フク懐石(舞台裏)
File#Y0714
雫ミスミ:Age20
特記:取得言語、多数
経歴:公立中学校卒業後、花咲八千代学院高等科へ特待生枠で編入
在学中に山柴義塾に入所、基礎課程の全てを修了
最終学歴、花咲八千代学院高等科
山柴電器に入社 渉外部第2秘書課
W&C日本支社に入社 第6製品企画部
以降、W&Cロサンゼルス支社、イタリア支社、エクアドル支社を経て
現在、W&C日本支社 渉外部第2秘書課に所属
千条はタブレットに映し出されたファイルを確認した後、その奥にアクセスするために認証コードを入力する。
File#Y0714-18
雫ミスミ:Age20
特記:雉
銃器全般の使用が可能、特に狙撃銃の命中精度は極めて高い
その他、弓、ボウガン、コンバットナイフの使用及び徒手の心得あり
取得言語、多数
経歴:公立中学校卒業後、花咲八千代学院高等科へ特待生で編入
在学中に山柴義塾に入所
対鬼基礎課程、銃器課程の全てを修了
最終学歴、花咲八千代学院高等科
山柴電器に入社 渉外部第2秘書課
・北海道支部旭川支局に支援:討伐数4
・広島支部 掃討作戦に参加:討伐数11
……
先程のファイルに戦歴が加筆され展開していく。
:W&Cロサンゼルス支社に所属
・SWATに出向
W&Cイタリア支社に所属
・中東紛争地域を転戦
W&Cエクアドル支社に所属
・山柴財団特科養成所にて最終課程を修了
W&C日本支社 渉外部第2秘書課に所属
・幌谷ビャクヤと接触
……
千条は一通り目を通しタブレットを閉じた。そして一息背伸びをして書類の束に向かう。
その姿は、言い訳のような気分転換に終止符を打ち、宿題を再開し始める小学生のようだった。
事実、千条は花咲八千代学院初等科(小学校に相当)の制服に身を包んでいる。
ただしその書類の束は会社の稟議書ではあるのだが。
「渉外部第2秘書課なんてものは、作った覚えがないんだけどね。」
書類から目を離さず、まるで独り言のように千条は呟いた。
「組織変更の時に残しておいてくれって、頼んだじゃないか。」
そう答えたのは千条の向かい側に座る、彼女とは随分と対照的な初老の男だ。
彼の為に仕立て上げられたような落ち着いたグレーのスーツを、端正に着こなしている。同じくあつらえたのであろうか、スーツと同じ上質な生地で作られた中折れハットを、ゆったりと膝の上に抱えている。
少女を見るその視線はまるで、孫娘を見るかのように柔らかい。
「給与だとかね、庶務の連中が困るんだよ。所属がなあなあだとね。」
「別に給与はいらないだろ? 経費処理で十分じゃないか。」
「給与を貰う、税金を払う。それで身分を買うんだよ、この国はね。
会社も個人も同じさ。」
千条は目線を鋭く上げると初老の男にそう言い切り、また書類の束へと視線を戻す。
「随分な入れ込みようじゃないか、雉に。」
「素直で純粋で、いい子だと思うがね。
おや、焼きもちを焼いてくれるのかな?」
初老の男は窓の外へと視線を移す。その表情にはからかうような、楽し気な雰囲気が漂っていた。
一見すると上質な執務室のようだが、二人がいるこの空間は1台のリムジンの車内だ。
外界から切り取られたその空間は、移動するオフィス。千条が自身のために作った、言わば「移動する牙城」だ。
「どっちに焼く話なのかわからないね。」
「私に対する愛情の確認に決まってるじゃないか。」
「それがジジイが言うセリフかね?
それにね、あの子は私のことは好きじゃないだろうさ。
昔からね、あの子とは雇用主と従業員の関係だよ。」
「そんなに突っ慳貪にすることないだろうに。」
「特別ケチな振舞いをしてるつもりはないよ。
それこそ、なあなあに出来ることじゃないんだよ。」
千条は深くため息をつくと書類の束に見切りをつけ傍らに放り、椅子の背もたれに身を預けた。
その様子をちらりと見やった初老の男が、顔を窓から千条へと移す。
「で、どうなんだい。今回の桃太郎は。」
「なかなか面白い子じゃないかな。」
「面白いかどうかで鬼が倒せたら苦労しないんだけどね。」
初老の男は中折れハットを持ち直し、柔らかい微笑でその応えに返す。
「サクヤ君は来ているのだろう?」
「彼女の行動は私らがどうのこうの出来る範疇じゃないね。
一個小隊は事後処理に向けて配置済みだよ。とはいえ、中鬼の討伐は諦めた方がいいだろうね。」
「山柴の者にも声はかけてある。
事が納められれば、今回は良しとしてやろうじゃないか。」
そう言うと初老の男は目深に中折れハットを被った。
「さて、そろそろお暇するとしよう。
この後、予定があるものだからね。」
「隠居生活を楽しんでいるようじゃないか。」
「そうとも限らんよ。
次期首相候補が一席設けたいと言ってきてね。フク懐石だ、そうだ。
山の男に海の幸を振る舞いたいとは、なかなか洒落の利いた男のようだね。」
「山口のあの男かい? いいじゃないか、扱いやすそうだしね。
せいぜい楽しんできたらいい。その耄碌した舌でね。」
「お子ちゃまの舌にはわからん味を堪能してくるとしよう。」
自虐的ともとれる笑顔で千条は車外へと出る初老の男を見送った。
初老の男は、旧知の友と出会った後に浮かべる「次の再会を」といった感で片手を挙げて応え、別れを告げた。
「さて、
道化は役を演じ切り、巡り目紛るしく、舞台は幾彼方。
桃太郎君、あがいて見せてくれ。」
そう呟き、初老の男は半壊し崩れゆく廃病院から立ち上る、漆黒の光を見上げた。




