郭公が鳴く(裏)
ククーはボクと共にC6-M29より入る。別働だ。
…………、
人命救助、ついで鬼の殲滅だ。オーバー。』
『ククー隊、了解。』
雑音交じりの無線。他の部隊の返答を待って一拍置いてから短く応答した。
咥えていた電子タバコを腕のペン差しに入れる。
「絶世の美女捜索業務は終わりだ。狩りに出るぞ。」
「今日のトップは黒髪ロングのビジネスパンツの子だったな。」
「黒髪至上主義かよ、相変わらず見る目がねぇぜ。」
「うっせ、パッ金は見飽きてんだよ!」
「隊長、侵入パターンは?」
「知らん。現地合わせだ。
時機にフェゼントから連絡が来る。」
隊員の戯言交じりに届いた副隊の質問に返答し、車両に乗り込む。
間もなく陽が沈む。
傭兵稼業に見切りをつけ、日本に帰ってきて数日。毎日、怠惰な日常を眺めていた。
段ボールにケチャップをかけて作ったようなハンバーガーに齧りつき、カロリーだけを摂取する。ファーストフードの二階席の窓側中央。ハンバーガー以上に味気ない群集を眺めながら。
「先日、連絡したフェゼントです。」
「会うと返答はしなかったはずだが?」
声の主が他人のように隣の席に腰を下ろす。
視線を向けることなく窓の外を見つめ続けていた。ぼんやりと反射する窓ガラスを通じて隣に座った女を観察する。
そんなもん売ってたか? ミネラルウォーターのボトルをテーブルに置く。左手はボトル、右手は見えない。只の連絡係か。華奢、いや、子供だ。
視線が窓の反射越しに合う。
「人殺しに飽きたとか?
では人を殺すことは?」
「戦場ではみんな同じことを言う。殺しに来た奴を殺すだけだとな。
慈善事業には飽きあきしてしまってね。」
「平穏な日常が消えていきます。気が付かないうちに。
あなたの平穏な日常が無くなったように。」
「……、平穏はこれから探すんだよ。」
女がハンドバックを膝に乗せ中に手を入れる。自然を装うように女の側、右手でコーヒーのカップに手をかける。反射的に次の行動を予測する。
「銃器全般は扱えると伺っていますが、得意な獲物は?」
「得意なものなんて無ぇな。」
女が相応の重量感を持ったハンドガンをテーブルに置く。
おいおい、法治国家日本でそれを見える場所に出すか?
「ではこれをお使いください。ボクを撃てれば合格です。」
「合格も何も。
無ぇものは無ぇし、スカウトに応じる気も無ぇ。」
そう言いながらも興味本位でハンドガンを手に取る。
弾倉を開け、弾の装填を確認する。何だこりゃ? モデルガンか?
「対鬼用です。人に対する殺傷力はありません。
もっとも、ボクには当たりませんので心配はいりませんが。」
なんだ? 鬼? 当たらないというのは幽霊だとでも言うつもりか。
安い挑発に乗るつもりはないが、正式に断る口実にはなる。
虚をつくようにマガジンを戻しながら左手で構え、素早く銃口を女に向けた。
同時に女が立ち上がり、握手を求めるように右手を差し出す。
撃鉄を押さえられ引き金が制御される。そのまま捻じり銃を取り上げられ逆に銃口を向けられた。
面白れぇ、それと同じ芸当がこちらにできないとでも?
「当てることが出来ればあなたの意見を尊重します。 100%」
女が銃をくるりと回してグリップを向け、再び銃を差し出した。
つまり再チャレンジ。いやここまでの流れが説明の内か。
「オーケー、オーケー。
受けると決めたわけじゃないが話は聞こう。」
女からハンドガンを受け取り、ジャケットの背、腰に差し込み立ち上がった。
何処へ向かうつもりかは知らんが、当てればこっちの勝ちだ。
「それで?
