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曳航  作者: 本城千歳
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【021】 二度目の夏

 来週には地区大会が開幕する。

 荒川の河川敷に広がるグラウンドを舞台に、二日間で四試合。

 もちろん負ければ一試合で終わってしまうこともあるのだが、今の僕らには考えられない 

 昨年の夏、全国大会を制したあと藤堂さんと榎田さんが引退し、新チームで臨んだ秋の新人戦を全試合コールドで優勝。

 その後も関東地区で行われた小さな大会を相次いで制し、チーム結成以来の公式戦の連勝を17にまで伸ばしていた。

 僕らは確実にチカラをつけていた。 少なくとも地区大会での取りこぼしなんて考えられないくらいに。


 それでも僕には緊張感がないわけではなかった。

 たったいま峰岸さんから受け取った背番号『1』。 エースナンバーを背負って臨む夏は、僕にとって特別な意味を持っていた。 



***


「――そろそろファーストに専念した方がいいんじゃねえの」

 僕は亮に言った。 できるだけ、やんわりと。

 しかし亮はその申し出を「きっぱり」はねのけた。


 確かに亮の守備は上達していた。

 少なくともヒトツキ前とは安定感がまったくちがう。

 まあ、これだけ毎日のように付き合わされてるんだから、そろそろ成果を出してもらわなきゃ困る。 しかしそれでも誠二と比べたら『 ? 』って感じ。

 この大会で亮が三塁を守ることはないだろうし、そろそろ現実的な対応が必要な時期に入っている。


岡崎おまえから見て、どうよ?」

 黙って僕らのやり取りを見ていた岡崎に話を振った。

「そうだな――」

 岡崎は腕を組んだ姿勢のまま頷くと、すぅっと息を吸い込み、堰を切ったように一気に喋りだした。

「まず、腰がたけえ。 あと、一歩目がおせえ。 アレじゃ速い打球には対応できねえな。 それから――」 


 容赦ない岡崎の指摘と、それに黙って聞き入っている亮。

「――だろ? ライン際の打球にはよ――」

 それにしても岡崎はいつになく雄弁だった。 殆どダメ出し・・・・って感じだけど。

 時折身振り手振りを交えながら、熱っぽく語っている。


“ ずっと口だし・・・したかったんだろうな ”

 

 僕のそんな視線に気付いた岡崎は、一瞬バツの悪そうな顔をして「ま……そんなところだな」と話を切り上げた。

 それだけ言いたいことを言えればもう充分だろうと思うが、それにしてもカワイソウなのは言われっぱなしだった亮。

 あまりの言われように、さすがに凹んじゃってるみたいだ。 岡崎も微妙な愛想笑いを浮かべて立ちつくしている。 

 

