武迂嫉妬(裏)
野に茂る草を薙ぐ。
たとえその草が背丈ほどあろうとも。
生い茂り、それが眼前一杯を覆いつくしていようとも。
その草が、明らかな敵意をもって襲い掛かってこようとも。
怒り顕わに雄たけびを上げてこようとも、全て「草」として薙ぎ払う。
「しゃらくせぇ。」
浦島リュウジンは、果てしなく襲い掛かってくる鬼を雑草でも刈るが如く切り伏せ、歩みを止める事無く前へと進む。
鬼? 鬼……。
それはただ前へと進むにあたっての、その辺に生える草と同じ。
ただ目の前にあるから切り伏せて進む。
目の前にあるそれは、荒れ狂う波に比べたら、津波に比べたら些細なもの。
半鬼の群れなど、さざ波程度の障害。
感情を込める事も無く、ただ前へと進むために「人であったはず」の鬼を薙ぐ。
花火大会の会場であるそこは、鬼で埋め尽くされていた。
何処を見ても鬼、鬼、鬼。斬り伏せる対象である鬼。
その最奥、中央にどす黒い狼煙が上がっている。
そこが目指すべき場所。それ以外の場所は、目の前の鬼は目的などではない。
最奥からこちらへ向かって波状に進む気を感じる。
あの薄紅色の光はミスミさんか。
俺はあの人ほど冷静に、献身的に鬼を狩ることなどできない。
雷のように時折に煌めく、薄緑色の閃光は……
名前はわからんが、あの蜘蛛の姉ぇちゃんか。まるで自然現象のように感情が無いな。
裏柴。
山柴家の裏の顔である浦島家にありながら、その血筋は正統。本道にして純道。
浦島リュウジンはまさに歴代至高の山柴イチモンジの血統。その遺伝子が応える。彼の中で開花する。
対して現世の桃太郎である幌谷ビャクヤは、その魂を受け継いだ者。
どちらが裏でどちらが表か。
しゃらくせぇ。
表だとか裏だとか。
俺が俺であることは変わらねぇ。
山柴イチモンジ? 俺が越えてやる!
幌谷ビャクヤ? 桃太郎? 知ったことかよ!
俺が全て斬り伏せてやる! 鬼の全てを刈ってやる!!
浦島リュウジンが進む中、オレンジ色の残像が身を掠める。
咲き乱れる花のように乱舞するその姿。
「チッ」
短く舌打ちする。
軒島ニコナ。境界線を越えたのか。
武を極めんとする者、いやスポーツだろうと芸術だろうと一流を目指す者に対し、度々立ち塞がる障害。それは極めんとする者を惑わせ、迷わせ、心を折りにかかる。
こと相手を殺そうと、命を絶たんとする者ならば尚更。
命を懸け、命を刈る。
その重圧、その覚悟は並々ならぬ。
命を救うために、命を守るために、命を刈る。人であった鬼を刈る。
すれ違いざまにニコナが呟く。
『兄ぃちゃんを、お願い。』
兄、兄、兄。
俺は兄貴を越えたか。越えられたか。
「バカ野郎。あいつの面倒を見るために来たんじゃねぇんだよ。
ビャクヤに任せられねぇから出張ってきたんだ、つーーーの!!」
軒島ニコナも、他の奴も。
なんだよそのチートな能力は。人外じゃねぇか。
ここまでやってきた俺は、俺らはなんなんだ。
どれほどの犠牲があったと思ってる? どれほどの犠牲に成り立って俺らがいる? その犠牲を弔うために、その犠牲を越えるために、どれほどの犠牲がまた生まれてくると思ってる?
「しゃらくせぇんだよっ!」
立ちはだかる鬼の波が途切れる。
抜けた先に在ったのは凪ぎ。鬼であった者たちが鬼門を砕かれ無数に地へと横たわっている。
まるで屍累々としたその地。その中央に膝をつき、黒い狼煙を上げ続ける者。幌谷ビャクヤ。今生の桃太郎にして終わらせる者。
「終わらされて……たまるか。
俺は終わっちゃいねぇ。俺はまだ終わらねぇ!
つかよぅ、ビャクヤ。」
浦島リュウジンは刀を鞘へと納め、幌谷ビャクヤへと歩み寄った。
「手前ぇ、なに一人で終わってやがんだ!
