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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
スピンオフ
81/81

星は獲れなく暁は見えなくとも

スピンオフ第7弾!


ミスミスピン!

(コードネーム:フェゼント)


もう僕にこの作品で思い残すことはない!!

 喧噪響き渡る酒場。

そこは、何が楽しいのか何が面白いのか。いや、何が哀しいのか何が苛立たしいのか。人々の喜怒哀楽が音楽と酒と煙と、惰性の時間とが共に夜を流れる世界。


 紛争地域だろうと平和な大都会だろうと。

いつの時代であってもどの国であっても、毎夜繰り返される一時の憩いの世界。

そこに隔たりはない。ただ当たり前に毎夜繰り返される喧噪があるだけだ。



 バーカウンターでグラスを傾ける女。

コードネーム:ククー。そのグラスにある琥珀色を見るとなく視線を落とす。

氷はいらない。ただその琥珀色だけが自分を慰める。


 おもむろに隣の椅子に腰かける少女。

ククーから見れば年端もいかない。妹、というよりは娘。



「おやおや、隊長殿。

 いつもなら「そういう席はボクには必要ありませんので」というフェゼント隊長が、今夜はどういう風の吹き回しで?」


 視線を合わせず、グラスから視線をそらさずククーは問う。

その問いに、隣に座った少女は背筋を張ったまま答えた。


「飲みたい、飲まなきゃやってられない。そう思う時はボクにだってあります。

 確かにボクが国籍を置く日本では、年齢的に飲酒は違法です。

 ですが、ここではOKじゃないですか、100%

 それに、ボクだって今まで飲んだことがないわけじゃありませんから。」


 隣で、持っていたロンググラスを一気に飲み干す様を横目に見て、ククーはため息のように再度問うた。


「……煙草、吸っていいですかね? これがなきゃ酒が飲めんもので。」


「どうぞ。」


 短い答えにククーはグラスを置き、傍らに置いていた煙草とライターを取る。

ライターに暫し視線を置き、ため息のように煙草に火をつけた。




 ☆




 隊の奴らは浮かれていた。

この名も知られていないような小国、紛争地域での演習。という名の実戦。

本来、実戦演習なんてものはこの隊には必要がない。なにせ世界中の紛争地域で、傭兵という使い捨てな生業を生き抜いてきた者どもなのだ。今更、人を殺すことなど。


 ただ確かにそうだ。

意志の疎通、言葉が通じるものほど殺すのは躊躇する。心が揺さぶられる。

言葉さえ通じなければ。それは狐や鹿を狩るのと大差はない。


 どちらが正義だとか悪だとか。殺す(やる)側だとか(やら)れる側だとか。

そんなことは関係がない。ただ生きるために、喰ってくために殺る。

ただそれだけだ。



「フェゼント……、あれが鬼、なのか。」


「はい、鬼です。

 情報通り完鬼です。ですが、完鬼としては変異が進んでいるように思います。」


 紛争地域での演習、最終試験と名を打っての実戦。

そこに立ち塞がっていたのは身の丈3ⅿはあるだろうか。赤黒く染まった大男。いや、これが人であるのか。体表を、まるで感情の起伏を示すかのように喜怒哀楽の表情、文字通り「顔」が浮かんでは消え、浮かび上がってはその感情の叫びをあげては入れ替わっていく、何か。


