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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏壇之浦
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嫌な予感に瞬く星の夜空(裏)

 祭りの賑やかな縁日の道を避け、裏手の暗がりをハンチングの男が足早に進んでいた。

祭りの明かりが仄かに届いているとはいえ、よほど夜道に慣れていないと足元を取られかねない。だがハンチングの男はスマホを片耳にあてながら早口で話し続け、軽快に歩き続けていた。


「あぁ、うんわかった。

 わかっちゃいるけど、ちとタイミングが悪ぃなぁ。若頭(社長)が来んだよ、今日は。

なるべく早く行くけど、上手いこと納めらんねぇかなぁ。」


 軽やかに鉄柵を飛び越え着地音をころした動きは、見た目の陽気な服装に反してハンチングの男が只者ではないことが伺われる。

電話の向こう側から「いくら子供とはいえ、目玉を落とされたんじゃたまったもんじゃねぇや。落ちるはずがねぇ目玉がですぜ? 田村さん!」という声が漏れ聞こえる。

ハンチングの男、田村は一旦スマホを耳から離しその大声に眉をしかめた。


「あいあい、わかったわかった。また掛け直すから!

 つか、あとでそっちに行っから!」


 そう言って田村は、なおも話し続ける相手を無視し、電話を切った。



「なーんだか今夜は嫌な予感しかしねぇなぁ。

 あー、酒かっくらって女抱いて寝てぇ。」


 そう独り言を呟いた田村だったが、歩む速度が落ちることはない。そしてその表情はちょっとした緊張感が保たれていた。



 縁日の裏手の通りにちょうど止まった黒塗りのワゴン車を見て、田村は駆け出し急ぎ足になる。

その横に到着すると、田村は姿勢を正して待ち構えた。

ワゴン車のサイドのスライドドアが開き、一人の男が降りる。


「お疲れ様す!」


「おう。」


 ドアが開くと同時に田村は深々と腰を折り、男を迎える。

降り立った男は田村に一瞥したが、すぐに車を運転していた男に顔を向けて声をかけた。


「島、ちょっと遊んでこい。電話する。」


 その間も田村は、腰を折ったままで動かずに待つ。



「悪いな、田村。どうだ、祭りは。」


「特に問題はなく。」


 一瞬、先程の電話の内容が頭をよぎった田村だったが、腰を折ったまま間髪入れずに返答した。

そしてゆっくりと姿勢を戻し、さらに言葉を続ける。



「盃、おめでとうございます、若頭(かしら)。」


 男は田村の微妙な表情に勘づき、苦笑いする。


「なんだぁ、田村。お前も島と同じで心配性か?」


「いえ、あ、いや若頭。俺は島の兄貴みたいに強くないすから。」


「バカ。

 組長(おやじ)の跡目、推薦だとは言え、若頭の分際で本家直参が重たいことは承知の上だ。

 これから忙しくなるだろうが、頼りにしてんぞ田村。」


「はい。」


 田村は浅く腰を折り、視線を外さずに応えた。



「××会潰した手土産、持参してんだ。盃貰わにゃ割に合わねぇ。」


 そう独り言のように呟きながら、男は縁日の方へと歩き出した。

田村はいくらか緊張感は解いたものの、周囲への警戒を保って一歩後ろから追従する。


「それにな田村、ここいらは笠子組が古くから仕切っているシマだ。

 いくら本家筋の古参が俺みたいな若造を気に入らねぇとはいえ、祭り時に手を出してくるほどボケちゃいねぇよ。」


 笠子組。古くは命を救われた7人の博徒達が、その恩に報いるため始めたとされる義侠団体であり、今どき珍しく任侠道を貫いた、この一帯を仕切っているヤクザ組織だ。



「ま、死んでもこの祭りには顔を出すけどな。」


「めったなこと言わんでくださいよ、若頭。」


「俺のスタートラインなんだよ、ここは。」


 男が縁日の入り口で立ち止まり、賑やかなその風景を感慨深げに眺める。

田村は若頭がこの祭りに一段と思い入れがあることを察し、口を閉じる。

この人はそういう人だ。たとえ今日死んだとて祭りには顔を出すだろう。



「ところでよぅ田村。お前、その頬の傷どうした。」


「あ、これはあれです。佐藤の嬢んとこの猫にやられまして。

 爪でも切ってやろうかと思ったら、シャーッて。」


「ははっ。

 なかなかハクの出る面構えになったじゃねぇか。」


「よしてくださいよ、自分は顔で売ってるんすから。

 これじゃあ女に引っかかれたみたいで、しばらく表でやれんですよ。」


「んま、あの猫2匹は雄だけどな。」


「え? 雄なんすか?」


「だからお前は引っかかれんだよ。」


 男が薄く笑った。



 男が縁日の通りを歩き、屋台の何人かのテキ屋衆が会釈するのを手を挙げて応える。いずれも男とは古い付き合いなのが見て取れる。その内の一人、「いかにも職人気質」といった風勢の爺さんが男を呼び止めた。


「おう、壇之浦の。」


「おう、じじい。まだ死んでなかったか。」


「坊主の死に顔を拝まんで死ねんわ!」


「ちょっ!」


 田村が爺さんに飛び出そうとするのを男が制し、言葉を続ける。



「じじい、今どき金魚とか生き物は売れんらしいぞ。」


「けっ。金魚なくして祭りとは言えんじゃろうが!」


「ははっ、確かにな。

 動かなくなったらこの電池を、って乾電池付けた方が売れるかもしれないけどな。」


「ばかな!」


 男は金魚売の老人のいぶかし気な表情に、優し気な表情で手を上げ応える。


「じゃあな、じじい。長生きしろよ!」


「坊主もな! 儂の知らんとこで命落とすなよ!」


「ああ、肝に銘じとくよ。」



 田村は正直なところ、死ぬだとか死なないという会話に嫌な汗が出る思いだった。もちろん先程の爺さんが若頭の命を狙うなどとは思ってはいない。だが今の状況下では心配しすぎることはないと思った。

そんな田村の心情を察したかのように男がポツリと言葉を発する。


「心配するな、田村。んま、

 俺には魔女の加護があるしな。」


「魔女? ですか。」


「あぁ…」


 言いかけた男の視線が出店の一角に目が留まり、言葉が途切れた。

男の図太い怒声と、それに物怖じしない子供の声が聞こえる。そしてその周りにはにわかに野次馬の人だかりができ始めていた。


 (あーやっぱりだよー。俺の予感は当たるんだよなぁ。

 嫌な予感だけは必ず…)


 田村は現実から目をそらすように天を見上げた。今夜は珍しく星が良く見える夜空だった。

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