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【STG】シューティングゲームで生産職 ベータ版

作者: 結城明日嘩

「うわぁ……」


 目を開くと星空の中にいた。

 空気の綺麗な地方の深夜の空のような、星の大小を感じられる一面の星星。上を見上げ、左右を見渡し、足元までもが星の海。

 そんな空間に浮かんでいた。


 一瞬、落ちそうと思って身体が強張ったが、身体は馴染みのゲーミングチェアにしっかりと収まっていた。


「これが文明の力か……」


 改めてVRヴァーチャルリアリティというものが、どういうものか実感できた。




 事の始まりは2週間前。ゲーム情報サイトに掲載されていたβテスター募集のバナー。

 新開発のVRゲームのものだった。

 VRゲーム、一気に脚光を浴びたものの技術が未成熟な状態でリリースされた為に色々と失敗してしまった状況だ。

 VR機器上でゲームを動かすには、かなりのハイスペックPCが要求されるため、一式を揃えるには何十万も出費が必要だったりした。

 家庭用ゲーム機向けに販売されたものでも5万ほど。簡単に手が出るものじゃなかった。

 その上で実際に買った人のレビューはイマイチで、画質が悪かったり、酔ってしまったり、次の購買に続くものにはならなかった。

 アミューズメントの一つとして、テーマパークなどで用いられるのが一番普及した形かもしれない。


 とはいえ、ゲーマーにとってみれば、ゲームの世界に入り込めるというのは魅力だ。もっと普及して、進歩を続けてもらいたいとは思っていた。


 そんな中で見つけたバナー。

 早速タップして中を確認すると、全く新しい専用の機器らしい。内蔵されたゲームのみの対応とする事で機能を効率化して、性能を十二分に発揮させる事でかつてない体験を提供できるとしている。

 特に目を惹いたのは、コントローラーだった。手首に巻くことで体内電流を検知して、指先の動きを感知して、更には微弱な電波を伝える事で、触れた感触までフィードバックするというもの。

 仮想空間の物に触れる。

 そんな夢のような技術らしい。


「まあ、ダメ元だよな」


 フォームに名前とメールアドレスを記入して送信すると、すぐにメールの着信があった。

 登録受付の自動返信メールだなと思って中を確認すると、テスター当選のお知らせとあってびっくりする。


 内容を確認してみても、厳正な抽選の結果とあるが、嘘だ。そんな時間はなかっただろ。

 新手のフィッシングサイトに引っかかってしまったのかと心配になる……ゲーマーなんた大して金なんて持ってないぞ……いや、ガチャで欲しいカードを手に入れる為に、トコトンつぎ込む人もいるからカモにしやすいのか……。

 脳裏に色々とネガティブな考えがよぎってしまう。


 まずは馴染みのない名前のメーカー名をネットで検索する。会社のサイトはITビジネスの会社とあり、次世代デバイスの開発などと記載があって、こちらでもテスターの募集を行っていた。

 一応、住所を地図アプリで確認すると実在する住所。ストリートビューで見ると新しそうなビルが写っていた。

 とはいえWikiも無いような無名の会社。

 そんな所がいきなりゲーム機とか出してくるのか。でも他の事業から参入というのもなくはない。特に新技術となれば、可能性はあるのか……。


 ふと思い当たって会社名を英語で検索すると、アメリカの会社がヒットした。そちらもITビジネスの会社で、様々な製品の紹介がされていた。その中には有名な会社の機器も並んでいて、翻訳ソフトで直訳された文章を見ていくと、どうやら大手メーカーの下請けとして様々な部品を提供してきた会社らしい。

 その中で自社でもオリジナルの商品を開発したという事のようだった。


 半導体技術などで日本や韓国、中国などに支店があり、今回のテスター募集も各国で行われているようだった。


「大丈夫……なのか?」


 メールに記された直リンク。これをタップすると個人情報が漏れるんじゃないかとか、まだネガティブな不安は消えないが、それ以上に新しい機器を試せるという期待感も大きい。


「まあ、何かに引っかかったとしても、バイトゲーマーから搾り取れる金なんて知れてるからな……」


 ターゲットは俺じゃない。

 そう言い聞かせてリンクをタップ。すると今度は、名前と住所を記入するページへと飛ばされた。


「やっぱり、詐欺か。個人情報を集めるヤツ!」


 が、そこに書かれた説明に納得する。

 VR機器を送付する為に本名と住所の記載が求められていたのだ。当然といえば当然。

 しかも更に画面をスクロールさせていくと、大手流通会社の宅配ボックスの利用も可能とあった。これなら住所を知らせずに、駅などのボックスで受け取れるという。


「これなら名前だけでいいのか……」


 荷物が発送されたらメールが届き、そこに記載された暗証番号を入力すれば、宅配ボックスから荷物が受け取れる。

 便利な世の中になったものだと思う反面、そこまでこっちを信用していいのかとも思う。

 新技術の詰まった機器を名前だけで渡せるものなのか。転売なども可能だろうし、バラして解析とかそういうヤツもいそうなんだが……。


「まあ、こっちが心配する話でもないか」


 そう思って宅配ボックスでの配送で登録した。



 それから10日、配送メールが届き荷物を受け取りに行った。結構な大きさのダンボールだったが、重さはさほどでもなく、内心はかなり興奮しながら持って帰る。


 開封の儀を行うと、まだ開発段階という事でパッケージはシンプル。型番がしるされた箱が緩衝材の中に埋もれていた。

 それを取り出すと更に開封。

 ゴーグルとリストバンド、箱状の機械と説明書が入っていた。


 普段は説明書などは読まずに適当に始めるが、流石に新しい機器。まずは説明書を開くところから始めた。

 最初の内容物の説明や、コンセントへの接続などは飛ばして、実際の機器の説明に進む。

 ゴーグルと箱状の機械は有線で繋がっており、その機械には電源ケーブルとLANケーブルが繋がるようになっていた。

 Wifiによる無線接続も可能とあったが、推奨は有線による接続らしい。まあ、ゲーマーなら当然だな。


 後は使用方法として、安定した椅子でのプレイを推奨していた。プレイの基本は着席した状態で行うため、床などに座るよりも椅子の利用がいいらしい。

 俺はPC用のゲーミングチェアがあったのでそこでプレイする事に決めた。


 ゲーム機本体であろう箱状の機器はPC用のデスクに置いて、そこからゴーグルへとケーブルを伸ばす。ただ機器が前にあるとケーブルが邪魔になるので、椅子の後ろにケーブルを引っ掛けるためのフックを取り付ける。

