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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
スピンオフ
74/81

陽が降りて祭りに響く花

本編そっちのけでスピンオフ第3弾!


「焼きそば(幕間)」を書いていたら書きたくなりました

そう、

語られるのは、若かしりころの壇之浦陽降、そして幌谷響花の物語

「陽ちゃん陽ちゃん陽ちゃんっ、ねぇ陽ちゃんってば!

 ねぇねぇねぇ陽ちゃんっ、大変なの!」


「うっせぇなぁ。

 俺の名前、連呼すんじゃねぇよ。」


 響花が俺の頭上で名前を連呼する。

いつものことだとは言え毎回連呼されてては、おちおち昼寝もできねぇ。

学校に来て早々、1時限目もそこそこに屋上のいつものところで昼寝してたわけだが、ん~、陽射しがいつの間にか高い。もう昼か。つか昼に起きる「昼寝」ってのもおかしな話だな。


 ダルィな。煙草吸いて。

渋々、上体を起こして体をほぐす。



「んーだよ、何があったんだっつぅの。」


「あのね、あのね! 聞いてよ!」


 聞いてるつぅの。どうせくっだらねぇ事なんだろうけど。


「あのね! 焼きそば作ってたらね!」


 いつ作った話だよ。どうせ昨日の晩飯の話だろうが。もう半日前の話じゃねぇの?


「あぁ。」


「気が付いたらナポリタンになってたの!」


「知らねぇよ!

 どうせあれだろ? ソースが切れたからケチャップ使ったって話だろ?」


「むぅ。ついでにトマト余ってたから入れてみた!」


 予想の斜め上を行くんじゃねぇよ!

大体、響花がいう「大変なこと」はいつもこんな感じだ。まぁ本人にしてみたら大事件なのかもしんねーけど、すでに解決っつうか、そもそもどうにかしなきゃならない問題ではない。

「重たい思いしてサラダ油買って帰ったら家に予備が2本あった。」だとか「洗濯機を回してたこと忘れてて2周目をスタートさせてしまった」だとか。



「……、でも旨かったんか。」


「うん、旨かったよ!

 陽ちゃんにも食べさせたかったなぁ。」


「食わねぇし。」


 俺は話を切り上げるべく、立ち上がって背伸びをする。

確かに響花の料理は色々あっても、当初の予定通りじゃなくても旨いのは知ってる。

だが料理が旨いのと昼寝を妨害されるのは別問題だ。

くっそ、陽射しまで眩しいときやがる。



「親父が寿司屋なのに何でナポリタン作ってんだ、って話か。」


「えー! お父さんが寿司握ってるんだから、娘が洋食作るなんて当たり前じゃん!」


 最早、焼きそば作る予定がイタリアンになったこと認めてんじゃねぇつうの!

つかその理論、当ってっか?



「……、母ぁさんの調子はどうなのよ?」


「う~ん。まぁまぁかな?」


 あんまし調子よくないんか。いい人なんだけどな。

んま、そういう色んな経緯もあって幌谷家の家事担当が響花ってわけだけどな。


「んぁー。

 寝れねぇし、行っかな。」


「え~! 午後の授業、どうするの?」


(ペイ)先うざいからパス。

 つか純矢達と約束あっからゲーセン行く。」


「落第しても知らないからねー!」


「落第とかねぇし。留年だろ?

 留年したら辞めて働くからいい。」


 響花が何か言いたげな表情で俺を見る。

視線を合わせないようにしてドアに向かう。

ぶっちゃけ学校なんてどうでもよかった。ただダチがいるから来てるようなもんだし。



「……、今夜からお祭りだよ?」


「だからゲーセン行くんだよ!

