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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏壇之浦
49/81

夜風に漂うリボンと紫煙(裏)

(あー、忘れてた。すっかり忘れてた。

 つか、ガキとのいざこざぐらい納めとけっつうの!)


 田村が顔をしかめ、被っていたハンチング帽を被りなおす。

半ばあきらめて、恨めしそうにその「野次馬」の人だかりに目を向けた。


「揉め事か。」


「すんません、若頭(社長)。射的場で目玉落ちたらしくて…

 今すぐ納めますんで。」


「ほぉう。

 まぁ、祭りに喧嘩は付きもの、ってな。」


 男はその原因よりも物怖じしないその声に興味を持ち、田村が動くよりも先に歩く。


(まいったなこりゃ)


 田村はしぶしぶ男の後ろにつき従った。

後ろからとはいえ、田村は男が歩きやすいように障害となる人ごみを手で押しのけ、道を開く。



「だからさぁ。インチキだって言うけど、落ちないようにしてるんだったらそっちがイカサマじゃん。」


「そうじゃねぇって! だから簡単に落とされねぇようにしてんだよ! 大賞わっ!」


「でもちゃんと落ちたけど?」


 物怖じしないその声の主、黄色い花柄の浴衣を着た小柄な少女が、怒鳴る男を煽るように攻め立てる。

男は二人に近づくと、怒鳴る男を手で制してその少女と向き合った。


「威勢がいいねぇ、お嬢ちゃん。」


「あんた誰? …責任者?」


 黄色い花柄の少女は先程までのクールさを保ちながらも、男のただならぬ気配に緊張を高め、密かに闘気を纏う。

友達だろうか、その少女の後ろに「大賞」の大きな猫のぬいぐるみを持った子と、緊張した面持ちの背の高い子が寄り添うように立った。


(なかなか肚の座った子じゃねぇか


 ん? この子は…


 ははっ、そうか!

 どっかで見た顔だと思ったら息子(ビャクヤ)のツレか。


 なるほどねぇ、どうりで。)



 男は一人合点がいくと、明るい声で少女の質問に答えた。


「責任者ってほど偉いおじさんじゃねぇよ。

 んま、争いを納める係員かな?」


 そう言って男は出店の飾り付けにあったリボンを取り、田村を見ずに言葉を続ける。


「田村、マジック。」


「はい。

(マジック? 手品じゃねぇよな…)

 おい、マジック!」


「え? あ、はい…」


 急に話しを振られた、先ほどまで怒鳴っていた店の男は、慌てて店の奥から油性ペンを取ってきて田村に渡した。

田村は油性ペンを受け取ると「若頭、どうぞ!」という言葉を飲み込み、すぐさま無言で男に差し出す。


 少女は警戒を解かず、その様子を怪訝そうに見つめた。

男がリボンに字を書き始め、言葉をつなぐ。


「そんなわけでその覇気、納めちゃくんねぇかなぁ。

 震えて字が書けねぇよ、っと。」


「……。」


「はい、ちょいとごめんよ。」


 男が振り返り、ぬいぐるみへと緩やかに歩み寄る。

少女は警戒を解いてはいなかった。油断もしていなかった。だが、男の表面上からは悟ることの出来ぬ隙の無さに、咄嗟に動くことが出来なかった。


『大賞おめでとう! 射的場でゲット!

 夏祭り実行委員会 最高責任者 田村』


と、大きく書かれたリボンが付けられる。


(いつのまにか俺が「最高責任者」に!)



「これで手打ち、つうことでな。」


「…インチキの片棒かよ。」


 体のいい「宣伝」に使われると悟った少女が、不満を乗せて静かに呟く。


「お互い様ってことだよ。

 もう一人の、射的の上手い嬢ちゃんにもよろしくな。」


 男は微笑むとすぐに背を向け射的場の台に油性ペンを置き、ポケットから取り出した10円玉を器用に空中へとはじく。

キラキラと輝く軌道が頂点に達し、重力に逆らえず落ちてくるのを男は「パシッ」と取り、油性ペンの横に置いた。

田村はいち早くその一連の行為に勘づき、集まっている野次馬へと声高らかに呼びかける。


「さあさあ紳士淑女、お嬢ちゃんにお坊ちゃん! 浴衣の綺麗なそこのお姉さん!

