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曳航  作者: 本城千歳
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【024】 立ちはだかる壁

 江東球友クラブは、一回戦に続き二回戦もコールド勝ちし、順当に準決勝進出を決めていた。 僕らと別の会場で行われていた試合では、二回戦から登場した川内霧島クラブがコールドで勝利し、同じく準決勝へと駒を進めていた。 用田は相手に一本のヒットも許さなかったらしい。

 そして準決勝を迎えた大会二日目、今日は朝から弱い雨がぱらついていた。


「なあ。 今日やんのかな?」

 僕はカーテンの隙間から外の様子を窺った。

「さあ? どうだろな」

 岡崎はグラブを磨きながら、あまり興味がないかのような言葉を返してきた。


 もう一度、窓の外を見上げてみる。

 空は明るいし、雨も小降り。 この程度なら試合をやるには問題なさそうな気もするが、グラウンドの状態はどうなんだろう?


「峰岸さんのトコ行って聞いてこいよ」

 僕はヒマそうにしている亮に向かって言った。

「え? やだよ。 杉浦おまえが聞いてこいよ。 主将だろ?」

「じゃ主将命令な。 聞いてこいよ」

 僕がそう言い返すと、亮は露骨に嫌そうな顔をした。

「主将命令じゃしょうがねえよな? 行ってらっしゃい」

 無関心を装っていた岡崎にまでそう言われ、亮は渋々、部屋を出て行った。



「多分やるだろ? このくらいなら」

 岡崎はグラブを片手にしたまま立ち上がり、窓の外を覗いた。

「まあな。 もう止みそうだしな」

 僕らがそんな話しをしてても一向に解決しないのは当然わかっていた。

 会話というより、ただ言葉をぶつけ合っているだけだった。 そうしていないと何となく落ち着かないのだ。


 しばらくして亮が部屋に戻ってきた。

「どうだった?」

「まだわかんないってさ。 でも、やるだろ? っていってたよ」

「ふ〜ん。 まだ・・……ね」

 岡崎が時計に目をやったのがみえた。


「峰岸さん、怒ってた?」 僕が尋ねた。

「多分な」

 亮は即答だった。

「やっぱね。 そりゃ怒るよな」

「まあな……」

 今度は亮が時計をチラ見した。 


「なんか、ハラ減らねえ?」

「減ったな」

「朝飯って何時だっけ?」

 それには誰も、何も応えなかった。


 今朝、僕らは誰が言うでもなく早起きをしていた。

 起きても何もやることがないので、取りあえず着がえた。 おそらく五時前にはユニホームに着がえていたんだと思う。

 そしていま、時計は朝の五時半を過ぎたところを指している。

 朝食の時間までは多分一時間半くらいあるはず。

 しかし「それじゃ、もうひと眠り」ってワケに行かないのが僕らの今の悩みでもある。

 ここに起きている僕らは、繊細な神経の持ち主ってことなのかもしれない。


 僕は目の前で眠っている安藤と吉村をつま先でつついた。

 それを見ていた岡崎と亮もマネして突きだした。

 僕ら三人は、そうやってしばらく突いていた。 しかし奴らは微動だにしない。

 そのうち亮は調子にノって、吉村の鼻にティッシュを詰めたりしはじめた。

 いつもは悪のりしない岡崎も、バッグから取りだした『ポッキー』を安藤の鼻に差し込んだりしている。

 しかし奴らはまったく起きる気配がない。 少し心配になって顔を覗き込んでみた。

「……」 大丈夫そうだ。 ちゃんと呼吸はしているみたいだ。 

 それにしても……いつもでも寝ていられるコイツらの神経の図太さ。 僕はそれ・・を本当に羨ましいと思っていた。



***


 朝方まで降っていた雨も、今では完全に上がっている。 

 渇ききっていたグラウンドにとっては、コンディションを整えるうえで『恵みの雨』だったようだ。

 球場には強い陽射しが戻ってきていた。

 大阪こっちに来てからはじめて見る太陽。 ようやく夏らしい雰囲気になってきた気がする。


 午前中に行われた第一試合では、川内霧島クラブが勝って決勝進出をすでに決めていた。

 試合後、球場出入口の通路で用田とすれ違った。

 奴は、僕らとの再戦を望んでいる、といった。 それは僕としても同じことだった。

 昨年の決勝で奴と対戦した僕らにとって、「用田を攻略しなければ優勝はない」というのは共通の意識だった。

 連覇を目指すウチにとって、用田は最大のライバルでもあり、『必ずノリ越えなければならない壁』だった。

 地区大会から大差で勝ち続けてきた僕らにとって、気持ちが緩むことがなくココまで来られたのは、或る意味『用田のおかげ』なのかもしれない、と思うこともある。 


***


 目の前では、僕らがこれから対戦する準決勝の相手が試合前のシートノックを行っていた。


「ミナベって、全員が三年なんだってよ」

 ベンチ前でストレッチをする僕の横にやってきた安藤が、ノックを続けている相手チームを見ながら呟いた。

 安藤は、鼻の縁が黒っぽくなっていた……ポッキーだな、多分。  

「別にめずらしくねえだろ?」

 僕はなるべく安藤の方を見ないようにして呟いた。

「いや、なんかどっかと合併するんだって。 だから一、二年がいないんだってさ」

「ふ〜ん。 で、なんで知ってんの?」

「さっき峰岸さんがあっちの監督と話してた」

 ノックバットを巧みに操っている小太りのおじさん。 きっとあの人が監督なんだろう。

 見た目は優しそうな雰囲気なのに、さっきから選手に浴びせている罵声は容赦ない。

 ノックの打球もえげつなかった。 三塁手などは試合前なのにユニホームは泥だらけ。 胸に漢字で書かれた『南部球友会』の文字は、判別できなくなるまであと一歩のトコロだ。 

