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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏の裏
55/81

煮豆(幕間)

 純白のリムジンが静かに走っていく。夏の強い日差しがそのリムジンのボディを一際、輝かせている。その姿は真夏の洋上を進んでいく、一隻のクルーザーを思わせる。

街を占める喧騒や、この夏の日差しは車内に届いてはいない。外の世界と隔離された車内には、耳障りにならない程度にクラシック音楽が静かに流れ、空調は快適な室温を保っていた。

車内の調度品の類は、外観のグレードの高さに比べると質素ではあったが、ソファの座り心地の良さは見て取れる。そこはまるで、品の良いオフィスの一室を切り取り、そのまま据え置いたかのようだった。


 その車内に一人の少女が座っている。少女は制服に身を包んでいたが、皺は一つとなく、まるでおろし立てのスーツかのように端正に着こなしていた。

制服。それはとある名門校、初等から高等、さらには大学までの一貫教育で有名な、「超」がつくほどの名門校の制服である。少女の襟元には初等科、つまり一般的にいう小学校に当たる標章が付けられていた。

しかし、その座っている少女からは、すでに成熟した大人の女性のような雰囲気が漂っている。勿論、見た目は年相応に小学生なのだが、これを貫禄、家柄、持前の素養とでもいうべきなのだろうか。

そしてその雰囲気に違わず、少女はいくつもの報告書や稟議書に目を通し、決済の判を押し、あるいは赤で修正や差し戻しのコメントを入れていた。

強いていうならば小学生らしいのは唯一、その赤入れを「赤いクーピー」で行なっていることぐらいだろうか。


 決済等を終えた書類の束が、少女の傍に半分程度に積み重なった頃、純白のリムジンが一つの大きなデザイナーズビルに横付けされ停車する。助手席から黒いスーツに身を包んだ白人の男が降り、以後、微動だにせずその場に佇む。その白人の男はスーツの上からでもわかるほどの筋肉質な体つきであり、それが異様な威圧感を漂わせてはいたが、至って物静かに時が過ぎるのを待っていた。

15分程度の時間が経過した頃、そのデザイナーズビルから一人の日傘をさした女性が出てくる。白人の男は彼女をエスコートし、リムジンのドアを開けて車内へと乗せた。



「今日は日差しが強いです。」


 車内のソファに腰を下ろして早々、その日傘の女性は無表情にそう呟く。その女性も少女と同じ名門校の制服であったが、標章は高等科のものが付けられていた。


「うん。お疲れさん。」


「千条様、明日は休みます。」


「わかった。無理はしなくていい、サクヤ。」


 千条と呼ばれた少女は、書類から目を挙げずに応える。

純白のリムジンが、まるで車内の二人に気を使うかのように音も立てずに走り始める。

しばらく二人は無言であったが、やがて千条は目を通していた書類の束に限りを付けて、顔をあげた。



「さて。」


 そう切り出した千条は、今まで見てきた書類の束とは別のもの、青い紙ファイルに綴じられた報告書を、向かい側に座っているサクヤに手渡す。

サクヤは無言で受け取り、ざっと目を通した。そして再度最初から一つ一つ丁寧に目を通し始め、深いため息をつく。


「…今回の桃太郎は、一段と腑抜けです。」


「ふふ、そう言ってやるな。」


「その上、情緒不安定です。」


 サクヤは無感情にそう言ったが、千条は少女ながらもどこか母性のような、優しい笑いを浮かべた。



「このスーツの男、中鬼ですか。向こうから仕掛けてきましたか。」


「その蛙水とか言う男か。桃太郎達にはちと荷が重かろうよ。」


「これ以上、仕事は増やしたくはないのですけれどね。」


「ま、その時は頼むよ。」


「非戦闘員だってことはお忘れなく。」


「それを承知の上での頼み事だよ。」


 千条はそう返すと車外の風景へと目をやった。次々と流れてゆくビル群は、時の流れの速さを象徴しているかのようだった。ふとその流れるビルの一つを留めるかのように、指を窓にそっと押し当てる。当然、ビルはそこに留まることなく流れ、視界の彼方へと消えていく。



「煮豆、食べるか?」


「煮豆ですか?」


「大量に仕入れたんだが、形が悪くてはじかれたものさ。

 とはいえ味が劣るわけじゃないしな。煮豆にしてみたよ。」


 千条は車内に設置された冷蔵庫からタッパを取り出し、サクヤに差し出す。


「当分の課題は豆の販路確保ですか。」


 サクヤは味見しながら答える。


「あいにく、そういう販路はうちにはないからな。どっかの豆業者買収したいぐらいだ。」


 千条はジェスチャーで「やれやれ」といった感を表現する。


「美味しいですけどね。おふくろの味って感じで。」


「売ってくれる?」


「嫌ですけどね。」


「キャラじゃないか。」


 千条は再度、ジェスチャーで「やれやれ」といった感を表現した。

一呼吸置いたのち、傍らの木箱から新たな赤いクーピーを取り出し、残りの書類の束をチェックし始める。



「イチモンジさんは「受け渡しの儀」を行なったのでしょうか。」


 サクヤは食べる手を休めず、話題を戻す。


「おそらくな。せっかちなジジイだ。」


「ということは。」


「ああ、これからが本番ってことさ。」

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