 ……、6時に狛犬っとこな。」


 響花を残して屋上を後にした。

このお節介でトンチンカンな響花はガキの頃からの腐れ縁だ。隣近所だからって俺の保護者面しやがる。

ちょっと先に生まれたからって、俺が2月生まれで数えだったら年上だからって姉貴面すっけど、精神年齢的には俺の方が絶対に年上だ。

うぜぇ。


 俺は中に煙草とブラシと、

んまぁあと色々としか入ってねぇカバンを引っ提げていつものゲーセンに向かった。


 汗でべたついた肌にシャツが絡みつく。「お天道様の下を歩けないようなことはするな。」って親父からよく言われっが、俺は別に恥じることはしてねぇ。世間は色々と煩いが、少なくとも太陽の下を歩けないようなことをしてるつもりはねぇ。

んま、流石にこれだけ暑い陽射しは勘弁してくれって思うが、癪だからガンガン照らす「お天道様の下」、道の真ん中を歩いた。



「おぅ。」


「よぅ。」


 いつもたまり場にしてるゲーセンには純矢の他、大半の連中がすでにたむろしてた。

純矢の近くの椅子に腰を下ろし、煙草に火をつける。気を利かした後輩の一人が瓶コーラを持ってくる。

「後輩から奢られたら倍返し」って変なルール作っちまったから、今度、牛丼でも奢ってやらにゃならん。今月は出費が多くなりそうだな。

つれぇ。


「んで、うちの生徒(やつら)狙ってカツアゲしてたやつら、わかったんか。」


「H商。」


「館山か。」


 H商は川を挟んですぐにある商業高校だ。アホしかいねぇので有名だ。

館山は最近、俺がちょっとしたいざこざを治めたときの中心人物だった。つまりアホの代表だ。

面白くねぇなら直接言ってこいってぇの。



「よし、んじゃ刈るか。」


 その一言でゲーセンを出た俺の後にみんな続く。

純矢が俺の横に並ぶ。


「陽降、別に俺らだけでやってもよかったんだぜ?」


「今日から祭りじゃねぇか。

 うちのやつらが祭りでやられっかもしれねぇのは、俺の気が落ち着かねぇよ。」


「打ち漏らさねぇっつうの。」


「わかってるよ。」


 純矢達のことは信頼してっけど、自分の気持ちが納まらねぇ。



 純矢がそれぞれに指示を出す。うちの生徒がよくやられてる場所、あいつらがよくたまり場にしてる場所、それぞれに散っていく。この時間から張っておけば先手打っていけんだろ。


「んじゃ、俺らも行っか。」


「久々に体が滾るねぇ、祭りだし!」


 純矢がすでに興奮して笑う。

俺と純矢は元凶の館山がたまり場にしてるところに向かった。穏便に話し合いで解決できりゃあいいが、もめるリスクがある以上、仲間を連れてくのはやめた。純矢は俺が一人で行くって言っても聞かないのが目に見えてる。ん? こいつ一人で行く気だったんか?


 確かに二人だけでつうのも久々っちゃあ久々だけど、遊びに行くわけじゃねぇんだけど?

祭りが始まる前に喧嘩ねぇ。俺ららしいっちゃ俺ららしいけどな。



 一段と強さを増してる陽射しのせいで、目に飛び込む風景がどこもかしこも眩しい。

なんでこういう日は風景が止まってるように見えるのかね?


「純矢、卒業したらどうすんのよ?」


「俺? 俺はあれだな、親父んとこ入って左官屋かな?」


「おめぇ壁塗れんの?」


「おうよ! バイトだからまだやってねぇけど、ありゃいけるな!

 つか陽降、そういうの「死亡フラグ」って言うらしいぜ?」


「死亡遊戯の間違いじゃね? それ。」



 ◇ ◇ ◇



 結局、話し合いで治まるわけでもなく、館山には俺の熱い思いを拳に乗せて語ってやった。

これでしばらくはちょっかい出してくることもなくなるだろう。


「つか、ロケットパンチって! 飛んでんの身体じゃん!

 思い出しただけでもウケる~! 痛ててて…」


 純矢がわき腹押さえてゲラゲラ笑っている。

あばらやられてんじゃねぇの? 痛ぇんだったら笑ってんじゃねぇよ!


