっくりと振りかぶった――。
世界大会決勝。
僕らは大会三連覇中のカリフォルニア州選抜チームを二対〇で下し、初優勝を決めた。
藤堂さんたちの代でもなしえなかった『世界の頂点』に立ったあの日、僕は藤堂さんの背中に近づいた気がしていた。
ライバルを射程に捉えた気がして少しだけ気持ちが昂ぶっていた。
でも疲労が蓄積した肩が悲鳴を上げていることに気付くまで、それほどの時間は掛からなかった。