 怪物、この世に在らざる者。


 流石に隊の奴らもこの化け物を目の前にして、幾度も立ち塞がる「敵」を狩ってきたはずの者達にでさえ、その異形に動きが止まった。


「これが……、これが鬼です。

 ボクらが仕留め、あの世へと導かねばならぬ鬼です。人であったもののなれ果てです。

 情報では完鬼の成れかけでしたが……。これは中鬼へとシフトしかかっています。

 ですが我々がやることに変わりはありません。シフト1:2:6-4

 正面はボクが務めます、ククーはボクのサポートへ。」


 この状況下であってもフェゼントが冷静に、その少女の声を残したまま発する。

その声に、条件反射的に隊が動き構える。これまでの訓練が我を動かす。


「ライトレフトは援護射撃を。後方は備え。

 行きます!!」


 本来であれば狙撃、指揮が得意であるはずのフェゼントが先陣へと飛び出す。

それは隊への鼓舞としての行動か。先陣を切り示す行動か。

では俺の役割は何んだ。

その背後から続き援護か、それとも後続の指揮を託されたか。



 この地に我々が降ろされ、与えられた任務はただ一つ。

 :鬼の検索、真偽の確認。事実であった場合は排除。

 禁止事項はただ一つ。

 :紛争への過干渉。


 あぁ確かに。

戦争をしている以上、相手の命を奪っている以上、どちらが正義だということはない。いや、どちらにも言い分、大義名分、己の正義はあるだろう。

その「正義」とやらに金がかけられていたから、俺らはそれを生業にしてやってきた。

俺らにしてみたら、金払いの多い方が正義。それは変わらない。そして今は「鬼」を刈る方が報酬が高い、というだけだ。


 フェゼントから足されたもう一つのルール。それは、

 :人の命を奪うな。


 笑わせる。

そもそも俺らに与えられた銃器。確かに銃そのものは最新鋭なものだろう。だがカートリッジに収まっている弾丸は豆だ。これで人の命を奪え、という方がどうかしてる。

人を殺すのが職業だった俺らでも、豆じゃ人は殺れない。



 鬼へと突撃するかに見えたフェゼントが、相手の膝頭付近を撃ち払い、右へと大きく跳躍する。体勢を崩しながらも鬼はそのフェゼントの動きにつられ、意識が誘導されていた。

大きく開いた体へと間髪入れず、左に展開された隊員らからの援護射撃。豆であるはずの弾が確かに鬼の体を削り取る。


 扱っている銃器が確かに効いている。目の前の化け物に対して効いている。

その様を見て他の隊員達も、本来あるべき自分を取り戻す。ここにいる任務を理解する。相手がどんな異形の者だろうとそれは敵。殺るべきターゲット。


 フェゼントが着地と同時に狙撃体制に入る。その動き、その呼吸に合わせ右に展開された隊員らも構え、一斉掃射。

響き渡る銃撃音に抗うかのように鬼が咆哮する。大地が震える。


「……、仕留め損ねました。一旦、距離を。」


 フェゼントの指示に、右に展開していた隊が左右、後方へと引く。



 その僅かな攻防の隙間、そこに異物が入る。

それに気が付いたのは、後方に控え俯瞰で見ていた俺と、フェゼントだけだった。


「チッ! 鬼を止めろ!」


 全体へと叫ぶように指示し、己も銃を構える。


 鬼の目の前へと走りこんできた少年。年端もいかぬ少年は何事か叫びながら鬼へと背を向け、我々の前に立ちはだかった。

鬼の両椀が少年へと振り下ろされる。フェゼントが条件反射のように走り出し、少年を抱きしめるように跳躍した。


 隊員達の狙撃により鬼の両椀が吹き飛ぶ。誰かの一撃が、銃弾の一発が鬼の腰椎を的確に穿ち、鬼の軌道を変える。



 俺は……、少年を撃った。



 少年が倒れ、銃声が天を駆け抜けていく。



 着地したフェゼントの動きが一瞬だけ静止する。

が、すぐさま銃を構え身を崩した鬼の懐に入り込む。

全弾をその鬼門に撃ち放つ。




 ☆ ☆




 鬼からどす黒い煙、水蒸気のようなそれが立ち上り、肉体を、魂を昇華させていく。その傍らに膝をつき見下ろすフェゼント。


 他の隊員は周囲への警戒体制に移行していた。

鬼を、所期の目的、ターゲットを仕留めたからといって浮かれるような奴らじゃない。ここは戦場だ。身に染みて知っている。生きて帰るということを。油断が死に至ることを。