「こんなアホな技にやられるのかって、相手に肉体的にも精神的にも大ダメージを与える必殺技だっつうの。」


「いや陽降、ぜったい思い付きでやってたし! 笑わせんなつうの!

 俺がダメージ受けたわ!」


 純矢と事の後、祭りに向かってた。

思ったより時間がかかったから6時過ぎちまった。狛犬は祭りの入口の門の下にある。

近づくにつれて人だかりが増える。熱気が増していく。



 響花が所在なさげに、伏し目がちに待っていた。紺色の浴衣が大人っぽかった。

んーだよ、馬子にも衣装かってぇの。

響花が俺らを見つけて駆け出す。寂しそうな顔からパッと笑顔になって、そしてむくれた顔になる。

百面相だな。


「遅いーいっ!」


「ごめんごめん響花ちゃん。ちょっと野暮用があってさぁ。」


「やぼよー?」


 駆け付けた響花とすれ違うように純矢が進んで、去り際に耳打ちする。

立ち止まった響花の髪が、吹き抜けた風に揺れる。



「あれ、こないだ変な集団にナンパされてたじゃん? 響花ちゃんがさ。

 たまたま俺がお帰り願ったやつ。

 あれ、陽降がめちゃくちゃ面白くなかったらしくてさ。それでお話合いに行ってきたってわけ。」


「余計なこと言ってんじゃねぇよ! 純矢!」


「やべぇやべぇ! 今度は俺にロケットパンチが飛んできそうだから逃げよー!」


「純矢君行っちゃうの?」


「俺を待ってる人がいっかもしんないかんねー!

 んじゃ陽降、ちょっと周ってくるわぁ。」


 純矢が後ろ姿で手を上げて立ち去る。

余計な気ぃ使いやがって。



「……陽ちゃん、手、怪我してる。」


「転んだだけだつうぅの。」


「絆創膏……、あ、カバン無いんだった。」


 響花が無い鞄を探すように自分の体をきょろきょろと見まわす。

代わりに持っていた手提げの中をごそごそとやりだした。


「いいって、んなもん唾つけとけば治るって。

 つってもお前のはつけんなよ?」


 なんだか自分で言って浴衣姿の響花を直視できなくて、ちょっと先に歩き出す。


「あーん、待ってよぅ! よぅよぅよぅ、陽ちゃん!」


 響花がトトトと横に並ぶ。


「俺の名前で遊んでんじゃねぇよ。」



 左右に並んだ出店が照らす暖かい灯り、威勢のいい客を引く声、華やかな浴衣の色、幸せに満ちた人々の笑顔、鉄板から立ち上る食欲をそそる匂いと音、目をキラキラさせている幼子の瞳、時折入り混じる射的の軽快な音、残念そうでありながら楽しさを忘れない溜息、派手に上がる歓声。


 俺は祭りが好きだ。辛いことも悲しいことも流し去るこの強引な一時が好きだ。俺の守りたい奴らが笑っていられるこの場所が好きだ。

自然とさっきまでの緊張が緩む。心が浮足立つ。



「あー! 陽ちゃん今、あの綺麗なマダムを見てたでしょ!

 あぁいう大人の魅惑に虜にされるの陽ちゃん? そうなの? そうなの? 陽ちゃん?

 陽ちゃんはあぁいうマダムに磯部揚げにされたいというの?

 ふんだんに使った青のりで磯の香りを前面に押し出し「あぁなんて雄々しく荒々しい海の漢!」ってな具合に仕立て上げられた挙句、隠し味の生姜が繊細にちょっとしたアクセントで、影のある過去の哀しみを背負った男を演出。そして何よりも竹輪が! 竹輪がーっ!

 陽ちゃんのバカーっ!!」


「ねぇよっ! 何だよ磯部揚げって!

