三人三様の花(裏)
漆黒の狼煙が立ち昇る。
おかしなものである。陽は落ち辺りは夜闇の中。まっこと漆黒であれば、その狼煙は見えようはずがない。確かに夜空を彩る大輪の花火がそこかしこを照らしている。だがそういう可視性のある光では、いや闇ではないのだ。その漆黒は。
その漆黒の狼煙が上がった周囲。人々が溢れかえる。
花火大会の会場中心であるそこは、身動きがとれぬほどの人、人、人。その熱気は夜風でが冷まされることはない。普通ならば。そう過去と同じならば。
そこに居るのが人ならば良い。それは「人」ではない。元「人」であった者たち。鬼と化し「人心ならざる者」と成った者たち。
「周囲から……、
人がいなくなりました。全て鬼です。」
雫ミスミが静かに呟く。
手にしている黒き鋼鉄の銃器。その確かな存在を確認するかのように、強く握りしめる。
「うん。
匂いが……、風が変わった。」
軒島ニコナは応える。
ゆっくりと、深く息を吐きながら体を沈める。足裏に大地を掴む。
ジャリっと振動が身体に伝わる。
二人の声に反応を示すことのなかった佐藤ウズシオの姿が揺らぎ、朧気となる。
その身が闇に溶けていく。
三人には漆黒の狼煙、その狼煙を上げる幌谷ビャクヤからの感情の奔流が流れ込んでいた。感情であるはずの「無」が流れ込んでいた。
それが彼の、幌谷ビャクヤの本意なのだろうか。いや、それが本意、意思であるはずがない。
私たちの知っている彼の本質なわけがない。
「無」を求めているわけがない。
その「無」という感情を理解しながらも、ややもするとその感情に流されそうになりながらも、彼女らは彼と異なる選択をした。
彼が絶望に身を割かれるのならば抗いを。
彼が絶望に身を委ねるならばその先へ。
彼が絶望となるならば救いを。
「ガウッ ゥゥゥゥゥゥウウウウルルルルルウッッ!!」
ニコナは襲い掛かってきた数体の鬼を蹴り退け、叫ぶ。
威圧、バインドボイス。その雄叫びは大地を揺らし轟き、周囲を黙らせる。
絶望への抗いを声に乗せる。
「おサル、あたしに合わせろ!」
「……、無理。」
どこから聞こえるのか。いや姿が見えなくても声は届いている。
ニコナの要請に対し、無感情に返ってきたウズシオの答え。
「んじゃあ、あたしの視野に入るなよ!
加減なんて出来ないからっ!」
魔猿があたしと共闘するはずがない。そんなの知ってた。
ただあたしは。
あたしの想うところに、想いのたけを、想うがまま突き進むだけ。
あたしはあたしの道を切り拓く。
そもそも姿が見えない魔猿にあたしだって合わせようがない。
視界に入る鬼ども全てに集中し、最適解を導き出す。本能がそれに応える。
「次元干渉・多重、八仙花!」
多重同時攻撃。
咲き乱れる花の如く、風に運ばれる花びらの如く。疾風となりニコナは次々に鬼の鬼門を貫いていった。
本能のあるがままに。
それは感情任せの稚拙な行為ではない。これまで培ってきたもの、愚直なまでに純粋に修練してきたもの、その全て。己の全てを花咲かせる。咲き誇る。
残像を纏ったように、同時展開される技の数々。次元を超えた武の華。
光強くなれば闇深くなるように、見えない闇が呼応するように動き出す。
気付くことなく、知ることなく、理解することなく。一つ、また一つと鬼が落ちていく。
音も、匂いも、痕跡も。何一つ残すことなく燈火を消していく。
「次元干渉・隠密……、
睡……蓮……」
言葉は消えゆく香りのように身を掠め、闇に同化していく。
希う望み絶たれるを絶望。
人は、光を知ってるが故に眠りを恐れ、覚めた時に光を望む。
希望を持たねば絶望は見えぬ。闇に在って希望を知らぬ。故に絶望を知らぬ。
ただ微睡み、闇に在った己が初めて見つけたこの色は何か。
この匂いは、この暖かみは、この柔らかさは何か。
無明であるからこそ知った光。
無音であるからこそ知った声。
無我であったからこそ知った暖かさ。
闇の底から咲いた空もまた闇。蓮の花が咲くのは闇夜。
微睡みの中にそれを見ること敵わず。
柳の葉が風で揺れるように鬼門は裂かれ、松の葉が地に落ちるように鬼門が貫かれていく。
振るわれた刃物に気付くことなく、知ることなく、理解することなく。
鬼が落ちていく。
佐藤ウズシオ。
闇を知っているからこそ、闇に生まれ生きたからこそ。
主を光の中へと留めるように、闇より手を差し伸べる。押し留める。
次元の間へと身を置きながら。
「まったく……」
雫ミスミは呟いた。
好き勝手やってくれる。犬も猿も好き勝手やってくれる。
やり方は違えど想いは同じ。生き様は違えど進む方向は同じ。ボクだって想いも進む方向も同じ。
いや、二人に後れを取っているつもりはない。勝れど劣らず。
ボクはボクに出来る事を、ボクの想いを貫くだけ。
鬼の総数を目算する。
そしてこの立地。中心地点であるとはいえ、ここは扇状に広がった中心、起点。
進むほどに鬼の数は増える。そして一度に相手にする数も範囲も大きくなっていく。
さらに言えば守るべき者、鬼化を解いた意識無き者も進むほどに増える。
ニコナは近距離戦特化。その手数と速度で対処できようか。
佐藤は近中距離。だが中距離を対処するためには手持ちのナイフに限りもあろう。回収も移動と同時に行っているようであるが。
ではボクは?
銃器中心のボクは遠距離では真価を発揮するが、当然に弾数に限りがある。実際のところ、全ての鬼を相手するだけの弾数は無い。
では二人の援護にまわるか?
否、あの二人に援護は必要ない。むしろ共闘向きではない。今は。
でもボクは、
ボクの戦い方はそれだけではない。
「次元干渉・先見、冬青。」
格闘術においては劣るだろう。ナイフ捌きにおいては劣るだろう。
だが出来ないわけじゃない。接近戦が出来ないわけじゃない。
銃器を併用しながらの戦闘技術は、遠・中・近の全てが攻撃範囲だ。
そこに高次元での予測計算。力の質、強さ、そして方向と軌道。その全てを把握し予測。いやこれは次元を超えた予知。現状で迎えるであろう未来の到達点がわかる。いくら鬼が多かろうと、把握したもの全てに対して。
それに合わせて最適、最速、最短で動くだけでいい。冷静に、的確に。
進んで広範囲になっても不利にはならない。数が増えても不利にはならない。
その時まで弾丸を温存すればいいだけだ。
三人三様の戦い方。それ即ち三人三様の生き方。
だが三人の想いは同じだった。行動は同じだった。目的は一致した。
彼が動けないのなら、この鬼にさせられた人々を救えないのなら、鬼から世を護れないのなら、あたしが、私が、ボクがやればいい!
今は絶望によって「無」に晒されている
今は絶望によって「無」を渇望している
今は絶望を「無」へ、全てを無に帰そうとしている
でも
彼は絶望に抗う、その先へ進める、人々を救う
ただ信じて
今は彼の代わりに闘うのが使命
それが彼との契り
彼の獣として、従として生きるということ
彼を信じ進むということ
今できる事を、今やるべきことを、今すぐに
彼を信じて
己を信じて
未来を信じて