こういう時こそ命を落とすということを。


「フェゼント……、次の指示を。」


「……、助けられましたね。」


 傍らに倒れる少年を見る。


「戦場じゃよくあることだ、」


 その少年の先に転がるサブマシンガン。

年端もいかなかろうと、銃口を己に向けてきたならば敵。殺るか殺られるか。

志願兵なのか、生きていくためなのか。それとも……

理由や背景などはわからない。だが、この少年が彼女を、フェゼントを撃つ気でいたのは確かだ。


「守ってきた奴から銃口を向けられる、なんてことはな。」


 煙草に火をつけた。

特に吸いたいわけじゃなかった。だがそれは決められたこと。送る気持ちの代わりにやる行為だった。昔からの癖だ。


 死者を送る狼煙のように、煙がたなびきながら天へと昇る。


「殺っちゃいないぜ? 言いつけ通りにな。

 豆で死にやしねぇだろう、気絶してるだけだ。

 この先、こいつが死ぬか生きるかまでは責任は持てやしないが。」



「この子の名前はナディムでしょうか。」


「……、さあな。」


「鬼がそう、呼んだ気がします。」


 フェゼントが虚空に据えていた目線を、周囲へと切り替え向け、立ち上がる。

まるで自身に宣言するかのように、次の指示を出す。


「各員、撤退開始。最短で回収ポイントを目指す。

 シフト2:4:1に移行、帰還します。」




 ☆ ☆ ☆




「ボクは……

 護りたい人を護れるように、ずっとずっとずっと走ってきたのに!

 なぜか進むほどに! 削ぎ落され零れ落ちていくように!

 得るどころか失っていく何かがあるように!

 この頃そう頭をかすめるんですッ!」


「あぁ……、あぁ、

 まぁ、そういうものなんじゃないか。得るとか失うとか、前に進むとかは。」


 酒の勢いか。

普段はあまり感情を見せないフェゼントが怒りをあらわにする。


「ククーはあれですよね?

 喋り方や態度は男性的に振舞っていますけれど、それはこういう業界(ところ)ですから? きっとそれがあなたの言う「前に進む」というための処世術なんですよね? 100%」


「いや、これは昔からというか癖という……


「なのに!

 身なりは野性的な感じですけど、ちゃんと魅惑は失っていないじゃないですか!」


 魅惑? 何を言っているんだこいつは?

まさか絡み上戸の泣き上戸の怒り上戸なのか? 年相応と言えるのかもしれないが、まるで子供だ。

フェゼントが横で飲み始めてから2杯目ぐらいじゃないだろうか。勢いよく飲んでいるから強いのかと思ったが、これはなんだ。ただの勢いか?


 フェゼントが飲むなんて珍しい、とは思っていた。にもかかわらず、隊の奴らが絡んでこないのがおかしいとは思っていた。これは遠慮じゃねぇ、知っていやがったな奴ら。

気が付けば大半の隊員はすでに帰っている。そして残った数人は、まるで他人事のように距離を置いていた。



「フェゼント隊長、そろそろ店も終わりだろう。

 明日も早ぃ……」


 そう言いながら席を立つ。

無意識に腰に差していたガンに触れる。これは習性のようなものだった。


「……。

 今ならボクを撃てると思いましたか。」


 フェゼントの目が座っている。


「いやちょっと待て!」


 言われてみて確かに今なら撃てるかも、と思いやしないが、いや。


 フェゼントと初めて会ったときに渡されたハンドガン。

『当てることが出来ればあなたの意見を尊重します。 100%』

以来、携帯しているが未だに当てたことはない。

もちろん対鬼用、弾丸は豆。殺し合いじゃない。


 戦場じゃあフェアもアンフェアもない。撃つか撃たれるか、生きるか死ぬか。

だがこれはゲームだ。問題なのは当てることじゃない、負けを認めさせること。自失してる相手に当てたところで負けを覚えていなきゃ意味がねぇ。認めさせなきゃ意味がねぇ。



「おもしろい。……いいでしょう。」


 フェゼントがふらりと立ち上がり、まるで糸の切れたマリオネットのように脱力する。いやそんな可愛いものじゃない。いつぞやに見た映画のゾンビのように、脱力したままその冷たい眼光をこちらに合わせてくる。


 ヤバいッ! 来る!!


