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曳航  作者: 本城千歳
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【023】 交錯

 二度目の全国大会。

 その日僕らを迎えてくれた大阪の空は、あいにくの天気。 雨は降っていないものの薄い雲が上空を覆い尽くしていた。


 昨夜、錦糸町駅近くの公園からバスで出発し、夜通し高速道路を走り続けて、大阪の宿舎に着いたのは午前十時を少し回った頃だった。

 僕はその間、ずっと外の景色を眺めていた。

 途中、休憩で幾つかのサービスエリアに立ち寄ったが、それ以外はぼんやりと、真っ暗な窓の外をただ眺めていた。



 宿舎の前でバスを下りると、麻柚が近寄ってきた。

 去年に続いて、今年も麻柚は同行していた。 何のために彼女がいるのかは知らないが、理由を聞いてもたいした答えが返ってくるとは思えないから聞かない。 まあ、ヒマなんだろうな。


「ねえ。 アンタずっと起きてたでしょ」

 麻柚は怪訝そうな目で僕を見上げ、囁くようにそう言った。

「……。 見張ってたのか?」

「ちがうわよ! 何度か目が醒めて車内を見回してたら――」

 彼女はムキになって反論してきたが僕は相手にせず、すっかり温くなってしまったポカリのペットボトルに口を付けた。

  

 僕はずっと気持ちが昂っていた。

 全国大会出場を決めてからだから、もう一ヶ月くらいずっと。 特にここ二、三日は少し食が細くなるほど……まあ、周りの人が誰も気付かないくらいだから、ホントに少しだけだが。

 きっとバスの中で眠ることができなかったのも、後ろの席に座った安藤の歯ぎしりが煩かったせいだけじゃない……と思う。


「まあ……気持ちはわかるんだけど、さ」

 耳を貸さない僕の態度に諦めたのか、麻柚は大げさな仕草で溜息を吐いた。

「張りつめたままだと疲れちゃうから、程々にね?」

 彼女は僕の背中をポンポンと叩くと、僕を追い越し、宿舎の中へ駆けていった。




 全国大会の開幕を明日に控え、午後から行った軽めの練習。

 ストレッチとキャッチボールを中心に約一時間。

 そのあとは食堂に集まってミーティング。 とはいってもサインの確認程度の内容だったが。

 

「初戦は、東大阪BBC。 投打ともにバランスがいいなかなか・・・・のチームだ。 だが、フツウにやれば負ける相手じゃない。 じゃ、明日のスタメン、発表しとくぞ――」

 大事な初戦、先発のマウンドを託されたのは当然、僕。

 だけど、公式戦で四番を任されるのは初めてのことだった。

 


***


 開会式を迎えた朝、昨日に続いて今日もあいにくの曇り空。

 だけど、しばらく雨は降っていないらしい。 

 グラウンドには水をまいたようだったが、それでも充分とは言えないようで、踏みしめたスパイクから地面の固さが伝わってくる。


「――おい、あれだろ? スギウラって……」

 声に反応して、思わず顔を上げた。

 僕の方を見ていた数人と目があったが、みんな示し合わせたように目を逸らす。 そして何事もなかったかのように背を向けた。

「……」

 僕は地面を見つめていた。 もちろん『土』に興味があったからってわけじゃない。

 さっきから、顔を上げるたびに誰かと目が合う。 最初は不思議に思ったが、すぐにその理由に気が付いた。


 僕らは今大会の優勝候補の大本命にあげられていた。 

 何しろ、昨年の優勝メンバーのほとんど残っていたし、地区大会も圧倒的なチカラの差を見せつけて、全試合コールドで連覇。   

 当然のことながら、僕らは注目されていた。


 大会の出場チームは全部で十二チーム。

 そのうち僕らを除いた十一チームが、『江東球友クラブ』を倒すことを目標にしているのだ。


 チーム結成以来の連勝で僕らは自信を付けていた。

 それはどこが相手だったとしても揺るがないと思えるほどに。

 しかし周囲の無責任で楽観的な『勝って当然』という空気と、強い敵意と好奇心の入り交じった視線が、僕らを息苦しくさせていた。




 開会式直後の第一試合。

 試合開始を待つベンチはまるでお通夜のようだった。

 いつもなら誰彼構わずちょっかいを出しまくっている安藤も、今日ばかりは神妙な顔つきだ。 開幕戦独特の緊張というか不安を、アイツも感じているのだろう。

「おいおい……。 そんなんじゃやる前から疲れちまうぞ!」

 峰岸さんは僕らに向かって声を上げたが、僕らはいい反応ができずにいた。

 去年なら、こんなときには藤堂さんがチームを鼓舞し、榎田さんが空気を和ませ続けてくれた。 しかし、いまの僕にはそれができているとは言えなかった。 こんなところで先輩二人の抜けた穴の大きさを感じるとは思ってもいなかったが。



「――杉浦」

 峰岸さんが僕を呼び寄せた。

「いろいろと考えすぎるな。 お前はお前なりに、ここまでチームを引っ張って来たんだろ? 藤堂とは違うやり方でよ」

 藤堂さんと違うやり方……?

 僕としては目一杯、藤堂さんのマネをしてきたつもりだったのだけど……なんか違かったのか?