ざけんなよ? 振るえねぇ刀なんざぶら下げてんじゃねぇよ!」
「リュウ……ジン?」
ビャクヤの背後にリュウジンは立つ。
「半端野郎の自滅野郎が。」
「僕は……無だ。無力だ。
大切な人を……、大切な人たちを、たった数人ですら、僕は守れない……」
打ちひしがれ、絶望に身を置くビャクヤを盛大に蹴り飛ばす。
「手前ぇっ!!
失う覚悟も無く挑んでやがるのか? 失う覚悟も無く刈ろうってか?
ざっけんじゃねぇよ!
ぶっ殺される覚悟無くてぶっ殺せるわけねーーーだろうがッ!!」
その先に居る男に焦点を合わせ、立ち塞がる。
「半端野郎に出る幕はねぇ。
俺が全て刈ってやる! 俺をもう二度と無視させねぇ!
なぁ? 総大将さんよぉ?」
その様子を静観していた男が微笑を浮かべ、静かに口を開く。
「これはこれは。
他者は入り込めないと思ったがどうやら誤算だったようだね。君は誰かな?
イレギュラー、いやサプライズ。
私にとってはかえって好都合なのかもしれないな。」
「これから刈る鬼に名乗る必要はねぇ。
鬼に手向ける作法なんざ、あるわけねぇだろ! くそが。」
柄に手を添え体を沈めるも、男が身構える気配はない。
なんだ? この男は。
闘う気迫というものが全く感じられない。その佇まいはただの素人。素人だって闘おうと思えばその気概のようなものは発せられる。
だが男からは何も見えない、感じられない。気を読むことが出来ない。
が、鬼は鬼。
闘う気があろうと無かろうと、俺は刈るのみ。
一息に水平跳躍し間合いを詰める。
と同時に抜刀。より深く逆袈裟で鬼門を刈る。
「実に短絡的。
直情型かな? 思慮に欠けるね。
だが歓迎しようじゃないか。若き者よ。」
獲ったはず。刈ったはず。
最短最速にして確実に振り斬った。
目の前の男が血を迸らせ堕ちる。
だが背後からの声。
その声に無意識に反応し、振り返りざまに刀を振り下ろす。
的確に斬った男が崩れ落ちる。
血をまき散らしながら。
血……
赤く染まる視界。
なぜだ。なぜ鬼なのに赤い血が。
「不思議かな?
桃太郎君の仲間、彼女らにね。
私の鬼たちは鬼門を潰されたんだ。そう、君もわかっている通り鬼は鬼門を潰したら終わりだ。」
声のする方へ再び刀を振るう。
「だがまぁ、彼女らも万能ではないということかな。
瞬時に鬼門を潰せていたならば、ここに居るすべての鬼をリセット出来ていたならば良かったのだろう。
だが漏れはある。どのように完璧にシステムを組んだとしても、実行したとしても隙はある。残念ながらね。いずれは鬼門が潰れていたのだろうけれども、そこにタイムラグがある。
つまり私の支配下、繋がりは消えてはいない。」
切り伏せられた肉が地に堕ちる。
僅かに……、鬼化を解かれなかった者が、解ききる前の者がいた……
のか
「さて、若き者。
君は救ったはずの人々を、救えたはずの人々を自らの手で引導を渡してしまったわけだね。
うん、実に君の後悔、自責の念がわかるよ。伝わってくるよ。
だが、その心の奥底から湧き上がる激情もまだ失われてはいないわけだ。
素晴らしい。歓迎しよう。
受け入れようじゃないか、その激情を。」
いつの間に目の前にいたのか。
男が微笑みながら手を差し伸べる。その手が方に添えられる。
「頑張ってきたじゃないか。」「努めてきたじゃないか。」
そういう労いのような感情が俺へと流れる。
そしてその感情が俺の心の奥底へと結びつく。
鬼を斬った。鬼だったはずの、救うべき人を斬った。
俺の手で。
でもしょうがないじゃないか。犠牲はつきものじゃないか。
そもそもどれだけの犠牲の上に、この世界が成り立ってるというんだ。
お前らが気が付かない幸せが、多くの犠牲に活かされてることを知れよ!
今更、多少の犠牲が生まれたところで、それは必要なことなんじゃないのか。
走っても、走っても走っても走っても。
奔っても、斬り伏せても、振るっても。
延々と届かない。永遠と結びつかない。
俺の中で爆発するように膨張する感情。
全能感とも言うべき湧き上がる力。
求めていた力。
満たされていく。
と同時に満たされない。
飢える闘争心。全てを消し去らんとする破壊衝動。
……どこで間違えたのだろう。
心が嫉妬心だけに埋め尽くされていく。




