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曳航  作者: 本城千歳
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【026】 勝敗の行方

 四回の裏、この回の南部球友会の攻撃は、一番・大浜から。

 ここから打順も二巡目に入る。


 スタンドからの声援は相変わらず途切れることはなかったが、どうやら僕たちに向けてのものではなかったということに気づき、いまでは耳障りな雑音にしか聞こえない。

 僕は帽子を深く被り、足元に神経を集中させた。


 

 打席では、大浜がバットを短く持って構えていた。

 吉村はインコースを要求している。 僕は小さく頷き、投球モーションに入った。


――バシィ!!


 初球はアウトコースいっぱいに決まった。 吉村のミットとはまるっきり逆のコースに。

 吉村も苦笑いしているのがマスク越しでも判る。

 二球目、同じくミットはインコースに。 しかし今度は大きく高目に外れてしまった。

 吉村は大きな仕草で頷きながら、「力を抜け」というように肩を動かした。

 

 三球目はアウトコースを狙ったストレートが高目に大きく浮いた。 四球目、五球目はインコースのストレートをしぶとくカットされた。


“ ホントにしつこい奴っちゃな…… ”

 帽子を取り、汗を拭うと、大きく息を吐き、天を仰いだ。

 マウンドの僕は、いつも以上の疲労感を覚えていた。

 それは容赦なく照りつける陽射しと、高い湿度の……いや、もしかしたら久々の接戦で緊張し続けてるせいかもしれない。


 しかし、これでツーストライクツーボールと追い込んだ。

 吉村は既にアウトコースにミットを構えている。

 マウンドから大浜を見下ろす。 相変わらずその表情からは敵意みたいなものは窺えない。

 僕は吉村のミットに視線を戻し、大きく振りかぶった。 そしてミットに集中したまま、強く腕を振り抜いた。


――バシィィ!!


 球審の右手が挙がった。  

 六球目はイン・・コースの膝元にストレート。 大浜は中途半端なスイングで三振に倒れた。

 この回、続く二番バッターは死球でだしたものの、三番をチェンジアップで三振。 四番の嶌野はショートライナーで討ちとり、後続を断った。



***


「延長はキツいよな……」

 僕はベンチから空を見上げ、独り言を呟いた。


 五回のオモテの僕らの攻撃も既にツーアウト。

 ランナーは出すもののあと一本が出ない。 どうにも詰め切れないままココまできてしまったカンジ。

 このときになってようやく僕は『延長戦』を現実のものとして意識しはじめていた。

 


 

 そして試合は両チーム無得点のまま、終盤をむかえた。


***


  マウンドには内野陣が集まっていた。


 六回の裏の南部球友会の攻撃は、この試合はじめて得点圏にランナーを進められていた。

 先頭打者の四球と一番・大浜の内野安打、それに犠打を絡められ、一死二、三塁……ドコから見ても大ピンチだな。


「次のバッターは当たってない。 スクイズもあり得るな」

 吉村は次打者を振り返り、呟いた。

 打席に入ろうとしているのは、今日2三振の三番バッター。 ネクストバッターズサークルには、四番の嶌野が控えている。


「どうする?」

 亮は相手ベンチを窺いながら、小さな声で言った。 

「いっそのこと、ココは一点・・はくれてやって――」

「いや――」

 僕は亮の言葉を遮った。

「点はやれないな、絶対に。」 

 僕は少し強い口調で言い切った。


 マウンドにいる全員の視線が僕に集まっている。 

「……OK。 それで行こうぜ」

 一瞬の間をおいて、岡崎が口を開いた。

 岡崎は嬉しそうな顔で、僕の背中をポンポンと叩くとポジションに戻っていった。

 その後を追うように内野陣がそれぞれのポジションに散った。 


 僕らの意思は統一された。

 内野はバックホーム体勢。 失点阻止の極端な前進守備を敷いた。 



 一死、二、三塁。

 三塁側ベンチには目立った動きはないように見える。


 吉村は右の拳でミットをポンと叩き、アウトコースに構えた。 

 僕はセットに入り、やや視線を落とす。 三塁ランナーの足元を注意しながら、クイック気味にモーションをおこした。


――バシィ!!


 アウトコースいっぱいのボールに、球審の右手が高く上がった。

 バッターは投球と同時にバントの構えを見せたが、平然と見送った。

 ランナーはスタートの構えを見せなかった。


 三塁ベンチを窺う。

 初球はおそらく様子見。 もし動きがあるとすればここから。

 しかし……この前進守備のスキを突いてスクイズを決める自信があるのだろうか?   

 僕は三塁ランナーを目で牽制しながら、ゆっくりと足を上げた。


――バシィ!!


