枯野論
本編そっちのけスピンオフ第6弾!
本編ではまだ顔出し程度、名前すら出していない(166話時点)
にもかかわらずフライング・スピンオフ!!
物語の根幹にかかわる内容を公開という暴挙!
だって、書いちゃったんだよねぇ……
「枯野忠」VS「幌谷白夜」
君は理系だったかな?
「いや、そうでもないと思います。
かと言って文系と言われてもピンとこないですし、
う~ん、肉体系とも違いますね。」
肉体系とは、それはまた面白い表現だね。メモしておこう。
さて、世の中を最小単位、数字で見て行こうか。
いやなに、中学生レベルの話だよ。世の中を単純化して話すのだからね。
例えば私は先程、理系かと聞いたね? 一般的に理系の反対は文系だ。
勿論、君の言ったように「肉体系」だとか「芸術系」だとか色々ある。いやいくらでも作れる。
それは作ろうと思ったからだ。分裂、拡散、増殖の意図がそこにある。
ではね、光の反対は?
「闇、ですかね。」
闇、影、陰、暗黒。
まあ凡そ、その表現の違いはあれど「光」の反対を指す言葉としては同じだ。
と、言うことはだ。世の中を最小単位で見た場合、2進法だ。そう思うだろう?
そう意味では「2」が必要だね。
「いや、あの、二進法は0と1ですよね?」
御名答。二進法と名乗っているけれど「2」は使っていない。
2になる前に単位が上がるからだ。世界の繰り上がり、進化ともいえるね。
そもそも「1」なんて、数であって数じゃない。これは単数であって「存在」を顕す言葉だ。
では奇数の反対は?
「偶数です。」
奇数と偶数以外には?
「虚数とか?」
それは虚構の話だよ。
我々がいるこの世界に、奇数と偶数以外にあるかな?
「無いと思います。」
数式で言えば偶数は(2n)、奇数は(2n-1)だ。
言葉で言うと、偶数は2で割れるもの、奇数は2で割れないものだね。
やはり「2」が必要じゃないか。勿論、存在「1」もだが。
ところでね、君。
先程なんと言ったかな?
「肉体系?」
それじゃない、もちろん「虚数」でもない。
「う~んと、無いです、ですかね。」
そうだ。「無い」だ。
我々は「無い」、そう、0を蔑ろにしがちだ。二進法だって「0」という数字が必要なんだ。
数学界では「0」の発見が、いや我々人類の歴史上、発展、進化を爆発的に推し進めたものが「0」という概念に気が付き、名称を与えたからだ。
無を顕す「0」、存在を顕す「1」、そして複数の最小単位が「2」。
ここから導き出される答えは何だと思う?
「わかりませんね。」
三進法だよ。世の中は三進法なんだよ。
「なかなか強引な論法ですね、枯野さん。」
そうかな?
人類の歴史上、特に宗教や民俗なんかでは3が良く使われるだろう?
潜在的にこの世の中が三進法だと気が付いているからだよ。
「7もよく見かけますよね。あと、2だって4だって5だって。
6とか9とかも。東洋では8も多いんじゃないかな?」
最初に「最小単位で」と言ったろう? 増やす意図がそこに存在する限り無限に増え続けるんだよ、人類は。神が言ってる通りだ。「産めよ、増やせよ。」だ。
ビックバン以降の宇宙の誕生と同じ。膨張、拡大の一途だね。
7は一桁の素数の最大値。やはり人類は大きいものが好きだ。
9も同様に一桁の最大値だ。位が上がる前、この世界では「王」の気分だろうね。
2、4、6、8は語るまでもない。ただの偶数だ。2「複数」を大きくしただけだよ。
5は十進法では貴重かもね。10の半分、つまり2で割った数だからな。
半端者の代表格じゃないか。
「暴論すぎやしませんかね。」
暴論?
暴論はこれからだよ、君。
この世の中は三進法だ。
我々は日本人だからそうだな、三種の神器。あぁ、君に縁があるのかな、それは。
それで見てみようか。
玉。珠であり環だ。つまりそれで完結した存在。つまり魂。「1」だ。
これは精神文化ともいえる。歴史で言うところの宗教が支配した時代だな。
実際のところ、宗教の本質は「自身を顧みる」ところにある。極論だがそこに他者は必要ない。
次に剣。剣は何の為にある? これは他者への干渉だ。なにも戦争だけのことを言ってるわけではないよ。ただね、剣が剣である為には相手が必要なんだ。つまり複数、「2」だね。
物質文化。今の時代だよ、科学が支配している時代だ。
科学は自分以外が無いと成立しないんだよ。無機質も含めて。
では鏡は?