 ゴーグルのヘッドバンドの後方から椅子の背面を通って、足元からテーブル上の機器へとケーブルが繋がる感じだ。これで左右に振り向いてもケーブルが絡まったりするのを抑制するらしい。


「椅子に固定してのプレイだと自由度はそこまで高くないのかな」


 VRゲームの中には歩き回って遊べるものもあるので、そういう意味ではやや劣るのを感じる。機能を制限する事で性能を高めるとあったから、機械としての性能はそこまで高くないんだろう。


 そして一番の特徴であるのは、リストバンド型のコントローラーだ。バンドの内側がゲル状になっていて手首に貼り付くようになっている。

 それを両手首に付ける事で、手の動きをトレースできるらしい。

 ヒヤリとするバンドを手首に巻いて、ゴーグルを被ると準備は完了だ。ゴーグルは思ったほど大きくはなく、ダイビング用の水中ゴーグルみたいな感じか。顔に密着して、外の明かりが中に入らないようになっている。

 視界は闇に包まれ、手首のリストバンドにある電源スイッチを入れる事でゲームがスタートする。




「うわぁ……」


 スイッチが入ると視界が星空に切り替わる。上下左右、視線を動かすとそれに合わせて星空が見えた。

 更に視線を動かすと自分の手足が確認できて、宇宙に浮かんだ椅子に座ったような状況を理解する。


「全天モニターって感じかな」


 球体状のスクリーンに外の光景を映し出したコックピットという事だろう。自分の手足は飾り気のないパイロットスーツ。手の指を動かすと、薄い手袋をしているような僅かな違和感。逆にそれがパイロットスーツのリアルさを醸し出している。


 右手側の肘掛けの先には、スティック型のコントローラーが付いている。それを握ると、その感触が伝わってきて本当に握っているようだ。

 前後左右に倒れるようになっていて、その動きに合わせて星が動き始めた。


「倒した方向に回転する……機首の角度を変えてるのか」


 手前に倒すと機首が上がり、奥に倒すと下がる。右に倒すと右にロール、左も同じように回る。


「左手側がスロットルかな」


 左の肘掛けには、逆つの字型のレバーが付いていて、前後に動くようになっていた。前に動かすと前進、後ろに動かすと後退……のはずだが、遠い星空は変化を見せず、動いているかの確認はできなかった。

 ただレバーを握った手には、僅かに振動が伝わっていて、機体が動いているのを感じられる。


「右手のコレは攻撃用かな」


 人差し指に触れるトリガー。引き絞ると、緑色の光線が左右から正面に向かって走った。

 またスティックの上部、親指が触れる所にも幾つかボタンがあり、これはミサイルの発射用だなと感じる。この辺は、よくあるフライトシミュレーター系のゲームと同じだ。

 今はロックオンするものがないので押しても反応はない。


「次は何だ?」


 俺がそう疑問を口にすると、耳元で声が聞こえた。


「こちらサポートシステムAIです。マスター、これよりチュートリアルを開始しますが、よろしいですか?」

「お、おおっ、あ、ああ、頼みます」

「了解しました。チュートリアルプログラムをスタートさせます」


 VR用のゴーグルには、マイク機能もあったようで、俺の声に合わせてシステムが応答してくれたようだ。合成音声とは思えないスムーズな返答に、ややどもりながら答えてしまう。

 それからサポートシステムAIに従って、幾つかの操作方法を学んでいった。




「タイムオーバーです。ここでチュートリアルプログラムは終了します。お疲れ様でした」

「ああ、楽しかったぜ」

「マスターには、受付に行って登録を行ってもらいます」

「了解」


 サポートシステムにマスターと呼ばれるのは少しくすぐったい感じもあったが、チュートリアルを進めるうちに馴染んでいた。


 星空が映っていた空間に、亀裂が入ったかと思うと、白い光に包まれた。眩しくて少し目をつぶって目が慣れるのを待ってから少しづつ開くと、星空はなくなり、四角く空いた空間が近づいてきた。

 正確には自分の方が進んでいるのか。

 自動的にコックピットから歩き出た俺は、辺りを見回す。明るいグレーのパネルで仕切られた空間。振り返るとさっきまでいたコックピットを模した球体が浮かんでいた。

 チュートリアルをこなしていたのは、シミュレータという事らしい。なかなか芸が細かく作られている。


「マスター、こちらです」


 その声に顔を正面に戻すと、目の前に握りこぶしくらいの玉が浮かんでいた。真ん中にカメラが付いていて、こちらを写しながら焦点を合わせるようにキュイキュイとレンズを回転させている。


「サポートシステム?」

「はい、これより受付に案内いたします」


 そう言って玉は向きを変え、仕切りの出口の方へと動いていく。それを追うように視線も移動した。

 下を見ると足が動いて玉を追って歩いているのがわかる。自分はチェアに座っているのに、前へと進む感覚は少し違和感があって、あまり気にすると酔いそうな気分。

 視線を正面に戻して浮いてる玉を見ていると、ほどなく受付カウンターへと到着した。

 空港の受付といった感じで、受付の女性の背後には何やら文字が並んだ画面が並んでいた。

 絶え間なく流れる文字は、飛行機の発着を知らせるボードの様に感じた。


初期訓練チュートリアルお疲れ様でした。こちらでプレイヤーネームの登録をお願いいたします」


 受付の女性が営業スマイルで手前のタブレット端末を示した。そこにはアルファベットが並んだ仮想キーボードが映っている。


「KIRISHIMA YUHYAと」


 普段、ゲームをやる時のハンドルネームをそのまま入力した。


「キリシマ様ですね。了解しました。先程の初期訓練チュートリアルで適性の合った機体が用意されています。パーソナルルームから格納庫にアクセスできますので、確認してください」

「え?」


 チュートリアルで適性を測ってたのか!?

