「流水落花」
本編そっちのけ(本当にそっちのけ)
スピンオフ第5弾はこの人
リュウジンの兄「浦島龍詠」
ちなみにリュウジンはモブで登場!
「
私しは只、龍詠様の傍らに居られるだけで満足だったので御座います。
私しは日々、龍詠様の車椅子を押し、お手を添え身近なお世話をさせて頂くだけで幸せだったので御座います。
今の時代、主従を越えた恋心を描くことは罪では無いのかもしれません。ですがそれは私しの我儘、決して表に出して良い感情ではないので御座います。
ただ従として、お慕いするだけに留まることが正しき道だったので御座います。
流
水花と出会ったのは、鬼によって半壊した民家の一室だった。状況は一言で表せば凄惨。とても生存者がいるとは思えない状況だった。鬼の瘴気立ち籠めるその中にあって水花は男の遺体、すでに鬼の手によって惨殺された自身の父親に対し何度も何度も包丁を突き立てていた。
「お前なんて! お前なんてっ!! 母さんにっ! 殺されて当然なんだっ!!」
今でもあの時の彼女の叫びが私の脳裏に木霊する。
怒り、悲しみ、恨み、憎しみ。混沌とした負の感情が彼女を支配していた。このまま密度の濃い瘴気の中にあって、そのような狂気に身を置けばやがて鬼化するやもしれぬ。私は彼女から何度も突き立てられる包丁を奪い、強く胸に抱きしめた。多少の抵抗は示したものの、やがて過呼吸ゆえか糸の切れた操り人形のように水花は気を失った。
鬼化したのは水花の母親だった。そしてその鬼を葬ったのはこの私だ。
鬼討ちの一族に生まれ、筆頭として育った私が鬼を討つのは当たり前のことだった。鬼を討つことが間違いだとは言わない、その選択が間違いだとは思わない。だが鬼化したとはいえ、水花の母親に引導を渡したのはこの私だ。その事実は変わることはない。
水花の狂気を誰が否定できようか。唯一の救いは彼女が鬼化しなかったことだけだ。あの時、彼女が鬼化していたならば私は討つよりほかなかっただろう。だが同時に、そうあった方が彼女の救いになったのではないか。そう思ってしまうほどに彼女は、過酷な環境によって負の感情を背負わされていた。
後からわかったことだが、生前の水花の父親は鬼以下の人間だったようだ。常習的な暴力。働くことをせず酒に溺れ、母子を蝕む寄生虫のような生活。そこに至る原因は外にあったのかもしれない。だが厳しい言い方をすればそれは言い訳であり、まして彼を支え続けてきた家族に当たることなどは、正当とは言えない。
それでも水花の母親は耐え忍んでいた。いつか目が覚める時がくるだろうと。
しかし、その父親が水花に性的な暴力を振るった時、母親の中で何かが崩壊した。そして鬼化してしまった。それは悲しむべき、やり切れぬ結末だ。
それに終止符を打つのが我々の役目、鬼討ち一族の定めだった。
耐え忍び、抑え込み続けていた反動だろうか。水花の母親は鬼化に留まらず、中鬼まで堕ちていた。当然、中鬼ともなればその強さは完鬼の比ではない。そして中鬼であるが故に、その意思を言葉に乗せて発することが出来る。むしろ中鬼が厄介なのはそのことではないだろうか。
「貴方も水花に惑わされたのかしら? あの子の色香に狂った?」
その言葉と、先刻聞いた水花の叫びが心に蘇り、相俟って私に僅かな惑いを生じさせた。いや、ただ私の精進が至らなかっただけなのかもしれない。水花から包丁を奪った際に負った傷を失念し、振り下ろした刀の軌道が僅かに逸れる。その隙を突かれ私は右腕を鬼に斬り落とされた。
それが切っ掛けとなり部隊に動揺が生まれ乱れる。指揮官が倒れれば部隊が乱れるのは当然のことだ。明らかに私の失態。更にそのことが弟の龍陣を自失させ、中鬼へ単騎で強襲を仕掛ける起因となってしまった。勿論、鬼討ちとして日の浅い龍陣の刀が中鬼に届くことはなかった。
吹き飛ばされ強制的に戦線離脱を余儀なくされる龍陣。私は逆にそれを転機とし部隊に撤退を指示する。体勢を立て直す采配と皆は思ったことだろう。私は自ら殿を務めた。
だがそれは鬼に対する策。中鬼であるが故に知恵が回るであろうからこそ、罠に嵌めるための奇策。
