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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏の裏
56/81

夕焼けの空(舞台袖)

 サクヤが日傘をたたみ、停車していた純白のリムジンに躊躇することなく、まるで自宅の玄関を開けるかのように乗り込んだ。


「お疲れさん。どうだった?」


 車内にいた千条は、相変わらず書類の束に目をやりながら、一応の労いの言葉をかける。


「どうもこうも。「濁っている」としか表現のしようがありませんね。」


「濁っている、ね。

 若さ故、といったところか。」


「若さ、で片付けられれば、そんな楽な言葉はありませんけど。」


 純白のリムジンが静かに走り出す。夕日に染まったそれは、淡い赤ともオレンジとも言えない光を反射する。


「ま、そう言ってやるなよ。」


 その車中にあって、夕日の光を帯ながら千条は小さく笑った。




 軒島ニコナの横を白いリムジンが走り去る。ニコナは川辺に反射する夕日の赤を見ながら歩く。


 戦いの最中、意識を失うなど初めてのことだった。それは「死」と同じことだ。

ニコナはそんなことを考えながら、唇をきつく結ぶ。

生まれて初めて「死」というもの、自分の死というものを意識した気がする。


 ニコナにとって「生きること」と「戦うこと」、「生きること」と「強くなること」は同義だ。その考えは今だって変わらない。

でも…

ニコナの中に、何か別の答えが芽生え始める。

ただそれが何なのか、今はまだわからなかった。


 ニコナは対岸を飛ぶ、数羽のカラスを見上げた。




 カラスが巣へと帰るのか、無言で飛び去る下で雫ミスミは無言の電話をイヤフォンで聞きながら、周囲を見渡す。


 目下、不審な点は見当たらない。

いや、崩壊した橋がある風景は、すでに不審な状況と言えるのかもしれない。


 だがそれを当たり前に、日常的な感覚で「それ以外の何か」を探すように周囲を警戒する。


 無言の電話が途切れる。

自身と繋ぐ「何か」が途切れたような気がして寂しさを覚える。


 ふと、自分の立っている場所を見る。

自分が現実に立っている位置と、自分が思い描いている立ち位置の差異について、想いが通り過ぎる。


 ミスミは小さく首を横に振り、その想いをやり過ごす。

その傍を「…帰る。」という言葉が通り過ぎた。




 佐藤ウズシオは一言発した後、周囲の警戒を途切れさせない女の横を通り過ぎる。


 彼女の名前は「佐藤ウズシオ」ではない。本名は本人すらわかってはいない。

だが、今は少なくともその名前だ。


 ウズシオは無表情で崩壊した橋下を立ち去る。

崩壊した橋は、その凄惨さを物語っていたものの、今はその残骸だけを残して、先程までの喧騒を感じさせることはない。


 その「凄惨さ」とは相容れぬ姿のウズシオ。まるでコスプレ会場にいるネコを模したキャラクターのような出で立ちだ。

だが、そこには愛らしさのようなものが、本人の無表情さがそうさせるのか、はたまた「崩壊した橋」という背景がそうさせるのか、まるで切り取って貼り付けた絵のように浮いている。


 やにわに吹いた一陣の風が、ウズシオが身につけている尻尾を揺らした。




 崩壊した橋に片膝立ちになる少年の頬を、一陣の風が撫でる。


「チッ。いけすかねぇ…。」


 誰に言うとなく少年は静かにそう呟く。

改めて河原に転がる鬼の遺体を見渡す。

所々から瘴気が、消え入りそうな狼煙のように立ち上る。


「まったくもって、いけすかねぇ。」


 少年は再度そう呟くと、腰を下ろした体制からそのまま後方へと高く宙返りし、壊れた車の間を縫って通りへと向かう。

肩に担いだ白木の木刀が夕焼け色に染まる。


 急に通りを横断する少年に、黒塗りのワゴン車が急停止したが、木刀を僅かに傾げたものの、少年は意に返さぬかのように、視線をやることなく通り過ぎる。




「…ッ!」


 漆黒の光を纏った重みのあるステーションワゴンが、急停止に揺れる。

運転席の男が文句を言いかけたが、どうにか飲み込んだ。


「どうしたぁ、島。」


「すみません。

 なんでも…、いえ、若頭(かしら)

 橋が事故か工事か、通れないようです。」


「あぁ。」


 後部座に座る壇之浦が低く、短く応える。

壇之浦は手の中で、10円玉を器用に弾きながら思案に耽る。


「島、定例会に間に合わせろ。」


「間違いなく。」


 島と呼ばれた男は大きくハンドルを切り、アクセルを踏みつけた。

走り抜ける漆黒の車の窓に、老紳士の姿が一瞬写る。




「なかなか悪くない。及第点はクリアといったところかな。」


 品の良いスーツに、同じ布地で仕立て上げられた中折れハットを身につけた老紳士が、夕焼けに染まった河原を見下ろしながら一言発する。


 その瞳は慈愛とも興味深さとも、あるいは感懐に耽るとも取れる輝きがあった。夕日を宿したかのように朱く光る。


 その瞳に写っているのは、先程までの戦いなのだろうか。

満足気に頷くと、ゆっくりとした動作で河原に背を向け歩き出す。


「さて鬼ども、次は何を仕掛けてくるか…。」


 老紳士は中折れハットを被り直し、夕焼けに染まった空を後にした。

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