あぁ、一目惚れしてしまいそうだねその魅力!

おおっとそれはさておき、ただ今この射的場から大賞の大きなぬいぐるみが落ちましたぁ!

お見事キュートなお嬢ちゃん! 拍手喝采だ!」


 そこで田村は大きな拍手で一同の視線を、さらに通りを歩く人々を巻き込み、自分の方へと向けさせる。


「腕に自信のある方ない方も、一度は賭けてみたいこのコルクの玉に!

命を乗せたその一撃に! ドカンとお見舞いしてやりましょう!


大賞は今すぐそこの、いかついおっさんが用意しますんで、暫しのお待ちを!

いやいや手頃な副賞、魅力的な副賞まだまだ盛りだくさん!

ささっ、どなた様も1発2発どんどん当てておくんなましぃ!!」


 野次馬がその口上につられて射的場へと群がる。

田村はその隙に、財布から無造作に取り出した何枚かの一万円札を店の男に渡す。


若頭(社長)からのご祝儀だ。これで今すぐ大賞の代わり買ってこい。

 今度はもう少し重たいやつな!」


 田村はそう言い残すと、先に歩いた男を追いかける。



「田村。」


「はい…、

 すみません若頭(社長)。」


「さっきの口上、ちょっと古臭いな。」


「そんなこと、言わんでくださいよー!

 これでも頑張ったほうだと思いますよ!」


 男は満足げに田村へと柔らかな視線を向ける。


「これだから祭りはやめらんねぇ。」


 先程までの人だかりは、もはや二人の行方に興味を持つことはなかった。

射撃場からの明るい声を背に、二人は雑踏の中へと溶け込んでいく。



 日常の怒りも哀しみも、喜びも憂いもごちゃ混ぜとなり、活気という高揚感に満たされている人々。祭り独特の熱気に、男は満足気に目を細める。


 信頼ある情報筋、男が魔女と呼ぶ「組織」から、今夜起こりくる騒動に気をつけるよう言われていたが、どうやら大っぴらに警戒することはなさそうだ。


「ま、安心したし、そろそろ帰るわ。

 田村、若いのを5、6人回しとく。()()()あったら表通りの方から堅気衆を逃せ。裏手の境内の方には行かせるな。」


 いつになく男の具体的な指示に田村はただならぬものを感じたが、それには言及することなく返答した。それを気にすることは自分の仕事ではない。


「はい、わかりました。」


「お前も()()には近づくな。これ以上いい面になったら終いなんだろ?」


 男は不安の陰が見える田村に、冗談交じりで指示を重ねた。

男と田村は縁日から離れ、店の裏手の方へと向かう。その道すがらも職人衆からの会釈に、男は笑顔で応える。



「佐藤の嬢のところには、寄らんですか?」


「ああ。俺みたいなのがあんまり顔を出し過ぎるのもな。

 裏稼業から足洗わせてぇんだよ、嬢には。」


 男の親心のようなものだろうか。だが嬢はどっぷりとこっちの世界に浸かっている。嬢、本人にしても難しい問題だと田村は思った。


「じゃあな、田村。あとは上手いことやれ。

 ここまででいい。」


「はい。任されました。」


 田村は男が立ち去るまで頭を下げ続けた。




 人気(ひとけ)の無い道を男は静かに歩く。通りの街灯の明かりが近づく。


「身内を魔女に売ってんだ。俺もろくな死に方はしねぇな。」


 男は一人、誰に言うとなく静かに呟き、煙草に火を付けた。


 紫煙が夜空に消えていった。

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