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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
鬼の裏
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愛と哀しみの女王(鬼)

 雨早川ルミが初めて「舞台」というものに立ったのは6歳の時だった。

デパートの屋上に設置された小さな舞台だったが、それでも目の前にはそれなりの観客がいる。れっきとした催し物の一つだった。

観客が全員、私を見ている。私の踊りを観ている。なんて楽しいのだろう。

僅か6歳だったが、幼き故に恐れや緊張というものが無かった。ルミは舞台の中央で躍る喜びを全身で感じた。注目され、その中で踊る快感を知った。


 ルミがバレエ教室に通い始めたのは5歳になる少し前だ。

両親は晩婚であったが故に、裕福とは言えなくとも自分たちが叶えたい夢を実現させるだけのゆとりがあった。母親は自身が憧れていたバレエを娘に習わせた。

ルミは、最初は親の言われるがまま、ただ母親が喜ぶこと、褒めてくれることだったから始めたに過ぎなかった。しかし、今日のこの舞台に立ち、初めて観衆の喝さいを浴びた時、ルミの中に「踊る」という喜びが芽生えたのだった。

無論、それは彼女の通うバレエ教室が宣伝するための、ちょっとしたイベントの一コマに過ぎなかったし、ちまちまと小さな子が一生懸命踊る姿に、その場に居合わせた観客が温かいエールを送ったに過ぎなかった。

だがルミにとっては、それがとても大きな切っ掛け、「喜び」となったのだった。



 才能とは何なのだろうか。

「天賦の才」、天から与えられた、生まれ持った才能。所謂、天才とは何なのか。

誰でも等しく、初めてやることが一流の者と同じということはない。勿論、持って生まれた器用さだとか集中力などで、同じスタートラインでも他人より一歩、二歩と先へ進む者はいるだろう。だがそれは、正しく「才能」と呼べるものではないのではなかろうか。


 好きだから努力できる。好きだから続けられる。好きだから挫折や障害を乗り越えられる。

本当に一流になる人物とは、「天賦の才」の上に弛まぬ努力、持続力、そして不屈の魂がある。つまり「才能」とは、その事が誰よりも、どんなことよりも「好き」という感情のことを言うのではなかろうか。


 スポーツなどの世界においては、確かに先天性の身体能力などもあろう。優秀なコーチによる的確な指導や、理にかなったトレーニングなどの要因もあろう。

だがそういった要因を全て吸収し活用できるのは、やはり本人の意思が重要であることは明白だ。



 初舞台以降、ルミの集中力や吸収力は、他の子供達より抜きん出ていた。基礎的で地道な努力すらルミには楽しかった。その着実な下積みは彼女の土台となり、やがて重力から解き放たれたロケットが推進力を増すかの如く、ルミは急成長していく。


 中学生の頃には、すでに大人と同等に舞台をこなした。どのような配役であろうと、ルミは舞台に上がった以上、自身が主役だった。観衆の視線が自分に向いている。喝采が自分に降り注ぐ。観られることにルミは恍惚とした。

迷うことなく中学校を卒業すると同時に渡欧し、名門バレエ団に入門。ルミの才能に対して両親は全面的に支えた。


 貪欲に彼女はバレエに磨きをかけていく。クラシック、モダンはおろか、ミュージカルの世界にも足を踏み入れた。活躍の場を日本へと戻した頃には、世界レベルのトップダンサーへと成長していた。

ルミは踊り続けた。人生そのものが舞台だった。



 業界内でその名を知らぬ者はいないほどの知名度と、それに違わぬ力量、表現力。

40歳を迎えてなお現役であり続けた。勿論、年齢とともに体力の衰えが見え始める。しかし、ルミにとってそれは些細なことだった。そうであれば、方向性を修正していくだけでいい。私は美しい。それが失われるわけではない。情熱は失われない。


 その歳になるまでの間に、何人かの男性と関係を持つこともあった。しかしバレエ以上に、舞台以上に自分を満たす相手はいなかった。それでもそこに不満は無かった。

自分は女王であり、万民の誰もが自分に魅力されているのである。誰か一人のために生きる存在ではない。



 そんなルミに転機が訪れる。

欧米から輸入されたミュージカル。日本を縦断する、ミュージカルとしては最大級なもの。

その準主役の配役、女王役にルミがつく。ヒロイン役は若き新鋭ダンサーだったが、年齢、経験、重み、深みを考えれば、自身が女王役で当然、なんら不満は無い。むしろ自分が主役を食ってしまうのではないかと心配するほどだ。