「自信を持て、細かいことを気にするな。 どうせ、バカなんだから」

 峰岸さんは余計な一言をいいながらも、僕を何とかリラックスさせようとしてくれていた。

「自信は持ってますよ。 それに俺、バカじゃないっスから」

 目一杯のカラ元気を出して、それに応えた。


 しかしそんな不安を感じたりするのは、考える時間があるからなんだろう。

 試合が始まってしまえば、そんなことを考えるヨユウすらなかった。

 緊張感を持って臨んだ開幕戦は、五回コールド七対〇で勝利し、二連覇に向けて幸先のいいスタートを切った。



***


「――あれが、もうちょっとウチよりだったらホームランだったな」

 四打数四安打三打点の岡崎は、いつになく上機嫌だった。

 顔には出さなかったが、実は岡崎も緊張していたのかもしれない。 そう思えるほど、岡崎の舌が滑らかだった。

 取りあえず一つ試合を終えた僕らは、緊張感からも解放され、いつも以上にリラックスしていた。 と同時に、僕は少し眠くなってきた。 

「ん? 杉浦あ。 ドコ行くの?」

 僕は無言で、球場の脇に設置されたベンチを指さした。


「ふぅ……」

 僕はベンチに腰掛け、大きく息を吐いた。 

 最近、寝不足気味だったしな……。

 僕は目を閉じた。 不意に襲ってきたさっきより強い眠気に、それまでの抵抗を止めて――。


「――おい。 おまえ、杉浦だろ?」


 睡魔に取り込まれそうになっている僕に、誰かが呼びかけている。

 僕は薄目を開け、焦点の合わない視線を声のする方へ向けた。

 隣にはいつのまにかユニホームを着た知らない奴が座っていた。  南部球友会……? 胸には漢字でそう書いてある。


「おまえ、まだ二年生のくせにえげつない・・・・・ボール投げるな。 あ、俺はヤマモト……ヤマモトマコト。 よろしくな」

 ヤマモトと名乗る男はそう言って右手を伸ばしてきた。

 握り返した手はマメだらけで、岩のようにごつごつしていた。

「おまえ、スゴイ奴だよな。 去年は一年生で優勝だろ? 当然、今年も狙ってるんだろ?」

 笑みを浮かべたまま言葉を続けている。

「まあ……そうスね」

「スゲエな。 連覇なんてできないぞ、なかなか。 俺たちなんか三年になってはじめて――」

 ヤマモトは興奮気味だった。

 僕は何も答えなかったが、彼は一人で喋りながら勝手に盛り上がっていた。



「やっぱり甲子園とかも目指してるんだろ?」

 ヤマモトは目を輝かせて、嬉しそうに聞いてきた。

「はあ。 まあ、そうスね」

「もう、決めてるのか? ドコに行くか」

「いや、まだ、そこまでは……」

「で、そのあとは……プロ?」

「はあ、まあ……」


 僕は曖昧な応えを繰り返していた。

 それでも彼は一向に構わない様子で、矢継ぎ早に質問攻めをしてくる。



 いったい何なの……コノヒト?


 僕は突然目の前に現れた『来訪者』を横目で観察していた。 

 座っているからよくは判らないが、おそらく僕と背格好は変わらない。 

 クリーム色のユニホームと帽子。 袖のところには、○を組み合わせた何かの『花』みたいなマークと、その下に緑色の文字で『和歌山』。

 どうやら『南部球友会』は和歌山のチームらしい。

 帽子にはローマ字で『M』の文字が……ん? 頭文字なら『N』の間違いじゃ―― 

「なあ。 勝ち続けるプレッシャーって、相当なモンなんだろ?」

 ヤマモトは僕の疑問を掻き消すように、唐突に問いかけてきた。 僕は曖昧に首を傾げた。

「ふ〜ん。……このまま勝ち続けるつもりなのか? 三年間ずっと」

 僕は何も応えなかった。

 いくら楽観的な僕だって、江東球友クラブが負ける日が来ないなんて思っちゃいない。 多分、いつかどんなカタチになるのか判らないけど、敗北を味わう日がきっと来るのだろうと、アタマの中ではちゃんと理解している。

 実際、僕らを取り巻く漠然とした不安の根っこは「負けることへの怖れ」なんだと思うし。 

   

「――やっぱり俺たちとは違うんだろうな、目指してるゴールそのものが」

 そう言ったヤマモトの横顔からは、一瞬笑みが消えたように見えたが、僕にはその意味がよく分からなかった。



***


 いつの間にか、僕の眠気はどこかに吹き飛んでいってしまっていた。


 ヤマモトはあれっきり黙り込んでしまっている。

 こういう状態になると、単純に間が持たない。 というか、だいたいコノヒトのことを僕は何にも知らない。 だから共通の話題なんて見いだせるわけないし……。  

 そんなことを考えてると、ヤマモトと同じユニホームを着た人が二人、こっちに向かってくるのが目に入った。


「おー、いたいた。 そろそろ行くぞ?」

 二人のうち、小柄な方が球場の入口の方を指さすと、ヤマモトはそれに応えて、指でOKのサインを作った。


「さてと――」

 ヤマモトは静かに立ち上がった。

「ウチは今からなんだよ。 試合」

「そうスか……頑張って、ください」

 一番意味がなくて無難な言葉を彼に贈ると、ヤマモトは満足そうに頷いた。

「ああ。 負けたら終わりだからな。 俺たちは」

 笑みを浮かべていたが、その眼にいままでとは違ういろ・・が滲むのを、僕は感じ取った。


「見てみてえな……」

「え?」

「もし対戦することがあったら……打席で見てみてえな、おまえのボール。 記念に、な」

 ヤマモトは僕に向かって軽く手を掲げると、二人の待つ方へと歩きだした。 彼の背中には『エースナンバー』が揺れている。


 遠ざかってゆくヤマモトの姿を何となく目で追い続けていた。 彼の言葉を反芻しながら……。





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