狂気往き妖艶に舞う
第一弾はおじいさんとおばあさん!
山柴一文字と千条八千代の出会いです
ちなみに犬猿雉も、式神(元魔獣)としてゲスト出演します
男が歩く
草の青臭い匂いが嫌に鼻につく その割に虫の音は聞こえない
静まり返った夜道に男の草履の音だけ 土を踏む音だけが響く
今夜は月明かりが足元まで届く 不満そうに男が鼻で短く笑う
殊更 異様なほどに朱い月だ 天まで俺を嘲笑うか
無造作に着られた浴衣 乱雑にまとめ上げられた頭髪
腰に差した業物だけが唯一 男の主張を現している
足取りや出で立ちは一見すると無目的
だが踏みしめるその脚には確かな意思がある
己の中に滾る魂の焔を感じる
その迸る焔は瞳から溢れ出す
抑えきれない衝動 それを人は狂気と呼ぶか
感情に任せ 感情のまま生きる一人の修羅
今宵この命 事切れようと後悔などはすでに捨てている
たとえこの魂の焔が消えようとも 刺し違えて終えるだけのこと
男は狂気の目で笑う
女が手より光鳥を天に放つ
暫しの上昇の後 その光が往く道を示す
視界に入った朱い月に目を細める この先は黄泉か地獄か
所詮は先など知れたこと 終わらせるか終わるかだけのこと
月明かりが妖艶に女の首筋の肌を染める
幾重にも重ねられた着物の鮮やかさは意思の表れ
死地に向かうに死に装束を着るのは愚か者
艶やかに生き 艶やかに死んでこその命 咲きほこれ
舞い踊れ傀儡 我が魂を喰いて咆哮せよ
鋭き我が牙と成りて 貪り喰い散らせ
奏でよ爪を打ち鳴らせ 畏怖を打ち立てよ
禍者が二度と此の世を犯そうと思わぬように
今宵この命 事切れようと後悔などはすでに捨てている
たとえこの魂の光が消えようとも 刺し違えて終えるだけのこと
女は妖艶に口を細め笑う
月光で朱に染まる女 物の怪か幻か
男は無造作に頭を掻き女に問う
「遊女。此処で何している。
客など取れぬぞ、このような山奥。」
一切の躊躇がない男 獣か夜盗か
女は冷たく振り返り男に応える
「端からくれてやるこの身に非ず。
此処は素浪人風情が来るところではない。」
「試すか。」
「戯れか。」
男が業物に手をかける
女が袂に手を入れる
右手を引き上げる 左手はそのまま鞘に 抜ききらぬ刀身
朱の光を反射する刃 一の足を踏み出すと同時に二の足で跳躍
地を滑るように そのまま躰ごと
瞳に宿る焔 口元だけに嗤い 迸る覇気の塊
身を翻す 右手に結ばれる印 左手に畳まれた扇が一つ
立ち上がる波動 妖しく艶やかに現れる 爪 爪 爪
扇に纏った鉤爪 鋼鉄の刃を受け止める
瞳に浮かぶ冷笑 口元は結ばれたまま
電光石火 刹那の刻
「受けるか、そのような扇一つで。」
「元から斬る気の無い刃、容易きこと。」
男が業物を鞘に納める 無造作に髪を掻き上げる
女が扇を開く 同時に背後に展開される六つ腕 赤黒い獣の腕
「式神、陰陽師か女。」
「その業物、鬼討ちの一族ですか。」
「目的は同じと見える。だが引き返すなら今の内ぞ。」
「とうに引き返す道はございませぬ。」
男の覇気に呼ばれたか
女の妖気に誘われたか
闇夜に浮かぶ無数の朱い目
いつの間にやら二人の周囲を朱い目が取り囲んでいる
「先に往く。」
男は短く呟き 口元に嗤いを浮かべると突如と駆け出す
至近距離からの抜刀 横に一閃される広範囲の斬撃
草木諸共 闇夜に蠢く鬼どもを狩る
男の咆哮と鬼どもの雄叫びが夜空に響き渡った
「あの男が全部殺っちまうんじゃねぇか?」
女の地に落とした影からぬるりと白い獣が姿を現す
その躯体はゆうに女の背丈より高く 口元に並ぶ牙が月明かりで朱に光る
女は口元の妖艶な笑みを消すことなく 男の動きを目で追っている
「いいからさっさと殺れ、駄犬。」
「ふん、やってる間に勝手に逝くなよ? 女。
お前の喉元を咬み切るのは俺だ。」
のそりと白い獣が動く 迫ってきた鬼数体 前足で一掃する
上空を光鳥が飛び去る
直後 無数の光矢が地に降り注ぎ鬼どもを次々に射抜く
男は堪えきれぬように笑みを浮かべながら 降り注ぐ光矢をすり抜けていく
通り抜けた後に一太刀で屠られた鬼が地に沈んでいく
男の頭上を白い獣が飛び越え 闇に蠢く鬼を蹂躙する
女は男の後に続く 舞うように 軽やかに跳躍し進む
縋る様に迫る鬼の手は女には届かない
赤黒い獣の腕が六つ 女の周囲に展開され 辺りを血に染め上げる
再び静寂がもたらされる 朱の月明かりが地に注がれる
男と女 狂気と妖艶
「往くか。」
「往きましょう。」
今宵この命 事切れようと後悔などはすでに捨てている
たとえこの魂の焔が消えようとも たとえこの魂の光が消えようとも
刺し違えて終えるだけのこと
男は狂気の目で笑う 女は妖艶に口を細め笑う




