【027】 センパイの蹉跌
連覇を目指した全国大会、準決勝で敗退した僕らは翌日の三位決定戦に大勝し、前年優勝チームの意地を見せることができた。
直後に行われた決勝戦では、川内霧島クラブが四対〇で南部球友会を下し、念願の初優勝を決めた。
どういうわけか、南部球友会のエース・山本は最後まで登板することはなかった。
***
「なんだ。 負けちゃったらしいな」
目の前にいる恰幅のいいおじさんは、顔を顰めて顎をさすっている。
「チカラ不足だったんだと思います」
僕が自嘲気味に呟くと、おじさんは労うように僕に手を乗せた。
以前、山路さんと通い詰めた大学の室内練習場。
独りで練習をするようになってからも、僕は度々ここの総監督の斎藤さんの元を訪れていた。
それはこの場所にどこか懐かしさのようなものを感じていたからかも知れない。 微かに山路さんの記憶が残るこの場所が、僕の心のよりどころになってくれていた。
「ブルペンに入る準備ができたら、声かけてくれよ」
斎藤さんは恰幅のいいカラダを揺らして、通路の奥へと姿を消した。
「ホント、杉浦君にだけは優しいよな」
キャッチボールの相手をしてくれている大学生・澤野さんは、少し呆れたカンジで呟いた。
「いえ……そんなことないと思いますけど……」
「いや。 俺らには異常に厳しいんだよ? ま、コレはココだけの話なんだけどな――」
澤野さんは、斎藤さんが消えた通路の方を覗き込むようにして声を潜めた。
僕は愛想笑いを浮かべ、その声に耳を傾けた。
「そういえば……最近、高橋さんて見ないですね」
高橋さんには以前、ポカリを奢ってもらったことがある。 今度キャッチボールをしようと約束していたが、その機会がないまま今に至っている。
最近では時間帯の関係か、顔を合わせることもまったくなくなっていた。
「タカハシ……?」
澤野さんは首を傾げた。
「ちょっと細くて、いつもニコニコしてて……黄色っぽいローリングスのグローブを使ってる人です」
僕は思いつく限りの特徴を言ってみた。
「ああ、タモツかな?」
僕は首を傾げた。 高橋さんの下の名前を僕は知らない。
「なんか、……スンベ、とか言う人なんですけど」
「おおタモツだ保。 間違いない。 でも……辞めちゃったよ、アイツは」
「え〜?! なんでです?」
「ヒジ、やっちゃったんだよ。 故障の多いヤツだったから、諦めたんだろな」
ま、先があるわけじゃないしよ。
澤野さんの口調はどこか醒めたものだった。
僕は高橋さんの人懐っこい笑顔を思い浮かべた。 尤も、もうハッキリとは覚えていないけど。
「ま、アイツも高校までは評判の投手だったんだけどな。 俺と地元が近いんだ」
神奈川なんだ。
澤野さんはそういって話を続けた。
「鎌倉の高橋っていえば中学の時は有名人でさ、県大会で優勝したりして、高校のスカウトが結構きてたらしいんだよ」
「だけどアイツはそういうの全部蹴って地元の公立に入ったんだ。 変わってるっていえば変わってるけど、悪くはない生き方だなって最近は思うよ」
澤野さんはまるで自分のことのように自慢げに話した。
僕は同じような人を知っていた。 スカウトを全部蹴って海外に夢を見つけた人を。
「高橋さんはなんで行かなかったんですかね。 強い高校に」
「さあな。 聞いてないから判らないけど、あったんじゃないか、アイツなりに譲れない信念みたいなものが」
「信念……ですか?」
僕はその言葉をアタマの中で反芻した。
「ま、大人が引いたレールの上を進むのが嫌だ! とかそんな程度だろうけどな?」
澤野さんはそう言って笑った。
大人が引いたレール。 僕はその言葉の意味を考えた。
「そういや、アイツも中学の頃の一時期、山路さんの指導を受けてたって言ってたな」
「え。 ホントですか?」
「ああ。 杉浦くんのセンパイってとこだな、一応」
意外な感じがした。
あの二人に接点があるとは思ってもいなかった。
たしかに山路さんは高橋さんをよく思っていないような口ぶりだった。 理由は聞かなかったがけど、単純に実力を評価していないって雰囲気だったのだが……違うのかもしれない。
「ただ山路さんのやり方は自分の考えとは合わないって言ってたことがあったな。 スピードガン相手にムキになって投げるのはバカっぽいべ? とか、何キロでたとか陸上の記録会とかじゃねえんだから関係ねえべ? とかね」
まあアイツは軟投派だったからな。
澤野さんは笑ってそういった。
僕は山路さんが教えてくれたことに疑問を感じたことはほとんどなかった。 いまの僕の練習も、山路さんが遺してくれたものに則ってやっているし。
しかし考えてみれば、僕はそれほど山路さんのことを知らない。
どこに住んでいたのかも聞いたこともないし、どんな経歴があって、本当はどんな人だったのか……今となっては、本人に直接聞く機会は永遠にないってことは確かだけど。
ただ、山路さんが僕に遺してくれた、『 甲子園で優勝する 』という約束。
それを達成すれば何かが判るような気がしていた。
山路さんが考えていたこと、彼が伝えたかったナニかが、僕にも見えるような気がしていた。
***
八月も終わりに近づく頃、秋の新人戦が始まった。
新人戦とは言っても、江東球友クラブは夏の大会とまったく同じメンバーだったんだけど。
でも、そんな僕らのチームにも新戦力は芽生えつつあった。
特に一年生投手の辻倉智也。
夏の大会の登板機会は一度もなかった彼だったが、新人戦では二番手投手・笹本を上回るイニングを投げて無失点。
荒れ球を武器に三振を積み上げる投球スタイルはどこかで見たことのあるような気もするが……
ともかく辻倉の活躍もあり、江東球友クラブは二年連続で秋の新人戦を制した。