 ついつい宇宙空間を飛び回るのが楽しくて、色々時間を使ってしまった。


「早くクリアしたらいい機体がもらえたりしたのか!?」

「大丈夫です、マスター。チュートリアルではあくまで適性を判断しているだけですので、得られる機体コストに優劣は付きません」

「あ、そ、そう」


 ゲーマーとしては少しでも不利になるようなのは避けたい。下手すりゃリセマラが必要かと脳裏をよぎったが、しなくてもいいようだ。


「では、マスター。パーソナルルームへ移動します。左手のコントロールスティックを操作してください」


 気づくと左手に何かを握っていた。

 スロットルレバーを取り外して持ってきたかのような棒状のコントローラーは、握り易いように波打ったグリップと親指が触れるところに押し込みもできるアナログスティック。人差し指のところにはトリガーの感触もある。


「側面の部分を引き出すと、マップが表示されます」


 言われて見ると、グリップの側面には少し出っ張りがあり、引き出せるようになっていた。

 右手でそれを摘んで引き出すと、半透明の板が広がり、そこにはドーナツのような図形が描かれていた。

 その一部が点灯していて、受付の文字が書かれている。


「ここが受付で、現在地」

「こちらがパーソナルルームになります。そこをタップしてメニューを開けば、転送が可能となります」


 サポートシステムの玉から、赤いレーザーポインターが照射されて、地図の一画を指し示していた。

 そこを指先で触れると、メニューウィンドウが開き、転移可能の文字が出ている。そこを更にタップすると視界が一瞬暗くなり、次の瞬間にはどこかの一室へと移動していた。


 四畳半ほどの広さに机や椅子とベッドがあるだけの部屋で薄いグレーの壁や天井。薄いブルーの床で構成されている。


「ここがパーソナルルーム……何もない感じだな」

「コストを支払う事でカスタマイズする事が可能です」


 なるほど、自分好みの部屋に改造する事もできるようだ。


「こちらのパネルから、自機の確認やカスタマイズが可能です」


 ふよふよとサポートシステムの玉が机の方へと移動した。机の正面には画面が表示されている。


「移動は左手のスティックで可能です」


 左手に握ったコントローラーが、キャラクターの操作に繋がっているらしい。親指部分のスティックを操作すると視界が動く。

 机の側まで移動すると、自動的に椅子に座って正面のパネルがよく見えるようになった。


「ブラックイール型輸送船……輸送船!?」


 そこには俺がチュートリアルで獲得した機体の情報が記されていた。そしてそこに書かれていたのは、輸送船の文字。その名の通り、物を運搬するための宇宙船らしい。


「え、戦闘機とかじゃないの?」

「本来はそのはずですが、マスターのチュートリアルでの適性で、こちらになったのかと」

「むむむ……」


 チュートリアルでは宇宙船を思い通りに飛ばす事に夢中になって、小惑星群の中を縫うように飛ばしまくっていた。

 そのために射撃などの戦闘系訓練は時間配分が短かかった。


「これはリセマラか……」


 チュートリアルをやり直して戦闘機を手に入れた方がいいんじゃないかと思う。輸送船にも武装はあるものの戦闘機の比ではない。短距離のヒートブラスターという一応火器としても使えるが、基本的には隕石などから鉱石を掘り出すためのバーナーみたいな装備があるだけだ。


「マスター、残念ながら現時点ではキャラクターの作り変えは受け付けておりません。マスター達の要望が集まれば、次のメンテナンス時に導入される可能性も検討されるかと思いますが」


 それ、現時点では望みないって事だよね!?

 しかし、ここでゲームを辞めるのももったいない。やはり宇宙空間を自由に飛び回る感覚は他のゲームでは味わえない感動だった。

 銀河系最速の宇宙船プレミアムファルコンだって、カテゴリー的には輸送船だったはず。

 輸送船だってやれるって事を見せてやんよ。

 理不尽なゲームを無理矢理攻略しようとする、ある種のゲーマー魂に火が付いた瞬間だった。




 ブラックイール型って何だと思って、船体図を表示すると、一発で理解できた。うなぎだこれ。

 船首部分の後ろにコンテナが9つ連結されていて、最後尾には推進用のロケットブースターが付いている。細長く伸びた船体と、推進部分の形状からヘビというよりは、うなぎと言うのがしっくりくる。


機体性能スペックは……」


 思ったよりも出力がある。が、機動性というものがほとんどない。まあ、輸送船だしな。

 そのため、積載重量が大きく取られていて、装備はスカスカ。カスタマイズのしがいはある機体とも見えた。


「ん、この余剰コストってのは?」

「はい、チュートリアルで配備される機体の平均化の為に、差分を改造コストとして分配されています」

「やっぱり、輸送船、安いんじゃないかーっ」


 そう思いながらも余剰コストで購入できるものを物色していく。リストを確認して、頭の中で今後の方向性を練っていった。余剰コストはあるもののすぐに買えるものなど知れている。


