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曳航  作者: 本城千歳
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【009】 僕らのポジション

 地区大会の決勝が終わってから、全国大会の開幕まで約一ヶ月半の間があいていた。

 その間、僕らは五つの練習試合を消化していた。

 最終的な調整を行う中で、流動的だったレギュラーも明確になりつつあった。

 

 四番・サードの藤堂さんはともかくとして、安藤は一番・セカンド、岡崎は三番・ショートの位置をほぼ不動のものにしつつあったし、ライトを守る亮も、五番打者として結果を残していた。

 チーム屈指のパワーヒッターでもある吉村は六番・キャッチャー、意味もなく器用な阪本と足の速い今井がセンターとレフト。ここ五試合のスタメンは彼らで固定されていた。

 そして僕は五試合全てに登板し、うち四試合で先発。計二十二回を投げて失点4。

 榎田さんは二試合にリリーフ登板して計二回を無失点。笹本は二試合に登板、うち一試合に先発して計八回を失点4。

 どういうわけか、榎田さんはファーストで出場することが多かった。

 そのことを山路さんに尋ねたら、

「榎田のチカラは十分わかっている。だけどお前はまだテスト中だからだろ?」

 追試みたいなもんだ。と笑いながら言われた。


 実際のところ何試合か投げている中で、自分自身掴みかけている感覚もあった。それはベストのボールが投げられれば、それほど打たれることはないっていう『自信』だった。

 相変わらずストレートしか球種のない僕にとって、自信を失ってしまったらなんにも残らないということもわかり始めていたし。つまり自己暗示に近いものなのかもしれないけど。



***


 八月に入ってスグの潮見での練習。

 グラウンドにはいつもより大勢の人が集まっていた。雑誌の記者だという人が取材に来ているとのことだった。

 峰岸さんはベンチで取材を受け続けていた。

 グラウンドの脇では藤堂さんと榎田さん、そして岡崎が記者と思しき人に掴まっている。


「いいなあ」

 それを見ていた誰かが呟いた。

 ふと気が付くと、周りには『地味』な顔ぶれが集まっていた。決して『お立ち台』に乗らないタイプの奴ら。


「……じゃ、おれらは別メニューだから。行こうぜ」

 僕は、笹本と連れだって外野に向かって走り出した。地味な連中の輪から逃げるように。


 ランニングとストレッチでカラダを解し、キャッチボールを始める。

 最初は塁間くらい。そこから徐々に距離を延ばしていく。

 ある距離までいくと笹本のボールはワンバウンドし始める。それでも距離を延ばしていくと、マウンドでは感情を表に出さない笹本がこの時ばかりは露骨に嫌そうな顔をする。

 ケッコウ負けず嫌いなのかもしれない。意外な一面だと思った。




「なあ。カーブってどうやって投げてる?」

 僕は塁間でキャッチボールをしながら、笹本に尋ねた。

「え。どうって……フツウに、だけど」

 笹本の答えは、彼が投げるボールと同じでキレの悪いものだった。

 カーブとシュート、それにフォークボールを投げる笹本。どれも勝負球きめだまとはなってくれないみたいだったが、それでも投げられるだけ僕よりマシだった。


「ちょっと投げてみてよ」

 僕のリクエストに笹本は頷き、カーブを投じてきた。


「おお。曲がってるわ」

 手元で、ってことはなかったが、確かに変化球と呼べるものだった。


「じゃ、シュートは?」

 笹本はシュートを投げてきた。


「ん〜。あんまり曲がってないな」

 僕は辛口の審査員のように、口をへの字に曲げた。


「じゃあ、フォーク」

 シュートにケチを付けられたからか、笹本がフォークを投げると宣言してきた。


「おっ、落ちた! すげえな。プロみてえじゃん!!」

 僕は初めて直に見るフォークボールに少し興奮した。僕の喜びように笹本もまんざらでもなさそうだ。

 フォークボールの握りは知っていた。

 自分で投げたことはないが、今のをみてると投げられそうな気がする。

「じゃ、俺もフォーク」

 笹本に向かって握りをみせ、ワインドアップから思い切って腕を振り下ろした。


「あ、やべ」


 僕の投げた『フォークボール』は完全にすっぽ抜け、長身の笹本の遙かうえを越えていった。

 そのままファールグラウンドの奥にある木にダイレクトで当たり、コーンという気持ちのいい音をたてた。

 笹本に詫びを入れ、横目で恐る恐る一塁側ベンチを見た。

 山路さんが突っ走って来る姿が見えた。



***


 僕はブルペンで投げ込みを始めていた。

 この潮見のブルペンは、晴海と比べてブルペンの傾斜がきつかった。だからいつも以上に踏み出した足の位置には気を遣う。でも僕はここの方が投げやすいと感じていた。

 

「あのぅ。なんか変化球を覚えたいんですけど」

 山路さんは、そう言った僕に冷めた視線を送ってきた。僕はその視線を見返していたが、耐えきれなくなって目を逸らした。

 すると山路さんはクククッと笑って、「そのうち教えてやるよ」と言った。

 僕の申し出は予想通り却下された。それでも変化球習得の必要性は強く感じていた。



***


 全国大会の会場は大阪。

 峰岸さんが手配した観光バスでいくことになった。新幹線で行くものだと思って楽しみにしていたのだが仕方がない。


 今回の遠征には、登録メンバー十五人の他に、監督の峰岸さんとコーチが二人、それに何故か麻柚がついてきた。なんでいるのかと聞いたら「夏休みなんだからいいでしょ」という返事だった。あまり答えになっていない。

 山路さんは用事があるとかで遠征には参加していなかった。


“退屈だ……”

 窓に映る景色も僕の興味を掻き立てるようなものはなかった。出発と同時に読み始めた漫画も、東名高速道路の海老名SAを過ぎたあたりで読み終わってしまった。

 僕は車内を見渡した。

 乗っている人数に対し、明らかに大きすぎるバス。一人で二座席を占拠してもあまるようだ。


“みんな寝ちゃってるのか?” 

 後ろの席を覗き込むと、藤堂さんは雑誌を広げていた。


「ナニ読んでるんですか?」

 話しかけると、藤堂さんは何も言わずに雑誌の表紙をコチラに向けてから、開いていたページを僕の顔に近づけてきた。

 それは僕でも知ってる野球雑誌で、見開きのページは僕らの大会の特集記事だった。

 よく見ると『注目の選手』の見出しがあり、そこには藤堂さんの名前が載っていた。

「げ。スゴイじゃないですか」

「さあ。スゴイかどうかは知らねえけど、最後まで読んだか?」

 僕はもう一度雑誌に目を通した。

「あ。岡崎も載ってますね」

 前の方の席に座っている岡崎が、僕の声に反応して一度コチラを振り返った。


「違うだろ。ココだよ」

 藤堂さんは雑誌を覗き込むとページの中央あたりを指で叩いた。

 そこには大会の展望と題した記事があった。読み進めていくと、江東球友クラブの名前と、簡単なチーム紹介が載っていた。

『登録メンバー中、十三人が一年生という若いチーム。主将・藤堂を中心とした中軸の勝負強さと守備力の高さは出色。一年生エース・杉浦の出来次第で上位進出も……』


「まあ、せいぜい期待を裏切らないようにしようぜ。エース」


 藤堂さんはニヤリと笑って、僕の手から雑誌を取り上げた。


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