 床を転がるように姿勢を沈め、そのまま椅子やテーブルの間をすり抜けてドアを目指す。


「逃がしませんよ? 100%」


 小さな銃撃音が響く。豆が放たれ、跳弾する。


 いやちょっと待て!

「紛争への過干渉」がルールじゃないのか! いくら弾が豆だからと言って、このまま紛争地域(こんなとこ)で銃撃戦なんておっぱじめたら騒ぎになるだろ! 豆だとはいえ店が壊れるだろ! いやだぞ? 連帯責任なんて!


 外へと脱出する。追ってくるのが気配でわかる。

店に損害はなかっただろうか? 残った隊員どもであの場を収めてくれることを祈るしかない。自分が生き残ることしか興味がない奴らとはいえ、それが己の生きる道だということを理解していると信じるほかない。


 街灯のない夜道を急ぐ。二階建てのビルかなにかの廃墟を見つけ、そこに潜り込む。



「なに考えていやがる……」


 建物内部に腰を降ろし、改めてガンのカートリッジを開き弾数を確認する。

俺は撃っちゃいない。確認するまでもなく弾数は変わりやしない。だがそれは習性のようなもの。自身を落ち着かせるための行為。


 俺が生まれた地域は、生まれる前から落ち着かないところだった。紛争、小競り合い。高々知れた小国を治めるために幾度も幾度も、殺し合いが繰り返されていた。

そんな世界で生きること。女子供、老人、若者なんて関係がない。ただ来るともわからない明日を信じ、今日という日を生きるだけ。戦うことは生きるために必要なことだった。


 夫になるはずだった男は、我々の平和な国が成されることを信じ叫び、ある日突然、当たり前のように死んだ。

生れてくるはずだった宿った子供は、明日を知ることなく死んだ。


 勝ち取るはずだった国も、奪う相手も、奪おうとした組織も。

全て今は無い。俺に帰る場所なんてない。守るものなんてありやしない。

怒りをぶつける相手すりゃ、殺したい相手すりゃ、いやしない。



「なにも考えてなんか、いやしないか。」


 もし仮に生まれてきた子が成長したのなら……


 馬鹿なことを考えるな。

失ったものなど返りやしない。ただ身を削り、心を削り生きていくだけだろ。


「チッ」


 先ほどまで聞こえていた銃撃音が消えた。

銃撃音からサブマシンガンを使っていたのはわかった。そもそもあの細身でどこにサブマシンガンを携帯出来るのか。謎はのこるがそれはいい。サブマシンなのは間違いない。

弾の温存か。予備弾数(カートリッジ)はあるのか。いやカートリッジを変えた音は拾った。そこから音は消えた。

間違いなくそれしか無い。それ以上の装備はそもそも過剰すぎる。

そして理解する。同時に得意のステルスに切り替えたことを。


 弾数でいえば不利。


 だからこそ仕掛ける。



 闇に乗じて、ここだという地点へと引き返す。

フェゼントが進んでくるであろうルート。概ね予測した3ルートの交点。そこへ傍らに転がっていたポリタンクのようなものを蹴飛ばす。


 タタタン


 水平に飛んだポリタンクが的確に三発受ける。

やはりそこか。いや、三発撃たれたのにもかかわらず、その射角は違う。移動しながら撃ったか。だが移動先は……


 タンッ


 あえて一発、元居たであろう所に放ち、素早く移動したであろう付近へと進む。

騙しあい。フェゼントの索敵能力は高い。だが騙しあいなら負けねぇ。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 しばらくの間、騙しあい、索敵の攻防が続いた。