「初期任務ってどんなのがあるかな?」

「はい、マスター。主な任務は空域偵察や遭遇戦、訓練飛行などがあります」

「いや、輸送船用のじゃないでしょ、それ」

「失礼しました。輸送船の任務としては、ステーション間の輸送任務や鉱石の採掘などがあるようです」


 まあ、そんなところだよな。となると数をこなすのに必要なのは、加速能力とか採掘能力。

 ステーション間の輸送任務ってそんなに発展性がなさそうだよなぁ……となると採掘に賭けるか。


「よし、ヒートブラスターを各コンテナに配備するぜっ」


 小惑星を加熱溶融させて、中の成分をキャプチャービームで採取して行われる採掘作業。小惑星群に突入して、四方八方に向けてブラスターを照射すれば、どんどん採掘できるはず。

 幸いにしてブラスターは弾数がなく、全ては船体のメイン機関からのエネルギーで賄われる。出力だけはある輸送船ならかなりの数の火器を搭載する事が可能だった。


「しかし、マスター。小口径のブラスターをたくさん積むよりも、中型、大型のブラスターを少数でも積んだ方が、効率が良くなりますが?」

「確かにそうなんだけど、数を揃えるメリットもありそうなんでね」


 俺はそういいながらコンテナにブラスターを設定していく。まだ構想は頭の中で、実現するにはコストが足りない。まずは、任務をこなして報酬を稼ぐ必要があった。




 室内のコントロールパネルから、任務リストを呼び出して輸送船用の任務を確認。ステーション間の輸送任務は、距離が開くにつれて報酬が上がっていくが、それに伴い危険も増える。

 このゲームの敵は、輸送船を狙う海賊や宇宙空間に生息する他次元生物というものだ。

 海賊は航路の側に待ち伏せして襲ってくるが、スタート地点である基地の側にはそんなに現れる事はない。まあ、基地周辺は戦力が充実してるから海賊行為などはすぐに発見、淘汰されるのだろう。


 そして厄介なのは他次元生物だ。

 その名の通り他次元からやってくるこの生物は神出鬼没。基地の側にも急に出現したりするようだ。また大きさも様々で小型戦闘機くらいのものから、戦艦クラスのものもいるらしい。

 もちろん、敵である以上、戦闘能力もあり、こちらを見つけると襲ってくる存在だ。

 倒せば報酬ももらえるし、何よりドロップ品がある。このゲームの戦闘機の動力源となるコアが手に入るのだ。

 これは、他次元生物の体内で生成される多次元化合物が燃料となるらしい。この世界と別の次元へと複合された化合物は、この世界のエネルギー保存の法則を超越し、莫大なエネルギーを保有している。

 これからエネルギーを捻出することで、宇宙船の動力としているのだ。


 逆に他次元生物にとっても、それら多次元化合物は餌となるエネルギー源であり、それらを燃料としている宇宙船を見ると襲ってくるという。つまりは互いに互いのエネルギーを狙って、狩って狩られてを繰り返す世界観ということだった。


「まあ、どのみち輸送船だと勝てないけどな」


 小型の他次元生物でも戦闘機サイズ。それが生物的に襲ってくるのだ。機動性に乏しい輸送船では相手の攻撃を避けることは叶わない。

 見つかったら最後、耐久力を失うまでに味方のいるところに逃げられるかの勝負になる。


「だから序盤は、基地周辺の小惑星群からの採掘だな」


 ただ基地から近いということは、めぼしい鉱石は採取済み。残っているのは、手間のかかる割に金に変えにくい物という事になっている。

 本当に一攫千金を狙うなら、まだ人の手が入ってないような宙域に出向いて、未知の小惑星を採掘する必要があるのだ。


「とにかく質より量で勝負するぜ」


 俺は近宙で採取できる鉱石を集める任務を幾つか受領し、格納庫へと向かった。




 格納庫へも転送装置で一瞬にして到着。

 そこには部屋で見たブラックイール型輸送船が鎮座している。単座のコックピットに機関部、そこに連なる9つのコンテナと船尾に位置する主力ブースター。

 細長いシルエットは宇宙船というよりは電車だ。

 タラップを登り、コックピットへと入ると、そこはシミュレータと同じような全面パネルの真ん中に、椅子が浮いているようなレイアウトだった。


「まあ、いきなり違うコックピットだったらシミュレータの意味がないわな」


 そう思いながら椅子に座ると、左右のスティックを確認。握るとしっかりと感触があるが、これがリストバンド型コントローラーによってもたらされる錯覚と言うのが不思議だ。

 思わずゴーグルをずらして実際の右手を見ると、何もない空間でバトンを握っているような中途半端な形で止まっている。更に握ろうとしても、筒を持ったような形のままで、拳にはならない。


「面白いね」


 そう思いつつゴーグルを付け直す。そこにはコントロールスティックを握った手が映っていた。



「マスター、発進準備はよろしいですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 足の間から起き上がったサブディスプレイに、球体型サポートシステムの姿が映る。これもコストを払えばカスタマイズできるらしいが、まだそんな余裕はないのでしばらくこのままだろう。


「では発進シーケンスに入ります。格納庫の気密解除、宇宙船リフトオフ」


 格納庫を満たしていた空気が抜かれ、宇宙船に掛かっていた人工重力が解除。無重力状態になると格納庫の中で船体が宙に浮く。


「ハッチオープン、リニアカタパルトスタンバイ」


 船体前方の壁がスムーズにスライドすると、現れるのは無数の星々。そこに光の道が順番に灯っていく。

 ふわふわと光に誘われるように船体が前進し、格納庫から光の道へと出ると徐々に加速していく。

 発進シーケンスは、サポートシステムによるオートで進行して、操作の必要はないのだが、その一連の流れはロボットアニメを見てきた人間なら興奮モノだろう。


「ユーヤ、いっきまーす」


 と、思わずつぶやいたのも致し方ない。

 まあ、乗ってるのは輸送船なんだが。




 基地近郊の採掘所である小惑星群までは、特にやることはない。3D空間マップで行き先を指定したら、オート操縦で進行する。一応、操縦桿を握っての操作も可能だが、直線を進むオートよりも遅くなる可能性が高くて意味がない。

