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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏の表
66/81

砂丘に建つ倫理(奈落3:SE)

 僕は歩いていた。

重い荷物を、身の丈に合わぬ巨大な荷物を背負い、ただ歩いていた。

ここは何処だ? 僕は何のために歩いているのだ? 何処に向っているのだ?

この荷物はなんだ? 僕は誰だ? いつ辿り着くのだ?


 灼熱の日差しが僕を焼く。時折吹く風は僕を癒すことなく、巻き上げた砂塵を僕に浴びせる。

口の中がじゃりじゃりとする。全身に入り込んだ砂がきしきしと、僕の身体を軋ませる。


 ここは……、砂漠か。

僕は……、生きるために歩くのか。


 疑問は解決したように見せかけて、新たな疑問を提示する。

何の為に生きているのだ?


 僕は……、その答えを求め、向かっているんだったか。

この荷物は……、そこに届けるために背負っているんだったか?

いや違う……、この荷物はそこに辿り着くために在るのか。



 砂丘が続く。生物の恵みたる太陽は、容赦なく僕を焼く。


 僕は……、誰だ?

何のために存在するのだ? 僕は何を為すのだ?

いつ……、それは為されるのだ?



 同じように隣を歩く男を見る。

僕と同じように、汗を流し、歯を食いしばり、虚空の一点だけを睨みつけ、歩く。


 徐々に僕との距離が離れていく。

些細だったはずの角度。それは進めば進むほどに、大きな距離となって僕らを阻む。進む道を違えた僕らが離れていく。


 欲するほどに深く、欲するほどに濃く、欲するごとに闇に堕ちていく。

やがて帳が下りる。夜に反転する。闇が来る。



「日読みの(とり)が九十匹。

 苦悩を美化して酔いしれるなど、哀れさを通り越して憐れですね。」


 一々五月蠅い。嫌味もほどほどにしてくれ。

砂丘の一つに腰かけたサクヤが、日傘をくるくると回しながら見下ろし呟く。

まったく、陽は堕ちてるんだから日傘をさす必要はないだろ!


 そのサクヤの背後に大きな月が輝く。月明かりが辺りを青白く染める。

その青白い砂の世界で、僕は遂に歩くことをやめ、膝をつき手をついた。



「ねぇねぇ! 君はさぁ!

 此処まで何を学んできた? 培ってきた、得てきたものは何?

 何が君の欲動を抑えるの? その手に握ってるものは何?」


 砂の上に転がる、首だけの僕がけたたましく問う。

何だよ「其は何ぞ」みたいな質問は。


 両手を持ち上げ眼前に掲げる。

握ったはずの砂が、開いた途端に滑り落ち零れていく。

再び逃がさないように握る。強く握る。


 救いたい。僕の手で掬えるのならばその命を、想いを救いたい。



 目の前にあった僕の頭部が砂に埋もれていく。

あぁ、この砂の一粒一粒が命だというのか。人々の想い、記憶だというのか。


 沈んだ僕の頭部のあった場所が、蟻地獄の巣か何かのようにロート状に吸い込まれ、逆円錐を作っていく。全てを飲み込むように砂が流れていく。僕は流され喰われていく砂を繋ぎとめようと、その流れに爪を立てる。


 やがて大きな穴となった底から「僕」が姿を顕し、僕に満面の笑みを向けた。


「じゃじゃーーーん!」


 ばっかじゃねーーーの?

僕の姿で変な演出してんじゃねーーーよ! 桃太郎!!

夢見が悪いんだよ! そういうの!


「えーーー、ここは大爆笑、ドッカンドッカンな感じじゃないの?

 まぁいいや。

 んでさぁ、それ其の倫理? 万民を救いたい的な?

 大業にして大儀、大概に壮大な縛りだねぇ。

 ねぇ? どうなの?」


 五月蠅い。

そう思って、そう願って何が悪いってんだよ!


「ん~、

 それはおいらが鬼を、鬼の根源の全てを断とう、絶とうと思ったことと同じぐらい大きいなぁ。

 それってさ? 可能なのかな?

 欲動は『鬼を倒したい』、つまり根絶して民を救いたいわけでしょ?

 んで、倫理は『人々を救いたい』と。鬼を含めて?」


 桃太郎が砂を海原のように泳ぎ始める。


「鬼を倒したい~、鬼の根源を潰したい~。でもその根源は民人~。

 民人を救いたい~。鬼も含めて救いたい~。」


 一度、大きく飛び上がると、その勢いで水面下、いや砂原へと飛び込み沈んでいく。


「それってさぁ、相反するよねぇ。

 そこの此花みたいにさ。」


 どういうことだよ?