「じゃあ、教えてやれば。 東日本ナンバーワンショート、だったっけ?」

 僕は岡崎の肩に手を置き、膝の裏に軽く蹴りを入れた。

「モトってなんだよ」 

 っていう言葉に反発するような素振りを見せた岡崎を無視して、僕は続けた。

岡崎コイツに教えてもらえば、何とかなるんじゃねえ? な?」

 それまでやや俯き加減だった亮が顔を上げた。 まだ、拗ねたような目を僕らに向けてはいるが。 

「な。 岡崎もいいだろ?」

 亮には見えないように、岡崎に向かって目で合図を送る。 

「まあな……」

 言い過ぎたっていう自覚もあったのだろう。 岡崎は渋々といった感じで呟いた。

「よし、決まりね」

 亮はまだ半信半疑な表情だったが、強ばっていた顔が少し弛んできたようにみえる……単純な奴。

 こうして岡崎の『コーチ就任』が決まった。 


「じゃ、明日からは三人で朝練な? 七時集合。 遅れんなよ?」

 僕は岡崎の肩に置いた手に力を込めた。

「朝練?! 俺もかよ」

「当然だろ」

 岡崎は不満そうな声を上げたが関係ない。 有無を言わせず『朝練メンバー』に組み込んだ。

「ちょっと待ってくれよ。 俺にも予定がよ――」  

「知らんがな。 じゃ。 明日、よろしくな」

 僕は、亮と岡崎を残してその場を離れた。




 翌朝、岡崎は弟の誠二を連れてきた。

 それになぜか笹本と桑原もいた。

 これで朝練参加者は六人になった。


 それにしても岡崎って奴はデリカシーのない男なんだなって思う。 いくら弟とはいえ、ポジション争いをしている本人ライバルを連れてくるなんて。

 しかし人数が揃うと、練習の質も上がる。

 しかも岡崎兄弟は内野の守備に関しては本職。 僕が口を挟む必要がないほど、的確な指示を出してくれている。

 最初っから岡崎兄弟コイツラに声を掛けてれば、亮ももう少し上達していたのかもしれない。

 そう思えるほど今日の朝練は充実していた。



「そういえば、試合を見に来るってよ」

 亮がグラウンド整備をする手を休めて言った。 僕もトンボを手にしたまま、亮の方に向き直る。

「誰がよ?」

「菊池」

「キクチ?」

 菊池……なんだっけ? 下の名前は知らない。

 クラスの女どもを束ねる、ちょっと生意気な女。 

 話をしたことはない……いや、厳密に言うと一度だけあった。

 中学に入学した直後、入学式で見かけた可愛い娘。 それが彼女だった。

 声を掛けはしなかったが無意識に見とれていたんだろう。 不意に目があった瞬間、彼女は「何か文句あんの?!」と凄んできた。

 僕は「いや、べつに……」と答えるのが精一杯だった。

 コレが僕と彼女が交わした唯一の会話。 何れにしても、彼女に対してはあんまりいいイメージはない。


「ナニしに来んの?」

「さあ、応援だろ? なんか五人でくるとかいってたな」

 亮はそう言ったが、あの菊池がただ応援にくるとは思えない。

「そういやあ、あの子もくるってさ。 ほら、なんだっけ? このあいだ杉浦にだけ・・挨拶した女、いたじゃん?」

 このあいだ見た、髪の長い女の顔を思い出した。 相変わらず名前は知らないが。

「なんか、杉浦おまえのファンらしいわ」

 亮は意味ありげな笑みがこびり付いた顔で、僕の顔を覗き込んできた。

「あっそ……」

 亮の視線をかわすように、僕は視線を落とし、素っ気なく答えた。


 一年前なら浮かれちゃって有頂天になってたかもしれない。 いや、間違いなく浮かれてたハズだ。

 だけど今は少し違っていた。



***


「……三年四組・岡崎、五組・杉浦、藤堂、七組…………至急、職員室まで……」

 昼休みの始まりを告げるチャイムに続いてスピーカーから聞こえてきたのは、僕らを呼び出す教頭の濁声だった。


「至急、だってよ」

 僕は独り言のように呟き、クラスの奴らに見送られながら、亮と一緒に教室をあとにした。

 廊下に出ると、ちょうど岡崎も教室を出てきたところだった。

「また、どうせ校長だろ?」 岡崎は呆れたような声を出した。

 僕らが頷くと「 めんどくせえな 」と同意を求めるように呟いた。

 確かに岡崎の言うとおりだ。 

 この時期・・・・に僕らを呼び出すなんてあの校長・・・・以外にありえない。 僕らを呼び出す理由もには考えられない。



 去年の二学期の始業式、教頭に名前を呼ばれた僕らは、突然ステージに上げられた。

 ナニを思ったのか校長は、まるで自分の手柄かナニかのように「江東球友クラブが全国大会で優勝した」という報告をし始めた。

 それまで学校では、ドコの部にも属さない『異端児』のような扱いだった僕ら。 野球をやっているということでさえも、一部の親しい奴らにしか話していなかったし。

 しかし、その日以来、僕らに対する周りの態度は一変した。 お調子者の校長によって、僕らはヒーローに祭り上げられてしまったのだ。  

 始めはそんな周囲の状況に驚き、戸惑い、そしてちょっと浮かれていた僕らだったが、いつの頃からかそんな状況に違和感を覚えるようになった。

 そして今ではすっかり鬱陶しいものでしかなくなっていた。



「どうだね。 今年のチームは?」

 校長は僕らを見渡すと、人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。

“ どうって……漠然とした質問すんなよな ” 

「はあ。 まあまあです」

 僕は心の中で悪態を吐きながらもチームを代表して答える。 一応、主将だから仕方がない。


 

 冷房の効いた閉め切った室内は、冷蔵庫の中のように冷え切っていた。

 校長は、夏だというのにスーツの上着を羽織っている。

 しかも汗一つかいていない。

“ ちょっと効き過ぎじゃねえか? ”

 僕は寒気に背筋を強ばらせながら、エアコンの吹き出し口と壁の時計に目を向ける。 ふと、左側の壁に据えられたガラス棚に目が止まった。

 そこにはトロフィーや賞状なんかが飾られていた。

 過去に僕らの先輩にあたる人たちが獲得してきたもの。 学校にとっての『 栄光の歴史 』ってところだろう。 

 でも僕がこの校長室に入ったのは、今日を含めて二度目。 僕ら生徒にとっては用のない部屋だから、足を踏み入れることはあんまりない。

 そんな人目につかないところに閉じ込められてるトロフィーって……ちょっと不憫に思う。

  

「――だからな。 頑張ってくれよ、学校のみんなも期待してるぞ」

 校長は満面の笑みを浮かべたまま、右手を差しだしてきた。

“ 学校のミンナって……まったく関係ねえだろ? ”


 僕は今まで「僕の夢の為だけ」に野球をやってきた。

 確かに峰岸さんや山路さん、そして藤堂さんたちに褒められたいって気持ちがなかったとは言わない。

 だけど、少なくとも「僕の知らない誰か」に評価される為にやってきたわけじゃない。 

 周りの人たちが僕にナニかを期待するのは勝手だし、それを止めさせることはできないのかも知れない。 でもそれは僕の聞こえないところでやって欲しい。


 僕はいま、ただ野球だけに集中したまま、静かに地区大会に臨みたかった。

 僕らの意思とは関係なく過熱していく周囲の人たち、いつも誰かに見られているプレッシャー……正直、僕は辟易していた。


 そんなシラけた気持ちを顔に出すことなく、僕も右手を差しだした。



***


 六月十九日、日曜日。

 僕らにとって二度目の地区大会が開幕した。


 初戦は笹本が先発。 去年と同じだ。

 二回戦、普段は一塁手の桑原が公式戦初のマウンドに立った。

 長身のサウスポーは、急造投手とは思えないピッチングで三イニングを無失点に抑え、チームに勢いを付けてくれた。

 左利きの桑原の使いどころには頭を悩ませていた感のある峰岸さんだったが、意外な適性を見いだしたのかも知れない。 少なくとも『カーブ』に関しては僕のそれ・・より信用がおけるようだし。

 僕はといえば、二回戦はリリーフで二イニングを無失点、準決勝・決勝はともに完封・・

 チームは全試合コールド勝ちしたので、僕の投球回数はトータルで十二イニング。 疲れは全く残らなかった。



 全国大会二連覇を目指して。

 江東球友クラブは、二年連続二度目の全国大会へと順当に駒を進めた。 





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