鬼は片腕の私が撤退に遅れたと思ったことだろう、恐れるに及ばずと高をくくったことだろう。私は追ってきた中鬼に背を向け、自身の身を餌にし十分に引きつけ、そして隠し持っていた懐刀を鬼門に打ち立てた。
結果として鬼の討伐を完遂、つまり水花の母親は死亡した。
父親はすでに母の手により亡くなっている。唯一、水花だけが生き残った。荒れた家庭環境が原因だったのだろうか。親戚縁者とは疎遠、水花を引き取る者は無く、その日その時から彼女は孤独となった。
彼女の身は浦島家での預かりとなった。そのことは決して珍しいことではない。家族を失い、失意により鬼化の起因を持つ者として保護されている者は、この浦島家にも多くいた。
我々は対中鬼とあって苦戦こそ強いられたものの被害は最小限に抑えられた。ただその代償に私は片腕の喪失、そして腰椎損傷により下半身不随となった。勿論その程度で皆を救えたならば私に惜しむものはない。しかしそのことで大きな影を二人の心に落とす結果となってしまった。
その一人は弟の龍陣だ。私が負った怪我は自分が至らなかったからだと龍陣は自身を責めた。その上、私が一線を退き浦島家次期当代を弟に譲ると意思表明したことで、更に彼の自責に拍車をかける羽目になってしまった。
そしてもう一人は水花だ。
愛する母親が鬼となったこと。その原因となる責めるべき父親がすでにこの世にいないこと。その上、母親を討った男は既に半身不随である。責めるべき対象がいない者はやがて自身を責め始める。
彼女の心が少しでも救われるのならば私を責めることを厭うつもりはなかった。それも含め覚悟し、我々は鬼を、人であった鬼を討っているのだ。だが私にはもうその責め苦を受ける資格は無いのだろうか。彼女が私を責めることはなかった。
身体を欠損することで戦線から外れ、私が失ったものは大きいのかもしれない。だが同時に得たものがあるように思う。鬼の討伐はなにも直接、刀を振るうことだけではない。後進の育成然り、より安全に効果的に討てるよう戦術研究すること然り。そして水花のように被害に遭った者が闇に飲まれぬよう保護する事然りだ。私は率先してそういったことに身を費やし、予てより行っていた戦術研究に没頭した。
ただ私の心のどこかに、自分が終止符を打つ役目から、鬼を直接この手で葬る役目から外れたことに安堵する気持ちがあったのかもしれない。その微かな気持ちと水花のあの叫びが未だに私の心の奥底に居続けるのだ。
川が絶えず流れ続けているのにも拘らず、川底で不動に居続ける鯰か何かの様に。
水
浦島家には保護された孤児、身寄りのない婦女子が複数人居りました。私しもその保護された中の一人でした。皆一様に鬼により人生を狂わされ、深い悲しみに囚われている人々でした。しかし真実を申し上げますと、私しはその周りの人々とは違っていたように思います。私しの心を支配するのは悲しみや絶望などではありませんでした。ただ行き場を失った憎しみでした。
母が鬼となり、亡くなったことに対し悲しみを覚えなかったわけではありません。しかしその感情よりも私しの心に芽生えたのは憎しみだったので御座います。
家族を崩壊させた父が憎くて憎くて仕方がありませんでした。この手で殺したいほどでした。でもそれを行ったのは誰でしょうか。それは私しの愛する母でした。
父の暴力に耐え続け、私しに寂しい目を向けながら諭し続けた母でした。母はいつか父も目が覚める時が来るから許してやってくれと言い続けておりました。その母が鬼となり父を蹂躙したのです。それが許せないのです。
父を殺すのは誰の役目だったのでしょうか。私しがこの手で殺したかった。
でも父が私しを組み伏せ衣服を破り犯そうとしたその時、それを偶然に目の当たりにしてしまった母が鬼となり父を殺したのです。父の暴行、そんなことは何度も何度もあったことでした。それでも私しは母の言葉で殺意に蓋をし続けていたのです。
「許してやってくれ」という母のあの言葉は何だったのでしょうか。
その母を、鬼となった母を龍詠様がお討ちになりました。
家庭を崩壊させた父が憎いのです。そんな父を許せと言った母が憎いのです。父に抗うことの出来なかった、殺すことの出来なかった私し自身が憎いのです。母が鬼になる機会を作った私し自身が憎いのです。その母を殺し、私し自身の人生に終止符を打つ機会を奪った龍詠様が憎くて憎くて仕方がなかったのです。