鬼、とか言ったか。」
何の冗談だかわからなかったが、話に乗って質問する。聞き出せる情報は多い方が良い。
店の前に付けられていた車に乗り込んだ女に従い、助手席に乗り込む。
「人が、人に害をなす存在となったもののことです。」
ドアを閉めると同時に女がアクセルを踏んだ。
「ふん、
つまりは犯罪者狩りってことか。」
正義なんてものは、只のこちら側の意見だ。
そう言葉を続ける前に女が応える。
「存在そのものが変異しています。これは何百年、何千年単位より昔からあったことです。
そうは言っても、実際に見るまで信用しないでしょうが。」
「ほぅ。
そんな化け物がいたとしてだ。こんな玩具で倒せると?」
先程受け取ったハンドガンを取り出し弄び、銃口をフロントガラスの先、前方を走る車に照準を合わせる。
女は運転に集中していた。だが銃口を向けるほどの隙は存在していなかった。
「銃器の性能。飛距離などは現存の銃器を下回るかもしれません。
一般的な銃器のレベルに弾丸が耐えられませんので。
ですが通常の銃器では鬼は倒せません。」
「意味が解らんな。」
所詮は人だろ? そう想像する。
「昔は……、今もですが。
鬼狩りは刀が主流です。ですがそれのお陰で遠距離からの対応も可能になりました。」
女が僅かに俺が手にしていたハンドガンを見る。
「刀ね。
刀で殺れるんだったら、普通の銃器でなんで無理なんだよ。」
「殺傷能力が劣るからです。
刀は直に魂を込められますが、放たれた銃弾は我々の魂から離れる。」
「それは確かかもな。」
言っている意味は全く理解できなかったが、銃弾が自分から離れていく喪失感は理解できる気がした。
「そんな化け物だったらランチャーでもぶちかませばいいだろう。」
「他への被害は最小限に、そして確実性を我々は求めていますから。」
「つまり確実に、離れた魂をハートに届かせる、ってか?」
それから先、着いた先で同じような説明を受け、初戦で実際に鬼を相手にするまでは半信半疑のままだった。勿論、今は鬼の存在を理解している。
これがフェゼント、元隊長との最初の出会いだ。
自分の他、集められた一個隊で模擬演習を行ったことがある。寄せ集めの部隊だとはいえ、それなりの経験を持ったレベルの一個隊だ。こちらの呼びかけに応じた旧友、同じように傭兵稼業をしていた信頼のおける野郎共も混じる。人に使われることに慣れ、それでいて人に使われたくない跳ねっかえりばかりの集団。
対スナイパー戦、スナイパー役はフェゼントただ一人。自分の娘ぐらいのやつがここの隊長? 俄然、部隊の連中は色めきだった。豆を打ち出す玩具でサバイバルゲームとはね。
力で示すこと。信頼は力以外にないということか。
馬鹿にしつつもこちらはそれで飯を食ってきた身。命を預ける以上は本気で挑んだ。しかし結果は全滅。ただの一発もフェゼントに当てることはできなかった。
『フェゼントよりククー。
到着まであと何分だ。』
『ククーよりフェゼント。4分後には突入を開始できる。』
『了解。先行する、オーバー。』
「やれやれ、うちのお姫様はエスコートも待っちゃくれねぇ。」
「ばーか、エスコートは王子様の務めなんだよ!
お前の面じゃ鬼も逃げ出すぜ!」
「言えてらぁ、美人の鬼が来たらお前に譲ってやるよ!」
「バカ野郎ども。
雉に全てを獲られる前に啄むぞ。」
ククー隊は少数精鋭の強襲部隊だ。
他の隊が包囲、防衛を務めている間に、敵陣中央へ強襲し要を炙り出す。
フェゼントがいた頃は啄木鳥隊という名だった。つまり敵陣を突き、要の鬼を引きずり出すのが役目。勿論、出てきた虫をそのまま啄むことの方が多いわけだが。
フェゼントが抜け、自分が隊長になる時にククー隊に名前を変えた。
「カッコウは托卵する鳥だそうです。
残していく者を振り返らず飛び去る。ボクに対する皮肉でしょうか。」
「ばーか。お前に産み落とされたわけじゃねぇ。子も産んでいねぇくせに。」
「子を産んでいないのはあなたも同じでしょう。」
「どうかな。残してきた者なんて、とっくの昔に忘れたね。
ただ、鳴くだけさ。」
部隊の名、自分の名は、声が聞こえるのに姿を見たことが無かったから郭公にしただけだ。
姿を見せず、銃声だけ響かせ獲物をしとめる。それがこの隊の務めだ。
あの時のハンドガンを抜き、前方の車両に照準を合わせる。
つまり未だにフェゼントに一発も当てることが出来ていない。お陰で、未だにこちらの意見が尊重されることが無い、というわけだ。