 移動の時間は5分ほどでそれほどあるわけではないが、じっと待つには長い時間。

 この時間を有効利用できるかが、効率アップに繋がるはず。


「シミュレータを起動。小惑星群でのブラスター練習をする」

「了解、マスター」


 画面が切り替わって小惑星の群れが現れる。操縦桿も船体操作から切り離されて、シミュレータ内の操作が可能となった。

 小惑星の配置は、これから向かう小惑星群をコピーして、到着した時に効率よく採掘できるように練習するのだ。



「……遠くね?」

「ブラスターの有効射程を表示します」


 1つ目の小惑星に寄せて、逆サイドの隕石もコンテナのブラスターで狙おうとしたら、見た目に距離が感じられた。

 サポートシステムが画面内の射程範囲を色分けしてくれると案の定、ブラスターの射程圏外になっている。

 小惑星群といっても、小惑星がそれほど密集しているわけではないのだ。個々の小惑星間の距離は相当あった。

 まあ、慣性を阻害するものがほとんどない宇宙で密集していたら、互いにぶつかり合って四方八方に散るか、くっつくかしてしまう。

 そうした運動の結果が長い年月のうちに今の形に落ち着いたという事だろう。

 ただ狙っていた小惑星群に飛び込んで、採掘無双するという目論見はハズレてしまった。


 ブラスターという武装は、電磁波を対象に照射して分子運動を加速、加熱することで攻撃したり、破壊したりする。

 その能力は距離に応じて減衰するので、密着するくらいで使用するのが最も効率的。早く採掘を進めようとするなら、いかに幅寄せできるかがポイントになってくる。

 そうした事を確認するうちに実際の小惑星群へと到着した。




「必殺、もぐら戦法!」


 採掘を続けながらより効率のいい方法を求めて試行錯誤するうちに、何とかコンテナに付けたブラスターを無駄にしない方法を編み出せた。

 大きめの小惑星に正面から突入し、ブラスターを照射。船体が入るくらいの穴を開けて、そのまま頭から突っ込み、後はコンテナのブラスターで周囲を一斉に溶融させるのだ。


「マスター、船外温度が急上昇しています。離脱しないとダメージを受けます」

「エネルギーシールドの残量を計測しつつ、ギリギリまで掘るよ」


 もちろん小惑星を溶融させるほどの高熱。ギリギリで作業してたら、宇宙船にも影響は出る。真空状態なので直接熱が伝わる訳ではないのだが、赤外線などで非接触でも加熱されてしまう。

 それを宇宙船標準装備のエネルギーシールドで遮断しつつ、作業を進めていく。高出力の機関炉を持つ輸送船は、エネルギーシールドを強固に張る事もできた。

 それでも限界はあるので定期的に穴から出て、船体を冷ましエネルギーを回復させる。


 チュートリアルで念入りに船体操作に時間をかけて、ギリギリの距離を見極めていたのが役にたった形だ。

 こうした低速での操船技術がチュートリアルの適性検査で、工作船向きと判定されたのだろうか。



 何にせよ、コンテナの積載量ギリギリまで採掘を行い、基地へと帰る事にした。

 やはり採れる素材は汎用的な質より量な素材ばかり。任務をこなす為の必要分以外は、売却してコストにするか、自分の船に使って強化をはかるかになるわけだが、安物の素材だと強化というよりは、劣化に繋がる。


「ここは全部売却かな」

「了解です、マスター」


 1回の採掘で稼げるコストでは、船体のカスタマイズなどかなり先の話になってしまう。もっと1回当たりの収益を上げる必要があった。

 考えられるのは、現地での取捨選択。

 かさ張る物量品をその場で廃棄して、希少金属レアメタルだけを集めて回収する方法。これならコンテナいっぱいに素材を集めればかなりのコストが稼げる。


 問題はその希少金属の含有量だ。

 めぼしい鉱石は掘り尽くされた採掘所で、それらの金属を集めるにはかなり根気のいる作業になってくる。

 作業効率を上げる為に、ギリギリの操船を行っている俺の採掘方法は疲れやすい。

 長時間の操船が必要となってくると、ミスも増えて逆に効率が落ちてしまうだろう。


「となると、コストを稼ぐ手段としては……」


 加工販売か。

 素材のまま売るよりも、付加価値をつける事で売りやすくする。

 実際に、売却リストを表示して確認すると、汎用素材をそのまま売るよりも、ステーションの外壁パネルにして売った方が割高で取引できるようだった。

 加工方法としては、専用の機械が必要になるが、それらは宇宙船に比べると遥かに安価。しかも作業自体は自動化されていて、素材を入れれば一定時間で生産してくれる。


「素材を取ってきて、ぶち込んでおけば勝手に作ってくれるわけね。じゃあ早速素材を集めて来ようか」


 格納庫に加工機械を設置したものの、素材は全部売ってしまっている。まあ、その代金がなければ加工機械も買えなかったから仕方なかったのだが。

 取り敢えず機械に入れる為の素材を掘りに行く。

 任務は定期的に更新されるようだが、まだ採掘任務は配信されていなかった。あと、加工機械を買った事で、新たな加工任務のカテゴリーが解放されていたが、こちらも加工ができる状態でないと意味はないので、まだ受注はしていない。