父が殺され母を失ったあの日、意識を失った私しが目覚め、お会いした龍詠様は死体のように無残な有様でした。この憎しみをぶつけられる状況では御座いませんでした。私しの憎しみや怒りは何処へ向かえばよいのでしょうか。
保護され浦島家で生活する最初の半年、私しは誰とも会話しませんでした。ただ自分の感情に蓋をし続けていたので御座います。そんなことはここへ来る前から、もう数年間し続けていたことですから苦になることはありませんでした。
そして言葉を発することなく心を閉ざすが故に見える景色も御座います。
自身の感情に振り回されなかったせいでしょうか。それとも元々人の機微に敏感になっていたからでしょうか。私しは接する人々の心の内を覗けるようになりました。相手の心を開こうとした場合、人は自身の心を開きやすくなるように思います。それは「得たければ施せ」ということなのでしょうか。心を開かない私しに対し人々は自ら心を開き饒舌になりました。勿論、心の内を隠しながら話す方もおりましたが、私しはその心の奥底を覗けていたように思います。
悲しみを怒りへと、心を変化させる被害者の方もおりました。でもその怒り、憎しみは鬼に向けたものであり私しのそれとは違いました。その感情に私しが共感するものはありませんでした。
悲しみを分かち合い、互いに支え合おうとする方もおりました。ですがそもそも私しには分かち合うものはありません。誰が私しのこの憎しみを背負をうというのでしょうか。そもそもからして、私しのこの憎しみを誰かに奪われるつもりはありませんでした。
中には感情に任せ、依存するように私しの身体を求める方もおりました。その心情は慰めを求めていたのかもしれません。ですが私しには人を慰める感情などは御座いませんでした。慰められたい感情も当然ありませんでした。尤もそういう方は保護する側で上手く距離を取る配慮が御座いましたので、実力行使のようなことはありませんでした。
浦島家での生活から半年を過ぎた頃、私しは地元の学校へ通わさせて頂きました。こうして保護された子供たちは学校へと通い、大人たちは少しづつ働きへ出ることで社会復帰の道を歩みます。大半の者は長くても数年で浦島家から卒業していきました。少数の者、つまり鬼に対し闘う意志を持つ者は、浦島家に籍を置きながら修練を積み「鬼討ち」と成っていきました。また闘う意志がなくとも浦島家に籍を置き、下働きする者もおりました。私しもそのうちの一人でした。
私しは義務教育を経た後は進学せず浦島家に住み込みで働く道を選びました。確かに将来に対し、やりたいことやなりたいものはありませんでした。夢や希望などというものはありませんでした。ただひたすらに心の内に憎しみを棲まわせているだけの存在だったので御座います。
住み込みで働くようになってからは龍詠様に会う機会が増えました。龍詠様の怪我は癒えておりましたが、右腕を失い下半身不随で車椅子生活を余儀なくされておりました。なんと惨めな姿でしょうか。しかし、そのような堕ちた姿を見ても私しの憎しみが無くなることはありませんでした。そのような姿に堕ちたのにも拘らず皆に笑顔で振る舞われる龍詠様を見て、私しは益々憎しみを募らせたので御座います。
私しがそのような気持であったのを知ってか知らずか、龍詠様は私しを気にかけているご様子でした。
そうして二年ほど下積みの期間を経て、私しは龍詠様の身の回りの世話をする係へと配属されました。どれ程の時間が経過しようと、どの様に姿形が変わろうと水が水で或ることが変わらないように、私しの憎しみは変わることが無かったので御座います。心を凍らせようと昇華させようと、水で或ることは変わらないので御座います。
落
平等とはなんだろうか。公平とはなんだろうか。
私にとって浦島家に住むものは皆、家族だ。屋敷の管理に携わる者、鬼討ちに携わる者、つまりは浦島家と主従の関係にある者。そして保護されている者。それぞれがそれぞれの立場にあった。当家が社会の縮図とは言わない。だが確かに組織として機能するための上下はそこにあった。世の中に上層と下層があるように。
