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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏の裏
57/81

フク懐石(舞台裏)

File#Y0714

雫ミスミ:Age20

特記:取得言語、多数

経歴:公立中学校卒業後、花咲八千代学院高等科へ特待生枠で編入

   在学中に山柴義塾に入所、基礎課程の全てを修了

   最終学歴、花咲八千代学院高等科

   山柴電器に入社 渉外部第2秘書課

   W&C日本支社に入社 第6製品企画部

   以降、W&Cロサンゼルス支社、イタリア支社、エクアドル支社を経て

   現在、W&C日本支社 渉外部第2秘書課に所属


 千条はタブレットに映し出されたファイルを確認した後、その奥にアクセスするために認証コードを入力する。


File#Y0714-18

雫ミスミ:Age20

特記:雉

   銃器全般の使用が可能、特に狙撃銃の命中精度は極めて高い

   その他、弓、ボウガン、コンバットナイフの使用及び徒手の心得あり

   取得言語、多数

経歴:公立中学校卒業後、花咲八千代学院高等科へ特待生で編入

   在学中に山柴義塾に入所

   対鬼基礎課程、銃器課程の全てを修了

   最終学歴、花咲八千代学院高等科

   山柴電器に入社 渉外部第2秘書課

   ・北海道支部旭川支局に支援:討伐数4

   ・広島支部 掃討作戦に参加:討伐数11

    ……


 先程のファイルに戦歴が加筆され展開していく。


  :W&Cロサンゼルス支社に所属

   ・SWATに出向

   W&Cイタリア支社に所属

   ・中東紛争地域を転戦

   W&Cエクアドル支社に所属

   ・山柴財団特科養成所にて最終課程を修了

   W&C日本支社 渉外部第2秘書課に所属

   ・幌谷ビャクヤと接触

    ……

    

 千条は一通り目を通しタブレットを閉じた。そして一息背伸びをして書類の束に向かう。

その姿は、言い訳のような気分転換に終止符を打ち、宿題を再開し始める小学生のようだった。

事実、千条は花咲八千代学院初等科(小学校に相当)の制服に身を包んでいる。

ただしその書類の束は会社の稟議書ではあるのだが。



「渉外部第2秘書課なんてものは、作った覚えがないんだけどね。」


 書類から目を離さず、まるで独り言のように千条は呟いた。


「組織変更の時に残しておいてくれって、頼んだじゃないか。」


 そう答えたのは千条の向かい側に座る、彼女とは随分と対照的な初老の男だ。

彼の為に仕立て上げられたような落ち着いたグレーのスーツを、端正に着こなしている。同じくあつらえたのであろうか、スーツと同じ上質な生地で作られた中折れハットを、ゆったりと膝の上に抱えている。

少女を見るその視線はまるで、孫娘を見るかのように柔らかい。


「給与だとかね、庶務の連中が困るんだよ。所属がなあなあだとね。」


「別に給与はいらないだろ? 経費処理で十分じゃないか。」


「給与を貰う、税金を払う。それで身分を買うんだよ、この国はね。

 会社も個人も同じさ。」


 千条は目線を鋭く上げると初老の男にそう言い切り、また書類の束へと視線を戻す。



「随分な入れ込みようじゃないか、雉に。」


「素直で純粋で、いい子だと思うがね。

 おや、焼きもちを焼いてくれるのかな?」


 初老の男は窓の外へと視線を移す。その表情にはからかうような、楽し気な雰囲気が漂っていた。

一見すると上質な執務室のようだが、二人がいるこの空間は1台のリムジンの車内だ。

外界から切り取られたその空間は、移動するオフィス。千条が自身のために作った、言わば「移動する牙城」だ。


「どっちに焼く話なのかわからないね。」


「私に対する愛情の確認に決まってるじゃないか。」


「それが()()()が言うセリフかね?

 それにね、あの子は私のことは好きじゃないだろうさ。

 昔からね、あの子とは雇用主と従業員の関係だよ。」


「そんなに突っ慳貪(つっけんどん)にすることないだろうに。」


「特別ケチな振舞いをしてるつもりはないよ。

 それこそ、なあなあに出来ることじゃないんだよ。」



 千条は深くため息をつくと書類の束に見切りをつけ傍らに放り、椅子の背もたれに身を預けた。

その様子をちらりと見やった初老の男が、顔を窓から千条へと移す。


「で、どうなんだい。今回の桃太郎は。」


「なかなか面白い子じゃないかな。」


「面白いかどうかで鬼が倒せたら苦労しないんだけどね。」


 初老の男は中折れハットを持ち直し、柔らかい微笑でその応えに返す。


「サクヤ君は来ているのだろう?」


「彼女の行動は私らがどうのこうの出来る範疇じゃないね。

 一個小隊は事後処理に向けて配置済みだよ。とはいえ、中鬼の討伐は諦めた方がいいだろうね。」


「山柴の者にも声はかけてある。

 事が納められれば、今回は良しとしてやろうじゃないか。」


 そう言うと初老の男は目深に中折れハットを被った。



「さて、そろそろお暇するとしよう。

 この後、予定があるものだからね。」


「隠居生活を楽しんでいるようじゃないか。」


「そうとも限らんよ。

 次期首相候補が一席設けたいと言ってきてね。フク懐石だ、そうだ。

 山の男に海の幸を振る舞いたいとは、なかなか洒落の利いた男のようだね。」


「山口のあの男かい? いいじゃないか、扱いやすそうだしね。

 せいぜい楽しんできたらいい。その耄碌(もうろく)した舌でね。」


「お子ちゃまの舌にはわからん味を堪能してくるとしよう。」


 自虐的ともとれる笑顔で千条は車外へと出る初老の男を見送った。

初老の男は、旧知の友と出会った後に浮かべる「次の再会を」といった感で片手を挙げて応え、別れを告げた。




「さて、

 道化は役を演じ切り、巡り目紛(めまぐ)るしく、舞台は幾彼方。

 桃太郎君、あがいて見せてくれ。」


 そう呟き、初老の男は半壊し崩れゆく廃病院から立ち上る、漆黒の光を見上げた。

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