「必殺、とぐろ戦法」

「周囲から熱線を浴びせ、全身を溶融させる。相手は死ぬ」

「……なんか怖い説明セリフ禁止」

「はい、マスター」


 サポートシステムの茶目っ気に釘を刺しつつ、俺は小惑星に船体を近づけていく。

 とぐろ戦法を使うには小ぶりな小惑星の周囲を螺旋を描くように周回して、コンテナを巻きつけるようにしながらブラスターを照射する。

 こうする事で小惑星全体を加熱して、熱の逃げ場を無くすことで早く溶融させる事ができるのに気づいた。

 また一部を加熱すると熱で膨張して、隕石が割れたり、押し出されて加速がつき逃げるように移動してしまったりする事も、この方法なら防ぐことができた。

 もちろん、密着するので輻射熱で船体にダメージが入るが、エネルギーシールドの許容範囲なので問題はない。


 そんな感じで大きめの小惑星はもぐらで、中程度のものはとぐろでと効率よく採掘しつつ、脳内では更に効率化できないかを考える。


 例えばアンカーを打ち込み、小惑星を牽引して基地に戻りながら採掘を行う方法。一番無駄になる移動時間を利用することで効率化が図れないかと考えた。

 ただこれは牽引できるサイズに限りがあるし、余計な物を連れて動くと加速も鈍る。

 また小惑星に多く含まれる汎用素材でも、その含有率は半分を越えない。大半はゴミとなる物を運搬しても効率は上がりそうになかった。


 他にも細かく砕いてからブラスターを当てる方法。小さな小惑星は直ぐに溶融するので回収までの時間は短くなる。

 しかし的は小さくなるし、1回の採取量は減る。砕いた小惑星は徐々に移動するので、最後の方はかなりの距離を移動しないと、回収仕切れないので、効率は落ちそうだった。


 逆にもっと大きな小惑星を掘り進むのはどうかと思ったが、これはもぐらで掘ったトンネル内に熱がこもり過ぎて、ダメージを受けすぎるし、小惑星の持つ重力の影響も大きくなってくるので、操船が難しくなりそうだった。


 浮かんでは潰れるアイデア達だが、それもまた面白い。地味な作業をこなしながら、脳内を回転させるのは、普段の仕事でもよくやる事で、結果がダメでも作業中の暇は潰せるので良しだ。


「積載量を満たしました」


 気づけばコンテナはいっぱいになっていた。それを抱えて帰途につく。

 移動しながらも色々と段取りを考える。例えば手前から掘るのではなく、小惑星群の奥から手前に掘っていくと、軽くて移動しやすい時に距離を稼ぎ、最も重くなった時が一番基地に近づくなぁとか。

 他にも船体をどう改造していくかなど考えることはたくさん残されていた。




 格納庫につくと、素材を放り込み作業時間を確認して、ログアウト。

 VRゴーグルを外すと、やや視界がくらくらする。不慣れな画面に疲れていたらしい。

 それでも宇宙空間を自在に飛び回る興奮の方が上回る。もっとプレイしていたいと思うが、バイトを休むわけにもいかない。

 テスター期間が終了し、本サービスが開始されるまでに、本体を購入できるだけの資金を集めなければ。

 そう思えるほどにどっぷりとこのゲームにのめり込んでいた。




 長くて短かった1ヶ月ほどが過ぎ、βテストが終了する。

 気づけばずっと採掘していた。本来ならシューティングゲームというジャンルのはずだが、撃っていたのは小惑星ばかり。

 未知の空域を探索する事もあったが、戦闘するような事もなく、小惑星を採掘する日々。

 それでも充分に楽しんでいた。


 結局、稼いだコストは船体を改造するよりも、格納庫に工作機械を揃える事に費やしていた。

 格納庫というよりは、小型工場といった様相。ブラックイール型宇宙船以外の空間は、何がしかの機械が設置され、素材を加工、その加工品を更に加工。もっと加工と、加工の連鎖で簡易の外壁パネルから自動修復装置に至るまで、様々な工作ができるようになっていた。



 そんな工場ともお別れの時が迫っていた。

 βテストから本製品に引き継げるのは、キャラクターネームや一部のアバターなどで、宇宙船やコスト、生産性のある機能などは全て没収されてしまう。

 もちろん、製品版でのスタートで横並びにする為には仕方の無い事だ。

 βテストで得た知識、経験はプチチートと言える領域かも知れないが、撃破ランキング上位のプレイヤーに比べたら、俺の経験は微々たるものだろうけど。

 稼いだコストランキングでも上位を占めるのは、トップランカー達だ。海賊を全滅させたり、戦艦型他次元生物を撃破したりすると稼げるコストは桁が違っている。


「かといって、本番から急に戦闘機乗りになっても勝てる気はしないからなぁ」

「マスターには、マスターのいいところがありますよ」

「それ、フォローにはなってないからな」


 オンリーワンとか言った所で、評価されない技術を誇っても虚しくなるだけなんだよなぁ。

 レジの袋詰が綺麗で最速とか、バーコードのスキャン速度とか……それよりも、接客で常連客を捕まえてる方が評価は高いんだよ……。



「取り敢えずこれまでの成果を形に残すために、アバターを取得するぜ」

「どんどんひゅーひゅーぱふぱふー」


 効果音を再生する事もできるはずなのに、あえて合成音声の棒読みで合いの手を入れるサポートシステム。

 サポートシステムのAIは、日々の会話を元にユーザーに合わせてカスタマイズされていくとの事だったが、俺のサポートシステムはどうしてこうなった?