しかし、私はその枠に捕らわれることなく皆と等しく、家族同然として接していた。これを平等というのだろうか。受け取る側に伝わったかどうかは分からない。だが少なくとも私はそういう平等性を心掛けていた。勿論、浦島家の嫡男という立場上、一線を引いて接せねばならない場面もあったし、皆も私をそういう立場の者として扱っていた。
では公平とは。
浦島家では、出来る者が出来ることをし、出来ない者には出来る者が支えた。それはなにも出来ない者が全て支えられて生きているということではない。それぞれがそれぞれに得手不得手があるように、互いが支え合い、補い合い、機能していくということだ。例えば背の高い者が背の低い者の代わりに庭木の剪定作業をこなし、代わりに食事を作ってもらって生きているというような。双方ともに、そこに「生きていく」という意味を、存在価値を見出し、そして支えられて「生きている」ということを実感し感謝していた。
そんな当たり前のことを私は、自身が支えられる立場になって初めて気が付いたように思う。
水花を特別扱いしたつもりはなかった。皆と同じように接するように心掛けていた。確かに彼女の心の闇は他の保護されている者に比べて深かい。それ故に見かけたときには声をかけるよう努めた。だがそれとて他の者と同様に、高低差はあれど公平に接していたはずだ。
私の心の奥底で彼女が叫ぶ。怒り、悲しみ、恨み。あの日あの時聞いた彼女の声が私の中で木霊する。響き続ける。だが私はそれに蓋をし、耳を塞いで気が付かないふりをし彼女と接した。
混沌とした負の感情。それに惑わされないように努めた。
それ故か私には彼女の心を開くことは出来なかった。否、他の者にも彼女は心を開いてはいなかったように思う。彼女が私の身の回りの担当として配属され接する機会、ほぼ生活を共にし寝食を共有したのにも拘らず、私には彼女を知ることが出来なかった。彼女が何を想い、何を考え、何を糧に生きているのか知ることが出来なかった。
彼女が車椅子を押す。
まるで自分の足で歩いているかのように、段差や溝、坂道の高低差を感じさせることなく、いや、実際に歩けば感じるであろう抵抗力、振動を感じた。
彼女が椅子を引き、私を支えてそこに座らせる。
持ち上げられる浮遊感と、腰を下ろした際に感じる重力感。私は自身の意思で動いているように錯覚した。
浴室に在って自身で出来ることは当然に自身で為したが、それでも至らないところは彼女の手を借りた。眠りに落ちるその瞬間まで彼女は傍らに居り、そして起きた時には既に彼女がそこで迎えた。
書斎に在る時、人と在る時。彼女はまるで影のように存在を感じさせることなく、それでいて確実にそこに居る安心感を私に与えた。私が「生きている」ことを再確認させるほどに。
だがそうであっても、私には彼女が何を想い、何を考え、何を糧に生きているのかを知ることはなかった。
春の息吹が若芽を愛で、夏の光が葉の生育を促し四季が過ぎていく。
秋の涼風が成熟した実を揺らし、冬の厳しさが次の世代をはらんで叱咤し一年が過ぎていく。
水花と共に私が在り、私が生きていく中に水花が在った。
「龍詠様。生きていく者は皆、奪い奪われ永らえております。それは自然の摂理。逆らうことは出来ないもので御座います。貴方は奪われる者の心情をお分かりですか。奪われる者が生きていく為に必要なものをご理解為されましたか。
生きて逝くために奪うことが必然であると、受け入れることが出来ましたか。」
水花が跪き、寝所で腰を下ろす私の膝に顔を横たえた。
ただ私は水花の、その横たえる彼女の頭の重さを膝で感じ、髪を梳き撫でることしかできなかった。
私が感じ、そして想ったのは慈しみなのだろうか。私はただ彼女の髪を見つめ、吐息を肌で感じながら撫で続けることしかできなかった。
落ちる。
比喩表現のように用いられる言葉。
だが私の中で確かにコトリと何かが落ちる音を、その時私は聞いたのだった。
花
「いけないよ水花。それはいけない。」
確かに龍詠様の声は、言葉は私しの耳に届いておりました。