 アウトコースの投球は、ボールとハッキリわかる球。

 バッターはさっきと同じようにバントの構えを見せたが、手を出す素振りはなかった。

 

 ロージンに手を伸ばし、バッターの様子を横目で窺う。

 バッターはベンチに顔を向けている。 

 三塁を窺う。

 ランナーは三塁ベースの上で屈伸をするような体勢でしゃがみ、コチラを見ている。   

 

 吉村に視線を戻す。

 ミットはアウトコースに。

 僕は頷き、セットに入る。 そして三塁ランナーに視線を向けたまま、大きく足を上げた。


――走ったあ!!!


 投球と同時に三塁ランナーがスタートを切った。


 吉村が立ち上がり、僕も思いきってウエストする。


 バッターがバットを投げ出すように飛びつく―― が、アウトコースにハズしたボールは吉村のミットに収まった。


「――よしゃ!!」


 吉村が雄叫びを上げて三塁走者を追った。

 飛び出した三塁走者は三本間に挟まれながらも粘りをみせたが、最後は吉村に追いつめられて三塁の手前でタッチアウト。

 その間に二塁ランナーの大浜が三塁に進んだが、これは仕方がない。


「ツーアウト。 バッター勝負な?」

 岡崎は右の拳で自分の胸を叩くと、定位置に戻った。


 僕は大きく息を吐いた。

 これで二死。 

 ランナーは三塁に残っているものの、ツーストライクとバッターを追い込んでいる。

 

 マウンドからバッターを見下ろす。

 今日2三振の三番バッター。

 その表情からは、今のスクイズ失敗で、相当なショックを受けているのが読み取れる。 


 吉村に視線を戻す。 

 ストレートのサインに僕が頷くと、吉村は外寄りにミットを構えた。


 僕はもう一度大きく息を吐いた。

 三塁ランナーの大浜の姿が視界を掠めた。

 しかし三塁ランナーがいくら俊足とは言っても関係がない。

 僕はゆっくりとセットポジションに――


「……あ」


 重みを失った指先と、足元に転がるボール。


 その瞬間から、僕のアタマの中は真っ白になった。



***

 

「ほら、杉浦おまえからだぞ?」

 岡崎がヘルメットとバットを僕に差しだした。

「頼んだぞ」

 岡崎は拳を握りしめた。



 ベンチを出て、ネクストバッターズサークルに向かう。

 相変わらず大きな歓声が聞こえているが、なんとなく遠くに感じる。

 何気なく見上げたスタンド。

 バックネット裏にいる用田と目が合った。

 用田は相変わらず敵意剥き出しの視線だったが、僕はそれに耐えきれず目を逸らした。



 南部球友会の橋本が七回のマウンドに登っていた。

 初回からフラフラだった橋本をココまで粘らせてしまったのは僕の責任でもあった。



「カラ回りしている」

 そんなことに気付いたのは、試合が中盤に差しかかる頃だった。 既に自分では修正できなくなっていたが。

 点を取れない焦りがミスを呼び、ミスでまた焦り、僕から自信・・冷静さ・・・を奪っていった。 必要以上に疲労を蓄積させていった。

 そして――

 六回の裏、二死三塁の場面で犯した僕のミスは、取り返しのつかないくらいに大きなミスだった。

 一瞬の気の緩み。

 セットに入るときに一瞬だけ、指先のチカラが抜けてしまったのかも知れない。

 そこからの記憶は断片的なものしかない。

 球審が目障りなくらいに大げさな仕草で、ホームベースの前に飛びだしてきたこと。

 三塁ランナーが小躍りしながらホームを駆け抜けたこと。

 それから……僕のスパイクのヒモが右足だけすり切れそうになってたこと。

『 僕が犯した痛恨のボーク 』

 そのミスを跳ね返すだけの気力は、少なくとも今の僕には残っていなかった。

 

 この打席、結局僕は三振に倒れた。


 グラウンドに降り注ぐ歓声は、期待が現実に変わる瞬間を待ちわびているようだった。

 僕らの負けを待っている歓声のなか、僕はスタンドを見上げた。

 用田が僕を睨みつけていた。

 僕と目があった用田の口許は舌打ちをしているように見えたが、やがて目を逸らし、席をたってしまった。


 六番の吉村がサードゴロに倒れた。 


 点差は一点。

 なんともならない点差ではない。

 しかし追い込まれることのなかった僕らは『負ける』ことへの重圧のなかを必死にもがいていた。


 七番の今井がフライを打ち上げた。

 だけど僕は打球の行方を追うことはしなかった。


 少し遅れて聞こえてきた地鳴りのような歓声。


 三連覇を目指していた僕らの夢は、二連覇を目前にして儚く砕け散った。





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