「……あれってミナベって読むんだ? ナンブだと思ってた」

「俺も」

 準決勝の相手は和歌山の南部球友会……昨日会った山本って奴のいるチーム。

 正直言って上手いという印象は全く感じない。

 捕るのも投げるのもフツウ。 ただガムシャラというか、悲壮感・・・に近いモノが全体的に漂っている。 泥臭いってカンジ……だな。

 

 


 僕は投球練習に入っていた。

 南部球友会のブルペンでも、三人の投手がキャッチボールをしているのが見える。

 一番右端にいるのがエースの山本誠。

 ゆったりとしたフォームから一球一球、何かを確かめるように丁寧に投げている。

 山本は僕の視線に気付いたように一瞬こちらに顔を向けてきたが、無表情のまますぐに顔を背けた。    

 ふと、昨日の山本の言葉を思い出した。

『――打席で見てみてえな。 お前のボール』

 僕は投球練習を止め、ブルペンに吉村を残したまま、ベンチに向かって走りだした。


南部球友会むこうのスタメン、見せてもらってもいいスか?」

 峰岸さんは不思議そうな顔をしたが、無言でスコアブックを僕に手渡した。

 受け取ったスコアブックにある名前を上から確認していく。 僕が確認したかったのは山本の打順だったのだが……「あれ?」

 僕は首を捻った。

 そしてもう一度、指でなぞりながら上から順に名前を追っていく。 しかし何度見返してみても同じだった。

 南部球友会のスターティングメンバーに『山本』の名前は見当たらなかった。  



***


 夏の強い陽射しが容赦なくグラウンドを照りつけている。

 まだ試合が始まったばかりだというのに、相手ピッチャーはもう肩で息をしていた。 時折、恨めしそうに太陽を睨みつけながら。



「お前ツイてるな」

「まあな」

 ネクストバッターズサークルの吉村は、このチャンスに打席に向かう僕を羨ましそうに送り出した。


 一回のオモテ。

 先攻の僕らは早くもチャンスを迎えていた。

 先頭の安藤が二遊間を破り、二番の誠二が送る。 三番・亮が死球、四番・岡崎もフルカウントから四球を選び、一死満塁。

 ここで僕に打順がまわってきた。


 三塁側ブルペンでは、早くもエースの山本が出てきて投球練習かたならしを始めた。

 マウンドには投手を取り囲むように内野手が集まっているが、その表情は一様に硬い。

 僕はベンチを窺い、打席へと向かう。

“ウチ相手にエースを温存なんてしやがるから……” 

 マウンドに強い視線を送ると、バットのグリップを強く絞るようにして握り直した。


 やがて内野手がそれぞれのポジションに散った。

 それまで前進していた内野手は、やや後ろに下がっている。 ゲッツー狙いか?

 逆に外野は全体的にやや深め。 外野フライなら余裕で点が入りそうだ。


 マウンド上のピッチャーは三塁ベンチに目をやり、一度小さく頷く。

 そしてキャッチャーのサインを窺うことなくセットポジションから投球モーションに入った。


――パシィ

 

 初球はカーブ。

 緩い軌道を描いて外寄りに外れたボールは、落差もキレもそれほどない。

 二球目。

 サインに一度クビを振って投じてきたカーブも同じようなコースに外れた。 これでツーボール。


 僕はインコースを待っていた。

 内よりのストレート、これ一本に絞っていた。

 しかし三球目も外。

 今度はストレートが低めいっぱいに決まった。

 スピードはそれほどない。 ただ丁寧に投げている、というカンジはする。


 この場面、バッテリーが僕との勝負を嫌がっているのはあきらかだった。

 少なくとも僕にはそう思えるだけの気持ちの余裕があった。


 僕の正面、センター後方のポールに掲げられた大会旗はだらりと垂れ下がっているのが見える。

 無風のグラウンドには夏の陽射しが照りつけ、剥き出しになった腕をジリジリと灼いていく。 

 額に浮き出た汗が頬を擽り、逃げ道を求めるように顎の先へと伝っていく。

 その不快な感触は、まるで僕から集中力を奪おうとしているかのようだ。

 しかし今のマウンドの不快指数・・・・はバッターボックスの比ではないだろう。 相手ピッチャーは額の汗をユニホームの袖で拭い、キャッチャーのサインを覗き込んでいる。


 三塁側のブルペンでは山本が投球練習を止め、ユニホームの胸の部分を祈るように握りしめてジッと戦況を見守っていた。

  

 やがてピッチャーは小さく頷いた。

 彼は三塁ベンチの方を窺うと、一つ息を吐く。

 そして一度足元に視線を落とすと、ややぎこちない仕草でセットに入った――。



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