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曳航  作者: 本城千歳
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【012】 全国大会決勝 I

「用田はここまで三試合を投げて無失点。右打者にはインハイの真っ直ぐ、左打者には外角に曲がりの大きいカーブを決め球に使ってくることが多い、以上。じゃ、スタメン発表するぞ――――」


 決勝の相手、川内霧島クラブのエースは一年生左腕の用田誠。

 準決勝を見た限りでは、ストレートだけなら僕とそれほど変わらないんじゃないかと思うが、早いカーブと遅いカーブ投げていた。あれは打ちにくいかもしれない。

「……で、五番・ピッチャー杉浦。六番・ファースト……」

 決勝の先発は準決勝からの連投となる僕。榎田さんはこの試合もファーストでの出場だった。


「どうよ。俺の言ったとおりになったろ」

 藤堂さんが相手ベンチを見つめて呟いた。

 僕は頷いた。

 つい数ヶ月前、藤堂さんが言っていた『全国制覇』。

 僕らはそれに手が届く位置まで辿り着いていた。

「この試合、絶対に勝つぞ」

 藤堂さんはいつもと違い、静かに・・・ゲキを飛ばした。でもいつもと違うその雰囲気は、僕らを鼓舞するのには充分な重みがあった。


 全国大会決勝。

 バックネット裏には、揃いの帽子とポロシャツを着たおじさん方がたくさん詰めかけていた。おそらく大会の関係者かなんかだろう。

 そう言えば試合前に峰岸さんが言っていた。

「決勝戦で一年生投手同士の先発は、大会初らしいぞ―――」。



 一七五センチ、六八キロ。

 一回の表のマウンドにあがった用田は一年生ながら堂々とした体格だった。

 大会屈指の左腕と言われるこの投手は、その上背から投げ下ろすストレートと落差の大きいカーブを武器に地区大会から無失点を続けてきている。

 投球練習を続ける用田のマウンドでの立ち居振る舞いは、余裕を通り越して凄味すら感じる。

 まあ、こういうヤツがプロに行くんだろうな。


***


「思ったより速いスね。何かピュッとくる感じ」

 初回、先頭バッターで見逃しの三振を喫した安藤がヘルメットを脱ぎながらそう呟いた。

 ここから見るとそれほど『速い』って感じはない。

「多分、スピードだけならお前の方がはえーんだろうけどな」

 安藤は僕の横に腰を下ろし、マウンドを見つめたまま呟いた。


 用田は立ち上がりを三者連続三振と好スタートを切った。ウチが初回に三者凡退を喫したのは地区大会を通じても初めてのことだった。


 その裏のマウンドに僕があがる。

 用田が残したステップ痕の手前をスパイクでかりかりと掻く。

“ふ〜ん。アイツの方が広いんだ。ま、身長が違うからな”

 相手ベンチへ視線を向ける。用田もコチラをジッと見ている……ちっ。なんとなく闘争心を燃え上がらせる目つきじゃん。


 この回、僕は四球を一つだしたものの、三つのアウトを全て三振という上々のスタートを切った。

 投手戦の予感が球場全体を包み込んでいる。


「お、俺の次は杉浦か」

 僕の打順は五番だった。

 こっちに来てから一試合ごとに打順が繰り上がったことになる。

「藤堂さん、頼みますよ!」

「おう、任しとけ」

 打席に向かう藤堂さんは、肩越しに親指を立てた。

 今大会の藤堂さんは当たりまくっていた。いまの藤堂さんを抑えられるとしたら今日の用田、他には……僕しか考えられない。

 ネクストバッターズサークルでバットのグリップをロージンで叩きながら「藤堂さんを抑える」イメージを膨らます。――――ッカキィィン!

「え」

 僕が妄想を膨らましている間に初球を叩いた藤堂さんは二塁に滑り込んでいた。

“なんなのアノ人。やっぱりムリだな、抑えられねーわ”

 僕は少し興奮気味なままロージンを放り投げ、打席に向かった。

「?」

 打席で顔を上げると、二塁ベース上の藤堂さんが何か口を動かしている。

“ツ・ヅ・ケ? ――ああ、「続け」か”

 僅かに頷きベンチを窺う。峰岸さんも頷いている。サインはなし……つまり、打てってことだな。


 用田はちょっと愕いているように見える。

 藤堂さんが何を打ったのか見てなかったけど、きっと甘い球ではなかったんだろう。


 僕は打席に入ると、いつものようにキャッチャーよりに軸足の位置を決め、スパイクでカリカリと掻き、そして一度、用田の方に視線を送ってからゆっくりとバットを構えた。

 奴は忙しなく指先でロージンをポンポンッと二度叩いてからセットに入り、少し二塁走者を気にする素振りを見せながら、クイック気味に投げ込んできた。 

「ストライークッ!」

“え〜。高いスよね?”

 初球、自信を持って見送った高目のカーブはストライク。

 少し不満だったが顔には出さず、打席を外してバットを一度振る。僕の狙い球は一つだけだった。

 用田は長身の膝をやや曲げるようにしてセットに入っている。そして、さっきと同じように速いテンポで投球モーションに入った。

“さあ、ストレート。カモォォン!”


――カキィン


 外よりのストレートを振り抜いた。

 一塁コーチャーが腕をグルグル回している。

 打球がライトの後ろで弾む。

 躊躇なく一塁ベースを蹴り、二塁へ。

 ホームを踏んだ藤堂さんが、僕に向かって拳を振りかざしている。それに応えるように僕も塁上で大きく右拳を突き上げた。―――先制のタイムリーツーベース。

 尚もノーアウト二塁。追加点のチャンスだ。

 打席には榎田さんが入っている。

 マウンド上の用田は一度深く屈伸をしてからキャッチャーのサインを覗きこみ、二塁ランナーの僕を視線で牽制しながらゆっくりとセットポジションに入った。


“また、あの眼だ”

 さっきのマウンドを思い出した。

 僕のちっぽけな闘争心を刺激してくる用田の『眼』。

 決して高圧的とか舐めてるとかそんなカンジの目つきではないけど、どうも気分のいいモンじゃ―――――!!!

「――――セーフ!!」

 二塁ベースに頭から飛び込んだ僕の目の前にボールが転がっていた。

「おいおい! 危ねえなあ!」

 僕は正座をするような姿勢でベースに膝をついたまま、ベンチからの声に向かって軽く手を挙げた。


“……牽制、上手いじゃん”

 素早いモーションからの牽制球。

 ショートがこぼしてくれたからよかったものの、タイミング的にはアウトだった。

 僕は用田を横目で覗き見た。

 目深に被り直した帽子で眼は隠れているが口許を歪めている……いや、笑ってるのか?

 

 結局、ここから用田は立ち直り、三連続三振を奪って後続を断った。

 僕は二塁から動くことすらできなかった。



***


「たしかに総合的にみたらアイツの方が数段上だよな」

 二回のマウンドに向かう僕に藤堂さんが呟いた。

「でも速さだけならお前にも分があるかもな。ま、取りあえずこの回はしっかりと抑えろや」

 藤堂さんはそう言ってサードの守備についた。



 午後の陽射しは強さを増している。

 風のないグラウンド内は、立っているだけで体力を奪っていくようだった。

“しんどい試合になるかもな……”

 僕は汗を拭い、空を睨んだ。





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