「引き継げる要素は、見た目を変えるアバターだけだよな」

「はい、マスター」


 βテスト中のアバターは、遮光フィルムが貼られたヘルメットと身体だけという極々シンプルなもので、顔貌を見ることはなかった。

 一応、男性女性で身体は別であったが、身長や体型などのカスタマイズ要素もない。まあ、ゲームの基本は宇宙船同士での交流で、ロビー機能も挨拶する程度。パーソナルルームへ人を招く事もできなかったので、素顔を晒す必要がなかった。

 コックピット内での通信も、シンボルマークに置き換える事で無駄に処理能力を使わないような省エネ設計だ。


 限られたコンピュータの処理能力を、極力ゲーム本来の楽しみに割いている開発の姿勢には、個人的に賛同できるが、やはり一般的にはキャラをカスタマイズして個性を出したいものなのだろう。


「でもまあ、今更だよな」


 βテストの最終アップデートで、ヘルメット内の顔をカスタマイズできるようになったが、男の外見をいじくり回しても面白くもなんともない。


「という事で、サポートシステムのアバターにコストを使うぜ」

「はい、マスター」


 サポートシステムの外見はデフォルトの球体にカメラが付いただけのシンプルなものだった。

 ロビーやパーソナルルームにいる時に、周囲に浮いて見えるのもホログラムCGという設定らしく、触ることはできない代わりに外見を色々とカスタマイズできるらしい。

 ただそこには色々とコストが掛かったのでやってこなかっただけだ。


「改めて見てみると色々あるな」

「はい、マスター」


 最初に出てくるのは多面体にモノアイが付いたシンプルなモデル。今の球体型の変化版という感じだ。ただデザインが洗練されていて、一部駆動する部分もあるらしく、なかなかにSFっぽい雰囲気になっていた。

 次に出てきたのは日本カルチャーの影響を受けたらしいフェアリー型。背中に羽の生えた女の子タイプ。色々と着せ替えもできる萌え仕様になっていた。

 その次は動物型。黒猫をパートナーに魔法少女プレイなどもできるらしい。地球にはいない仮想動物もラインナップされていて、ドラゴンを連れ歩くなんて事もできるみたいだ。

 その他にジャンルされるのは、自機を丸々レプリカして小型化したタイプや、地球を形どったモデル。各国の形をそのままくり抜いたようなモデルもあった。



「ここからやけに値段が高いな」

「はい、マスター。そこからは実体を伴ったアンドロイドになります」


 今までのアバターから桁が3つ、4つ変わったリストには今までにラインナップされたものが、実体を伴ってパートナーになるという。

 動物型をモフりながらプレイとか、結構楽しそうだぞ。

 そしてリストの最後には……。


「等身大ヒューマノイド型」


 まあ、行き着く先はそこだよね。美人秘書を侍らせる事ができるとか。

 しかし、そのコストは更に高い。今の装備を全て売り払っても賄えるものではない。トップランカーに与えられた特権という奴か。


「まあ、ひとまずは自分の所持コストを確認するか……装備の売却コストを出してくれ」

「はい、マスター」


 実体アバターの動物型くらいなら買えるな。やっぱり猫かな。おお、子狐もかわいいぞ。ふむー、複数所持して乗り換えもできるのか。


 そう思いながらも、やっぱり等身大アバターは気になる。今日1日飛び回って稼いだらどうだ……無理だな。

 俺の収入源は工場生産の方が主なので、作製時間を考えると採取に飛び回っただけではなく、そこから加工する時間も必要になってくる。

 となると手持ちの素材でどうにかしないといけない訳だが、売れる素材は既に換金済み。


「宇宙船をアップデートしてから売るとかはどうかな」

「こうなります、マスター」


 宇宙船をカスタマイズして、高価な装備にすればそれだけ買取価格は増える。ほぼ初期船体だったブラックイール型は宇宙船の中でも最安値なのでその買取価格も安かった。

 ワンランクアップデートすれば、売却価格も結構上がる。が、当然ながらアップデート自体にコストが掛かるので、実際はアップデートした方が手元に残るコストは減る計算になってしまった。


「まあ、当たり前だよなぁ。コストを掛けずにアップデートできれば届きそうなんだが……ん?」


 俺はこの1ヶ月を共にした愛機と、その寝所たる格納庫に広がった工場を見る。素材の加工の為に作り上げた工場は、加工技術を向上させれば、それだけ売却価格が上がったので、徐々にアップデートしてあった。

 最終的には外壁を自動修理するような機器も開発可能になっている。


「工作機械の作製リストを出してくれ」

「はい、マスター」


 採掘する素材の多くが質より量の汎用素材だった為に、メインに作っていたのはステーションの外壁だった。なので開発する物も外壁に沿った発展アイテムばかりだったので気づいてなかったが、うちの工場の技術はかなり上がっていた。