 どんだけ青のりの匂いに影響されてんだよっ!」



「おぅ、坊主。今年も相変わらず賑やかじゃな!」


 さらしにハッピという、いかにもな出で立ちの金魚掬いのおっちゃんが、店の奥から見上げるように声をかけてくる。青く平たい水槽に張られた水の中を、赤い金魚と黒い出目金があちらこちらへと泳ぐ。祭りの明かりに照らされて一層輝く。


「お! おっちゃん。

 また今年も金魚やってんの?」


「けっ、金魚なくして祭りとは言えんじゃろうが!」


「今どき金魚ってのもなぁ。

 鯛とかヒラメとかだったらやるんだけどな。食えるし。」


「ばかな!

 仮にそんな高級魚を入れたとしたら尚更、坊主にはやらせんわ!

 去年は初日から半分かっさらってった坊主のせいで、商売上がったりじゃったわ!」


「いい宣伝になったんだから、半々ってとこじゃねぇの?」


「けっ、可愛げのねぇこった。」


 あんだけ取っても自分で飼えるわけじゃねぇしな。取れねぇガキンチョ共にお裾分けしてやったから、手に金魚ぶら下げて何人も歩いてりゃあ、いい宣伝になったろうさ。



 響花が金魚の前にしゃがみこんでツンツンしてる。

いやそれ、おっちゃんが怒るからやめろや。


「この元気なやつが陽ちゃんでしょー? そいで後ろから付いてってるこの子がヒビカ。

 ねぇねぇ、陽ちゃん。このちっさい子は何て名前にしよっか?」


「あぁ? メスだったら響花もじって、んー、「奏でる」って感じか?

 んでオスだったら……、っておい!

 ……、ツンツンすんなや! すくわねぇんだから!

 これ以上冷やかしたら、おっちゃんが怒るから行くぞ?」


 金魚だろうとなんだろうと、これ以上守るものは作りたくねぇ。




「青のりと鰹節多めで。あと一パックはマヨネーズ多めで。」


「自分でかけろ自分でぇ!」


 近場にあった屋台で焼きそばを二パック買った。もうすっかり顔なじみになってるオヤジが、マヨネーズやら何やらの位置を目配せする。んー、確かに手が止めらんねぇ状況かもな。祭りの前半がピークだし。

なんでかわかんねぇけど、肉の存在が極小なのに祭りの焼きそばは格別なんだよな。


「ほら。

 これが正しい焼きそばだつぅの。」


「知ってるもん!

 でも、何で屋台の焼きそばって美味しんだろうねぇ。」


「あぁ、なんでだろうな。」


 出店の裏手にあるいつものベンチへと向かう。歩きながら食えるものは後でいいな。

少しだけ祭りの喧騒が遠のく。周りが柔らかい明りだけになる。もう陽が沈んでる。

二人で並んで座ると、ここだけがあの金魚の水槽の中になっちまった気分になる。



「ねぇ、陽ちゃん?」


「あぁ?」


「陽ちゃんとまた来年もお祭りに来たいなぁ。」


「バカ。

 まだ始まったばっかだし、来年も再来年も、ずっと来るっつーの。」


 ずっと。

俺は自分の名前があまり好きじゃねぇ。

親は「陽が降臨する」って、たいした意味を込めてつけたかもしれねぇけど、昇った太陽はやがて落ちる。

俺は守りてぇものを、響花をずっと守りてぇ。

落ちることなく、沈むことなく。


 どこだかの国がある季節になると、夜中になっても太陽沈まねぇって話だ。

ずっと太陽が照らしている。それを「白夜」って呼ぶらしい。

俺が守りてぇ人を照らし続ける太陽だ。


 「夜も白ける」話じゃねぇか。

そんなふざけたやつでも照らし続けた先に、「祭り」みてぇにずっと繰り返す幸せがあんじゃねぇの?


 そんなことを考えてた。



「あー! 陽ちゃん今、さっきの類稀なマダムのこと考えてたんでしょ!」


「考えてねぇつうの!

 食ったら行くぞ。」


 そうだ。

祭りはまだ始まったばかりじゃねぇか。

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