先に言おう。「0」だ。
鏡はそこに具現化して示されるが、実態は「無」だ。概念に過ぎない。
0を起点にして正数と負数が存在する。そもそも負数なんて現実には存在しないのにな。
籠に3個の桃が置いてあったとして、4個食べたら籠にある桃はいくつか。
マイナス1個? あり得ない話だ。
「1個も食べられなくてよかったですよ。」
ははは、言うね!
「0」は起点であり、その概念だ。そして「無」だ。
三進法と言っても3は使っていない。つまりこの世は0、1、2でしか顕されない。
この世を最小単位で考えると、単純化するとだ。
奇数の最小値「1」は存在を。自分自身を。
偶数の最小値「2」は他者との関係を。自分以外の全てだ。
「1が自分、2が他者全てとして……
自分の2倍が「全て」とは思えませんけどね。」
なかなか頭が回るようになってきたじゃないか。
いや、これは失言だな。
私との会話に頭を回してくれてるようじゃないか。
自分以外、自分の外を宇宙としてだ。広大だね? 無限だ。
では君の心は? 無限の広がりがあるのではないのかい?
そうだな。「2」を「∞」に置き換えてもいいかもしれないな。
「1の対極に∞は無いでしょう。それこそ暴論だ。
あっ!」
そうだね、気が付いたね。
「∞」の対極は「0」。
勿論、無限の対極が有限、存在を顕す「1」と捉えるのも間違いではない。
これは先程までの話の裏付けだな。
さて、ここで急に「1」、存在が起点となってしまったね。
「1」を起点に、無である「0」と無限の象徴となった「2」が対極に存在する。
あぁ、それでは混乱するだろうから0、1、∞に置き換えよう。
現実世界の話だ。
君という存在「1」、そこを起点にして物語は紡がれている。
言うまでもないことだろうけれど、君は君であって、君以外も君が居て、「存在」の数だけ君が在る。
混乱させてしまったかな? すまないね、そんなつもりは無かったんだが。
だが、君の物語は君を起点にしている。
「まぁ、そうでしょうね
僕以外の人々にだって物語はある。」
そうだね。
君以外の物語も「存在」の数だけ存在する。
だがここで語るべき話じゃない。君という「1」の話なのだから。
「1」を起点にして。
精神、魂、存在を起点にして振り子のように「0」と「∞」が存在する。
つまり「無」は君を起点にして対極に「∞」が在る。
先にも言ったがね、「0」という概念は蔑ろにされがちだ。本当は身近にあるんだが、「無い」ものを「在る」というのもおかしな話だ。無視され、見ないのもしょうがない。
だが、精神文化の飽和、物質文化の飽和。
振り子は君を起点にしてどこに戻るのかな? 物質文化の膨張のふり幅の分、「無」が増えるわけではないね。「0」を何倍にしようと「0」は0なのだから。
ただ「0」になるだけなのだよ。
「無」だ。
ただ、振り子が振った分の代償が必要なだけだ。
「それが混乱に乗じ、僕に「無」を遣わせようとした理由ですか?
僕に全てを「無」にさせようとした理由ですか?
人類の犯した罪の代償として崩壊を体験させ、償わさせ、「0」に戻そうとした理由ですか?」
どうかな?
私に「戻す」という意志は無かったよ。ただ私には「0」にする力は与えられていなかったからね。
私は思うのだよ。この世は三進法だ。
では位が上がるためには? 次のステージへと行くためには?
「0」は避けられない。「0」使わないと次の世界には行けないのだよ。
「無」を乗り越えた先にしか、その上の世界は無い。そうは思はないかい?
「わかりません。
犠牲の先にしか発展は無い、進化は無い。
それは確かかもしれません。
でも僕は、その選択をするつもりはない。」
確かにね。
君はやはり「1」だな。
存在を否定しては「1」で在りえない。
君がどう「0」と「∞」の狭間で決断していくのか、この後、どういう決断をする物語なのか、楽しみにしてるよ。




