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曳航  作者: 本城千歳
15/37

【014】 全国大会決勝 II

「なあ、ちょっと握り・・見せてみ? いまの最後のボールの」

「は? 最後のボール?」

 二回を終了してベンチに戻ると、キャッチャーの吉村が僕に向かってボールを差しだしてきた。

 ちょっとめんどくさいと思いながらもボールを受け取り、縫い目に指をかけ、吉村の鼻先に真っ直ぐ突き出した。

「コレでいいか?」

 

*** 


 三回の裏。

 九番から始まるこの回、ランナーを出すとクリーンアップにまわる。

 緊張感のある投手戦は相変わらずの一点差。

 しかし、この回のマウンドはいつもと少しだけ状況が違っていた。

 さっき三回の攻撃中のベンチで――


「――それだよ。ちゃんとサイン決めておこうぜ!」

 吉村は興奮気味だった。

 僕が吉村に見せたボールの握り・・

 ブルペンで投げてて、たまたま「指の掛かりがしっくりきたから」試合でも投げてみたストレート。

 ただ指をかける縫い目をいつもと少し変えてみただけ。

 吉村が言うには、右打者の外のボールが少しだけ外に滑るように・・・・・・・動くらしい。

「なんだ?」

 僕らのやり取りに気付いた峰岸さんが僕らの顔を交互に見た。

 そして僕らは峰岸さんの指示で「たった十秒」でサインを決めた。

 こうして僕にもストレート以外の選択肢が追加されたのだった。



 投球練習が終わり、この回の先頭打者が打席に入っていた。

 吉村とのサインを交換。

 首を振る。

 もう一度覗き込んで、また首を振り……そして、いったんプレートをハズした。

「タイム!!」

 球審からタイムがかかり、吉村がマウンドに走り寄ってきた。


「……ナニがしたいの?」

 吉村は口許をミットで隠し、囁くように尋ねてきた。

「いや、ちょっと首振って見たかったから――」

 吉村はハナシを遮るように無言で僕の尻を叩くと、ホームベースの方向に走り出した……まったく、冗談の通じない奴だ。

 ベンチを横目で見る。

 峰岸さんは真っ直ぐに僕の方に視線を向けていた。


 結局この回、先頭バッターにこの試合の初安打を浴びたものの併殺もあり、三人で切り抜けた。

 ベンチに戻ると、待ちかまえていたかのように峰岸さんが僕を呼び寄せた。

 思った通り「首を振る権利」を取り上げられてしまった。



 一点リードで迎えた四回の表は、三番から始まる好打順だった。

 しかし先頭打者の岡崎は、ツーストライクからのカーブを引っかけてサードゴロに打ちとられた。

 ベンチに戻ってきた岡崎はヘルメットを脱ぐと、無言でマスコットバットを握りしめ、ベンチ裏に姿を消した。きつく口を結んだその横顔には、悔しさが滲んでいた。


「カーブが多くなってきたな」

 ネクストバッターズサークルの藤堂さんがバットのグリップにロージンを塗しながら呟いた。

 確かに岡崎が討ちとられたボールもカーブだった。


「また、頼みますよ! 僕も続きますから」

 僕がそう言うと、藤堂さんは無表情で見返してきたがすぐに頬を弛めた。

「OK。期待してるぞ」

 藤堂さんはバットを高く掲げると、打席に向かって歩き出した。 



 藤堂さんがヒットで出塁した。

 二球目のカーブを叩いた強い打球は二遊間を破り、センター前に抜けた。

 一塁ベース上の藤堂さんが、僕に向かって拳を突き出している。

 それに応えるように僕は静かに頷いた。

 

 打席に向かって歩きながらベンチを窺う。

 特に指示はない。


 マウンドの用田はさっきほど動揺した様子はないみたいだ。

 歩み寄り声を掛けてくる内野手を手で制し、何度か頷いている。


 僕にはさっきの打席のイメージが残っていた。

 ストレートにはタイミングが合っている。バッテリーもそれには気付いているだろう。

 だから勝負球にはカーブを持ってくる可能性が高い。しかしその前にドコかでストレートがくるハズだ。

 追い込まれる前のボール、ストライクを取りにくるストレート。

 僕の狙い球は一つだった。


 セットに入った用田は、正面の一塁ランナーを目で牽制しながら大きく足を上げて投げ込んできた。

「―――!!!」

 インコースのストレートに仰け反る。

「ストライック!」

「え?」

 ストライクの判定に思わず声が出てしまった。

 舌打ちしそうになったが、球審と目が合い自重する。


 二球目、アウトコースのカーブは明らかなボール。

 ここで用田は一塁に向かってゆっくりと牽制球を投げた。

 そしてロージンを人差し指と中指で摘み上げるとそのまま地面に落とす……舞い上がった白い粉が暑さを助長し、僕の集中力を途切れさせようとする。


 短いサインの交換が終わり、用田がセットに入った。

 僕はバットのグリップを絞るようにして握り直し、もう一度集中力を高める。

 三球目。

 インコースよりに入ってきたストレートにカラダが勝手に反応した。


――カキィィィィ


 打球は快音を残しレフト方向に一直線に伸びた。 

“いっただろ?!”

 感触は十分だった。

 僕は一塁に走りながら打球の方向を見つめ、手のひらに残った感触を逃がさないように強く拳を握りしめた。

 しかし……打球を追っていた三塁塁審の手が開いた。

“え。ウソだろ?”

 僕の会心の当たりはレフトポール際できれ、ファールゾーンに吸い込まれた。大ファールだ。


 僕はマウンドへ目を向けた。

 用田は笑みを浮かべている……変な奴だ。

 今のファールでボールカウントはツーストライクワンボール。

 追い込まれてしまった。これは予定外だった。

“高目で釣ってくるか? それとも……”

 直後の四球目、外角のカーブに僕のバットが空を切った。


―――ッ!!!!


 空振りの瞬間、用田がナニかを叫んだ。というより吼えた。

 マウンドでガッツポーズを見せた用田は、視線は僕を捉えたままナニかを呟いた。

 

 このときようやく用田の視線の意味が判った。

 僕は無意識に拳をきつく握りしめていた。



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