こちらの弾は残り一発。向こうも一発とは言わないが少ないだろう。

次が最後、と思ったがフェゼントは動かない。居場所は掴んでる。最後の最後で誘ってきていやがるのか? 真か偽か? いや、どちらにしろ踏み込まねば事態は変わらない。


 静かにその場へと近づく。


 永遠に続くかと思うような宵闇。だが我々の想いに反し時間は過ぎ、経過する。

薄っすらとした夜明けの光が増していき、今夜が終わり今朝が来ることを知らせる。いつだって変わらず夜は明けていく。生きている限りは。


 近づくにつれ、フェゼントが崩れた壁にもたれ倒れているのが分かった。

「フェゼント!」と叫びそうになるのをこらえる。至近距離まで近づく。


 まるで少女のような寝顔。いや彼女は少女と呼んで間違いではないだろう。

彼女はまだ少女ではないか。

普段の気丈さには見られない。年相応の少女。


 その少女へと銃口を向けた。




 タンッ




「甘いですね、ククーは。」


「だな。」


 静かに答える。

フェゼントが俺の一瞬の躊躇をつき、撃った。


「ボクも……、詰めが甘いですよね。100%

 あそこでボクは死んでいたのでしょうか。何も為せぬまま。

 彼を護れぬまま。

 ……。

 あの子の顔を、目を見た瞬間に弟の顔が浮かびました。」


「そういうのをな……、弟じゃなく死神って言うんだよ。戦場じゃあな。」


 視線を逸らすことなく、空いた左手で煙草を口元へと運び、着火する。

深く深く、そのいつもの始まりを吸い込む。ゆっくりと煙を吐く。



「こんなんじゃ、いくつ命があっても足りませんね。」


「いくつあっても、じゃねぇ。

 人間にゃあ、命は一つしかねぇよ。」


 クスっとフェゼントが笑う。


「ククーの言う通りですね。

 今生は一度っきり。ボクの想いは一度っきり。

 死ぬわけにも、負けるわけにもいきませんね。100%」


「あぁ、生きる理由なんてそんなもんだろうさ。」


 俺はフェゼントへと向けていた銃口を降ろした。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 フェゼントから受けた弾、摩滅(まめ)を受け止めた左手が痺れる。


 彼女ならそうするだろうと思っていた。撃つなら鬼門、つまりは肚だろうと思っていた。

その摩滅をあらかじめ左手で受け止めた。これが普通の弾丸だったならば貫通し、己の腹を抉っただろうか。


 再び眠りに落ちたフェゼント。

いや、この姫様は見たまんまのの少女の顔で、すやすやと眠りに落ちていた。

眠った姿は可愛いもんだ。


 俺はどういうわけか廃墟の中で姫様を抱き、灰色のコンクリートをむき出した天井を見ていた。夜明けの空が見えればいいものを。暁に染まる空が我々を照らせばいいものを。


「……、

 こういうもんなのかね。娘ってもんは。」




 ★




「ことの経緯を話しますと、それは幼少の、ボクが4歳の時からの記憶から始まります……」


 1時間ほど前、フェゼントの横に腰を下ろした俺に、まるで独り言のように彼女は話し始めた。彼女の半生。半生とは言っても俺の半分にも満たない。そして話の大筋の部分は、いかに「幌谷くん」なる人物が素敵か、いかに自身にとって救いの存在だったか。それに尽きた。


 初恋、という以上に幼き恋の話だ。

相槌を打ちながら聞いたが、それも最初の10分ほど。それ以降はただただ煙草の本数を減らしただけだった。俺に理解出来やしない。



「そうか、なるほどねぇ……」


 最後の煙草に火を付けたところで、フェゼントはまるでしがみつくかの様に俺の胸に頭を乗せ、呟いた。


「なのでボクは……、こんなところで負けるわけにも、死ぬわけにもいきません。

 100% …………。」


 胸にもたれかかったフェゼント。言いたいだけ言って、話したいだけ話して眠りについた。


「ひたむきで真面目だよ、お前さんは。」


 流れ落ちる短い髪を俺は梳いた。




 もし、


 娘が生まれていたら、いやあの子が娘か息子なんて今更わかりやしない


 でももし、自分に子が生まれていたなら


 こういった感情を俺は抱いていたのだろうか




 傍らに置いたハンドガン。

その中に在る一発の摩滅(タマ)


 それでフェゼントを撃つことは一生無いだろう。


 それはフェゼントに仇なすものに、立ちはだかる鬼に対して撃つ弾なのだから。

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