「私が出来ることは何でもしよう。水花が救われるのならば。
私が君から奪ったのは確かなのだ。だがそれを後悔をしているわけではない。
役割だったとか、言い訳するつもりもない。」
ですが私しは、そんな言葉など届かないとでも言うように龍詠様のお膝下を、その頭を乗せ頬で感じる体温をせがむように着物の端から手を差し入れ、優しくゆっくりと内腿を撫でたので御座います。
制御するように私しの頭を撫でる龍詠様の指先の感触が心地よくありました。微かに打ち震える内腿の感触と体温が心地よくありました。その心の振動を私しだけが独占し奪うことに歓喜しました。
「龍詠様はお優しう御座いますね。
でもその優しさは誰に向けたものなのでしょう。皆に等しく向けたものでしょうか。
いいえ、それは龍詠様自身に向けられたものでは御座いませんか。」
「そんなつもりは。
私は自分の立場を考え、その上で皆と接しているだけなのだ。自分の為などとは。」
「そうでしょうか。
言い訳するつもりはないと申されましたのに、現に今、立場と仰りましたでしょう。」
ゆっくりと内股まで指を伸ばし、私しは龍詠様の着物を払いました。
熱く反応した龍詠様に私しは顔を近づけ、言葉を続けました。
「それに私しを止めることが出来てなどいないではないですか。
それは私しを含め、皆に向けている優しさなので御座いましょうか。
龍詠様は出来ることならなんでもしようと仰いましたが、何もしなくて良いので御座います。
只、私しを感じて頂ければ良いので御座います。致すのは私しですから。」
「駄目だ、水花。
そういうことは。」
私しは龍詠様に顔を埋めました。
言葉ではそう言うものの龍詠様は抵抗なさりませんでした。片腕となり半身不随となったとはいえ、私しの頬を叩き跳ねのけることぐらいは出来たはずで御座います。ですが龍詠様はそうなさらなかったので御座います。
只、撫でていた指先に力を籠め私しの頭髪を掴んだだけなので御座います。
その龍詠様の添えられた手の力に、震え葛藤する力に私しは満悦致しました。
私しの行為が龍詠様に響き、鼓動することに胸の高まりを覚えました。
愛と憎しみは表裏一体とは、何方の言葉だったでしょうか。
愛することの反対は無関心とは、何方の言葉だったでしょうか。
私しから憎しみを向ける者を奪った龍詠様が許せなかったので御座います。
奪った者から奪い返したかっただけなので御座います。
私しは只、龍詠様の傍らに居られるだけで満足だったので御座います。人の手を借りずに生きられない身体を見るだけで満足だったので御座います。
私しは日々、龍詠様の車椅子を押し、お手を添え身近なお世話をさせて頂くだけで幸せだったので御座います。生殺与奪が私の手の中にあることを感じるだけで幸せだったので御座います。
恋心などというものを描くはずはなかったので御座います。
あの時、龍詠様が拒絶されれば進まなかった道。
優しさに付け込んだ私しは、奪いたいと思い行為に及んだことは、私しの我儘だったので御座いましょうか。
家族を失い家族を求めた私しは、私しだけの家族を欲した私しは。
憎しみを心に秘め、いいえ、愛おしさを心に秘め、従として進むことが正しき道だったので御座いましょうか。
全ての花が咲くとは限らないのが世の摂理で御座いましょう。
ですがその世で実を結ばなくとも咲かせる花は、罪なので御座いましょうか。
」
水花が頭に乗せた私の手を柔らかく跳ねのけ、腰を下ろしていた私の上に静かに跨る。
私は只、水花を受け入れ片腕となったその腕で抱きしめることしかできなかった。
受け入れ、いや受け入れてもらうことしかできなかった。私という者を。
眠るように私に身体を預ける水花。
彼女の吐息を胸で感じる。生きているという鼓動を胸で感じる。
彼女の愛も憎しみも、その感情の全てが肌を通して私に伝わる。
流水落花
流れる水に落ちた花は、私なのか水花なのか。
それとも互いなのか。
奪われた者
奪う者
私は只、胸の中に咲く水花を、そっと抱きしめることしか出来なかった。
二度と奪われることが無いように。
もしかしたら運を営む神から天罰が降るかもしれない……
そん時は修正しまーす笑