「最初にさぁ、僕の欲動を聞いたよね?

 それってつまりさ、僕、おいらなわけ。鬼を滅するのはおいらの務めなわけ。

 だってそのために生まれたんだからさぁ。それ以上もそれ以下も無いでしょ?

 んじゃさ、その相反する倫理って何?

 陰と陽、因と果、裏と表、光と陰、黒と白、生と死。

 こいつさぁ、さもおいらの相反するもの、鏡の虚像みたいに振舞ってるけどさぁ、鏡だと自ら名乗ってるけどさぁ、それっておかしいでしょ? わかるよね? ここまで言えば。ね?」


 つまり……、振り子のようにプラスがあればマイナスがある。

その点対称な虚像だと言うのか。


 此花サクヤは何も言わない。

ただ僕を、いや僕を通り越して桃太郎を見つめる。


 じゃあ僕はなんだって言うんだ。

僕のこの「人々を救いたい」という想いはなんだというんだ。



 僕の周りに氷柱、巨大な霜柱が立ち上がっていく。

この砂の一粒一粒は人々か、人々の魂か。そこに結晶化した「記憶」が天を目指して立ち上がっていく。

それを砕くように立ち向かう男、先ほどまで隣を歩いていた兵跡が見える。必死に抗う男。記憶、いや生涯、天命に抗い続ける男。

現実を乗り越えようともがく男。



 ……。此花サクヤ、お前はなんなんだ。


「桃太郎が言ったとおりですね。

 人偏に人屋根、人が人である為の一冊。

 うちは相反する存在。強大な桃太郎が生まれたが故に抑止力として生まれた相対。

 欠落した貴方にそれを与えるために今日まであった存在です。」


 じゃあ、じゃあ僕は何なんだ。


「ピンとこないかなぁ。

 おいらの逆が此花、此花の逆がおいら。」


「桃太郎の逆がうち、うちの逆が桃太郎。」


「つまりはさ。」


「つまりは。」


 僕が起点……、無か。




 鏡は鏡に在って其処に在らず

 其処に写したるは虚像

 実像を写し虚像をもって初めて其処に存在をみる

 

 実像に虚像在りきか

 虚像に実像在りきか

 

 実像と虚像の起点に在って無きもの

 実像と虚像在って無きものを認めるもの


 其処が桃源郷


 其処が無と呼ぶところ




 僕はなんだ。


 何もないのか。


「その決断は間違いではないでしょうか。」


 この期に及んで何が言いたい、サクヤ。


「無を認めた時点で、貴方は無として存在している。

 早い話が貴方は現世での起点です。

 桃太郎が言うように、元の存在意義は鬼を滅すること。ひいては鬼の根源たる人を滅すること。其処にこに至るのが、無に帰すのが父母の請願だったのでしょうか。

 うちはその真逆として誕生しました。

 この際、桃太郎が先かうちが先かは問題ではありません。

 幾度となく転生を続けて此処まで来ました。

 此のまま花が咲くことなかったとしても、また来世に託すでしょう。

 何度も何度も託すでしょう。請願が果たされるまで。

 これもまた、父母の願いなのです。人々を、全てを救いたいという想いは。」


 手を伸ばし話を中断させようとした桃太郎をサクヤが日傘で遮り、僕と二人だけの空間へと誘う。

日傘に包まれた世界で、僕はサクヤを正面に見据える。


「鬼を滅することだけを使命とし生まれたのが桃太郎であり、貴方です。

 ですが育んできたその想いは人々を救いたいという一点です。

 貴方は今その中心に、起点に、零に、無にいるのです。

 在って無いわけではありません。無いがあるのです。

 揺らぐでしょう。揺らぎでしょう。でもその揺らぎの中心を決めるのが貴方なのです。」




 桃源郷送り

 無に帰す力

 僕の内に無の世界へと誘い内包する力


 雨早川、荒渡、そして兵跡

 其の人生が、想いが、怒りも悲しみも絶望も、僕の中に在る


 失われた人々の想いも、鬼と化した者の想いも

 全てが僕の内へ、桃源郷へ


 無に帰すのとは違う

 僕の内に帰すのだ


 そこが桃源郷




「どのような花が咲くかは、咲かせてみなければわかりません。

 咲かせる前に摘み取ることが、果たして正しいのでしょうか。

 さぁご決断を。

 時は待ってはくれません。今生はまさに刹那のこの瞬間に在るのです。」


 わかってるよ。わかってる。

決断の時がもう来ていることは、わかっている。


 原初の桃太郎と、現世(うつしよ)の此花サクヤ。


 二人の間で僕は今生の決断を下す。

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