 宇宙船カテゴリーを抽出してみると、流石に高ランクの部品は作れないが、そこそこのレベルの部品を作れるようになっている。

 それこそ、初期船体を改良できる程度には。


「手持ちの素材からアップデートパーツで作れるものは?」

「はい、マスター」


 おおお、結構あるぞ。これで船体を強化すれば、結構買取価格が上がってくる。


「……一部パーツ不足で作れないものは?」

「こちらになります、マスター」

「中古屋で仕入れられるパーツをピックアップすると?」


 表示されたリストの幾つかが加工可能になる。それらを開いて見ると、購入して加工して売却した時の差額が表示された。


「……もっと早くに気づいていたら、ひと財産築けたんじゃ……いや、今はこれで上乗せできる分を算出だな」

「はい、マスター。このようになります」


 くっ、まだ微妙に足りないか。いや、アップデートパーツを自分の機体に使えばいいのか。

 部品単体よりも完成品の方がパッケージコストは上がるはず。パソコンだって完成品より、パーツごとに買い集めた方が安上がりだからな。


「作ったパーツで自機を強化した場合のシミュレートを」

「了解です、マスター。こうなりました」

「おおお!?」


 2段階ほど一気にアップグレードされて、買取価格が向上した。


「よし、その方向でアップグレード開始」

「はい、マスター」


 しかし、それでもまだ実体アバターには届かない。あと2、3隻あれば違ったんだろうけど……と、アップグレードする際に取り外されるパーツが目に入った。

 宇宙船全体をアップグレードしたので、取り外した部品でほぼ1隻分のパーツが揃っている。

 足りないのは船体自体だ。


「宇宙船の船体は……まあ、中古でも高いよなぁ」


 そう思いながら画面をスクロールさせていくと、格安の船体が並び始めた。

 それらはジャンク品だ。戦闘で壊した海賊船などをそのまま売りに出している。動かすには修理が必要となってくるが……。


「うちの工場、外壁修復機器を作れるなら宇宙船の外装修復機もできたりする?」

「幾つが追加パーツが必要ですが、可能です」


 工場用のパーツは、宇宙船の物に比べるとかなり安い。それらを購入して、修復機を宇宙船用に換装。ジャンク品の宇宙船を修理して、アップグレードで外したパーツを組み込んでいくと、完動品の宇宙船が1隻組み上がった。


「流石にアップグレードした愛機ほどではないけど、充分元を取った上で差額を稼げるな……ん?」


 同じ様にジャンク品から組み上げれるものは無いかとリストを見ていると、ジャンク品の値段がさっきより安くなっているのに気づいた。


「安くなってる?」

「はい、マスター。この数時間で、大量のジャンクパーツの売却があり、全体の相場が下がっています」

「なんで……あ、そうか。βテスターが手持ちのジャンク品を全て放出してるからかっ」


 βテスト最終日。ほぼアバターにしか使えないと言っても、それならより良いアバターをゲットする為に、売れるものは全て売ってしまいたくなるだろう。

 おかげでジャンク品はどんどん増えていくし、値段も下がっていく。そうやって下がるのは目に見えるので、ジャンク品を抱えてる人は早く手放したくなって、どんどん市場にはジャンク品が増えていた。


「これ、稼ぎ時じゃないか。修復可能なジャンク品を片っ端から買い集めるぞ。後、工場の外壁用マシンを全て宇宙船用にコンバートしていく」

「はい、マスター」

「こっからは時間との戦いだぞ」


 ブラックイール型改は、早々に売却。空いたスペースで新たな宇宙船を組み立てていく。

 ジャンク品を修復して組み合わせ、宇宙船の形になれば売却。次のジャンク品を漁っていく。

 ジャンク品を組み上げた宇宙船は、最下層のグレードしかできなかったが、それでもパーツは次々と売られてくる。

 安い宇宙船でも大量に売れれば、それだけコストは積み上がっていった。




「くっ、時間的にこれがラストか……」

「売却完了しました。現在の所持コストはこうなってます」

「もっと早く始めていれば……でも、何とか届いたか!?」

「はい、マスター。等身大ヒューマノイドアバターの素体を購入可能です」

「よし、購入決定」

「購入、受諾されました。おめでとうございます、マスター」

「あ、ああ……」


 やり遂げた。その満足感に放心しそうになる。時間ギリギリで間に合った。その事実がより達成感を増大させている。


「マスター、時間です。それでは、帰還を心待ちにしています」

「あ、ああ、ありがとう。これからもよろ……」


 俺の言葉は、強制ログアウトの文字に遮られてしまった。本当にギリギリだったんだな。

 ぶっちゃけ、素体を選別する余裕もなく、買える中で最高の物を選んだはずだが、どんな素体だったのか……。

 ……というか、これ、製品版やること確定じゃないか。機器を買わなきゃならないぞ。上手い商売しやがって。


 俺は貯金の残高と、これからの給料。生活の切り詰め方まで、ゲームが終わっても金策は続くという現実に追い込まれてしまった。




「おいおい、この素体買える奴いたのかよ。チートじゃないだろうな?」

「はい、主任。ゲーム内の機能しか使ってませんよ」

「霧島遊矢……見ない名前だな。何の任務でそんな高コスト稼ぎ出したんだ?」

「任務じゃありませんね。宇宙船の販売です」

「ん? 最高ランクの船を売ってもこんなコストにならんだろ?」

「ええ、1隻ならそうでしょうけど……彼は87隻売りましたね」

「は!?」

「いやぁ、まさか生産工場を改造して修理工房に作り変え、ジャンクパーツからどんどん船を作るとは。まあ、ジャンクパーツが溢れかえるタイミングと合致した結果ではありますが、1日の稼ぎランキングはもちろん、総所持コストでもトップですね」

「まてまて、シューティングゲームで生産職が1位とかおかしいから。データ修正していくぞ」

「え、今からですか?」

「当たり前だ。リリースに間に合わせるぞ」

「ひ、ひぃ〜。おのれ霧島、俺の休暇を返せ〜」


 運営の恨みを買って、生産機能が著しく制限されることを俺は予想もしていなかった……。

宇宙っぽい空間のシューティングゲームに関わったのもあって、執筆してみた。

やっぱりゲーム系の話の方が知識は活きるか……?

連載中の奴が滞ってて申し訳ないのもあり、短編にしました。

製品版の話も書きたいけど……今のペースじゃ無理だな。


【STG】狙撃手のβプレイ

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1552756/


【STG】目指せアイドル!〜撃墜王の付き人

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1554521/

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ジャンクが相場崩壊したのはシステム由来じゃないから、なーふされるのは可哀想だなと思うなど 運営いじわるー あ、とっても面白かったです!
[良い点] 面白い [気になる点] 特になし [一言] 今すぐではなくてもいいので、このあとの話も読ませていただけると、嬉しいです。
[一言] じゃあ本番だと輸送船スタートは無しかな。 運送業と結び付くのは、生産業と販売業だからねぇ。
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