 問題は王子役だった。舞台俳優からの抜擢。

ルミは当初、その配役に不満だった。ダンスはおろかミュージカルすら未経験なこの若い男に、これほどの大舞台が務まるのか。知名度に乗じた客寄せとしての抜擢ではないのか。

だがキャストと初顔合わせをした時、ルミは彼の中に情熱を見た。

あぁ、この子は自分とは進んで来た道は違うかもしれないが、同じ心を持っている、志が他の者とは違う。この子は将来、化ける。



 それは恋愛感情ではない。だが同類の感情だったのかもしれない。



 ルミは自身の今迄培ってきた全てを彼に注ぎたいと思った。初めて人を育てたいと思った。


 そして実際に、ルミは公私を通じて彼を指導し、援助した。男女の仲ではなかったが、それ以上の関係となった。彼も貪欲にルミに教えを乞い、吸収していった。


 件のミュージカルの初公演を終え、数回を経た頃、ルミの身の回りに不穏な兆しが見え始める。

なんのことはない、嫉妬や妬みだ。そんな事は今迄にだっていくらでもあった。気にするのは彼に害が及ぶことだけだ。

他のキャストだろうか? 彼の熱烈なファンの仕業だろうか? それはわからないが、そんなことで引く私ではない。

ルミは守りたいあまり、彼にますます執着した。



 ミュージカルの千秋楽を控えた、終盤に事件は起こる。


 女王の実力や指導は尊敬している。感謝してもしきれない。だがその感情が重た過ぎる。

そう、彼がこぼしてしまった。


 彼に対して恋愛感情があったのだろうか。それはわからない。だがヒロイン役のダンサーが彼の言葉を耳にし、その日の小さな打ち上げの席で女王に抗議した。

あなたは彼の重荷になっている。その思いは過剰だと。


 口論の末、彼女はルミに完膚なきまでに扱き下ろされる。感情的になり理性を失った彼女が、手元のグラスを投げつけてしまった。本当はグラスの中身を浴びせるつもりだったのかもしれない。手が滑ってしまっただけの事故だったのかもしれない。

そのグラスによって女王は片目を失明し、顔に傷を負った。



 千秋楽の中止、または代役を立てるために延期が検討されたが、ルミが頑なに拒否をした。

自分なら問題無い。私は女王なのだ。たとえ両目を失明しようとも、この身体には全ての動きが入っている。たかが片目になったぐらいで踊れないわけがなかろう。

顔の傷は隠し通せるだろう。何も問題はない。舞台は終わらない。


 古い付き合いの総監督はその熱意に押され、ルミを信頼しゴーサインを出す。


 そして千秋楽、最後のミュージカルが始まる。



 ダメージがあったのは事件を起こしたヒロイン役の方だった。精彩さに欠けるダンス。全くなってない。情け無い。プロではない。

舞台袖で自分の出番をスタンバイしていたルミは、落胆する。このままでは自分の舞台が汚される。


 そこでふと、ルミは気付いてしまった。

このミュージカルのストーリー。最後は女王の策略により、ヒロインがスケープゴートにされて悲恋で終わる。そしてその悲劇のヒロインによって、最も引き立つのは誰か。


 そうか。

ヒロインはおろか、この女王すら踏み台にするというのか。事件が明るみに出て、最も引き立つのはお前か。

確かに自分も通ってきた道だ。

だが私は女王だ。ここで朽ちると思うか。



 自信喪失し、もうこれ以上彼女にヒロインは務まらないと判断したルミは、周りを押し退けて代役として舞台に上がった。象徴として飾られていた山羊の面を付けて。


 おそらくルミの全盛期以上に若さと情熱が迸ったであろう。愛も哀しみも、怒りもそのダンスに弾けていた。


 そしてダンスシーンが終わり、舞台の中心にルミと二人だけのクライマックスを迎える。

スポットライトの下、ルミは抱かれながら、自分と同類と信じた王子にナイフを突き立てた。






「素晴らしい舞台だったよ。」


「そうかしら?

 でも残念ね? これで舞台も私も終わりなのよ?」


「そうかな? 君の怒りは、その情熱はこれで終わりかい?

 あの坊やだけではないと思うがね。君のその美しさを、情熱を踏み台にしたのは。」


「どういうことなのかしら?」


「君に新たな舞台を用意するということだよ。

 さあ、幕を開けようじゃないか。私と共に。」



 男はそう言って、雨早川ルミに手を差し伸べた。

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