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曳航  作者: 本城千歳
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【032】 Re:いつかスタジアムで

 八四年五月――。

 江東球友クラブはゴールデンウィークを利用して『静岡遠征』を行った。

 静岡や愛知のチームが集まっての練習試合。

 普段対戦する機会のない相手との試合は、いつもとはまた違ったワクワク感がある。


 

杉浦おまえすげえな。 ナンか、手ぇ付けらんなくなってきたよな」

 最終戦のあと、僕に歩み寄ってきた亮が呆れたような顔で呟いた。


 この遠征、僕らは六戦全勝。

 全国大会優勝経験のあるチームとしてチカラの差を見せつけた。

 僕自身も三年生になってから三試合に登板しているが、未だに相手チームにヒットを許していない。 当然、点も与えていなかった。 まあ全て練習試合だったのだが。

 確かに僕としてもこれまでにない手応えを感じていたのは事実だった。

 ただそれは技術的なものだけじゃなく、気持ちの占める部分も少なくなかった。 これまで感じたことがなかったくらいに気力が充実していた。 



 あの日、荒井英至が僕にくれた『メッセージ』は、僕の心の中にあった閉塞感を打ち破ってくれた。

 一時停止していた僕の夢は、その瞬間からユルユルと動きはじめた。 僕は見失っていた目標を遂に視界に捉えたのだ。

 とはいっても次ぎに彼と対戦できるのはいつになるのかは判らない。

 当然、高校に入ったらプロとの接触は御法度だし、かといって今のチカラではとてもじゃないけど太刀打ちできない。

 まだまだチカラ不足だってことは、この間のシート打撃で『イヤ』と言うほど痛感させられた。

 今のままでは『上』で通用しない――

 だから僕は考えた。

 考えに考えた挙げ句、一つの答えを導き出した。 それは『勝ち続ける』ということだった。

 ココからの僕はトコトン『勝ち』にこだわっていくことにした。 いま持っているチカラを出し惜しみすることなく、いつでも全力投球で……きっとそれがいつか、僕を大きく成長させてくれるような気がするから。

 荒井英至から受け取った『メッセージ』に対する僕なりに考えて出した答えがソレ。

 つぎに彼と対戦するまで僕はずっと勝ち続ける、そう心に決めたのだ。


 

***


 今年に入ってスグ、意外な人たちから相次いで手紙が届いた。

 一つはメキシコに行った藤堂さんだった。

 言葉の壁は想像以上に厚く苦労をしているらしいが、昨シーズンの後半からは出場機会も増えてきているそうだ。 写真が一枚同封されていたが、そこに藤堂さんの姿はなく、説明も一切書かれていないので、ナンの意図があるのかは不明だ。

 ただ写っているのがドコかの門だということだけは判った。


 もう一つの差出人は山本誠、さん。 和歌山の南部球友会のエースだった人だ。

 エースナンバーを背負いながら、夏の大会に一度も登板しなかった理由。 痛めた肩と肘の具合が思わしくなく、高校で野球を続けることを断念したこと。 ソレを知っていたチームの仲間が最後の夏を盛り上げようとしてくれていたこと。 自分の選択してきた道に後悔はしていないってこと。 そして……僕の将来に期待をしているということ。

 そんなことがつらつらと几帳面そうな文字で綴られていた。

 今になってみれば、あのとき彼が言っていた言葉の意味も少しだけ理解できる。 彼にとっては、中学三年の夏が彼の野球人生のゴールでもあったってことだろう。 


 高校に進まず、更に高いレベルを目指した藤堂さんと、ケガで野球そのものを断念した山本さん。

 二人の間にどれほどの力の差や、考え方の違いがあったのかはよく判らないが、選んだ道は正反対のように思える。 ただ僕の選ぶ道もまた、彼らとは違う選択だった。



***


「お前ら、高校ドコ行くか決めた?」

 いつもの朝のミーティング。 亮が僕と岡崎に向かって言った。

 岡崎は「だいたいはな。」と言った。

 僕も同じように答えてから、亮にも同じ質問をぶつけた。

「オレ? 俺は……杉浦と同じ高校トコにしとくわ」

 バカっぽい言い方だった。

「え〜。 ついてくんなよ。 他にイケよな」

 僕は手で払うような仕草でそう言ったが、本音としては嬉しくないワケではなかった。

 小学校の頃からの付き合いだったし、亮と一緒に甲子園を目指すってのも悪くないと思っていた。 中学で硬式を始めたのはコイツのお陰だとも言えるし。


「ササも決まったらしいな。 東央大付属だったかな?」

 岡崎は言った。

 笹本が決まったという『東央大付属高校』。

 確か東大和とか昭島とか、その辺にあったような気がする。 ということは―― 「そっか、西東京か……」

「あ? ナンか言ったか?」

 僕の独り言に亮が反応した。

「いや、べつに……」

 僕は二人から顔を背け、窓の外に目を向けた。


 江東球友クラブの頼もしい仲間・・・・・・たち。

 しかし来年の今ごろには、違うチームでプレーをしているのだろう。 つまり――敵になっちゃうというわけだ。

 僕にはまだ、そのイメージを湧かせることは難しかったが、対戦すればそれぞれが強敵になるのだろうってことだけは容易に想像できた。 

 

  

***


 グラウンドには、今日もたくさんの大人たちが集まってきていた。

 ブルペンでも、僕らがやってくる前から『場所取り』が始まっていた。 そんな大人たちに対して、気の毒というか申し訳ない気持ちにもなってくる。 

 

 僕はグラウンド内を見渡した。

 峰岸さんはベンチのバットケースの横で屈伸運動をしている。


 連日のようにグラウンドを訪れる高校野球の関係者たち。

 その数は去年までの比ではなかった。

 そんな彼らの勧誘合戦も決して意味がなかったわけではなく、それなりの成果を上げたトコロもあった。

 実際に、安藤は千葉県の某大学の附属高校に内定していたし、吉村は早々に大阪の強豪校に進むことが決まっていた。 それ以外の奴らもそれぞれ進路が決まりつつあった。

 僕の進路についても決断しなければならない時期が確実に近づいていることを、自分でも自覚していた。

 いつまでも引っ張るつもりも無かったし、最後の大会を静かにそして最高の状態で臨む為にも、周囲の雑音はなるべく早めに消しておきたいという気持ちが強かった。 あとは峰岸さんに相談するだけなのだが……なかなかタイミング合わずにいまに至っている。 決して切り出す勇気がなかったワケでは……ない、多分。 


 もう一度ベンチに目をやる。

 峰岸さんは独りでベンチに座って、スコアブックか何かに目を落としている。 珍しく周囲には誰もいなかった。


「……やっぱ、そろそろ(争奪戦を)終わりにしないとな」

 自分に言いきかせるように呟き、ベンチに向かって足を踏み出した。

  



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