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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏リュウジン
42/81

とある少年剣士の憂鬱(裏)

「雫さん、本当にこれでいいのかよ?」


「はい、それが上層の意向ですので。

 リュウジン様にはお手を煩わせました。代わって御礼申し上げます。」


「チッ、いけすかねぇ。

 今回だけだかんな、こんな茶番にのるのは、よっ!」


 少年は携帯電話を耳に当て、電話の向こうの相手にそう言い放つ。

その視線は電話をかけている者特有の、焦点を斜め下の虚空に置き「見ているようで何も見ていない」といった感じだった。

だが器用にもその右手に握られた木刀は、まるで少年とは別の生き物かのように滑らかに動き続け、少年に群がる男達の攻撃を捌き続ける。


 少年に群がる男達。黒いスーツに黒いサングラスという様相。一見するとただのビジネスマンに見えなくもない。

彼等は「元人間」だった。だがその中身は人外、「鬼」と呼ばれる存在と化していた。

その攻撃力、耐久力、そして自然治癒力は人間の範疇を遙かに凌駕している。



「ま、向こうも俺を大歓迎のようだからな。ここいらの雑魚は貰っといてやる。

 探してる化け物もいることだしな。」


「ご理解が早くて助かります。では、お気をつけて。」


「ハッ! そっちも精々、上層とやら意向が的外れ、ってならないようにな!」


 そう言い切り、少年は携帯電話を耳から離し画面を眺め、通話が終了したことを確認する。

そして無造作にその携帯電話をポケットに捻じ込んだ。



「ったく…

 仕切られて動くっつうのは、どうも面白くねぇ。」


 少年は誰に言うともなく悪態をつくと、握っていた木刀をおもむろに横薙ぎした。

群がっていた鬼の一団が弾き飛ばされ、その後方にいた鬼たちをも吹き飛ばす。少年はそんな鬼たちを冷ややかに見やると、持っていた木刀をゆっくりと肩に担いだ。


「さて、待たせちまったな。

 そろそろ冥途へと旅立とうか、雑魚ども。」


 雑魚ども呼ばわりされた黒スーツの鬼たちがゆっくりと立ち上がる。

少年から当てられた覇気に怖じることなく、むしろ呼応するように鬼気を上げてきた。その目に宿る光は狂気そのものだ。

そして部屋の中は、新たに入ってきた黒スーツの鬼どもで溢れかえりそうな勢いだった。


「ハッ、やる気満々、気分上々ってか!

 どんだけ湧いても雑魚は雑魚、一網打尽てやつな。」


 少年がやや高い位置に、居合抜きのような構えで納刀したまま身構える。



 先行して一歩踏み出さんとした鬼に対し、少年が音もなく踏み出す。後の先手。

だがその踏み出しは一足でありながら、3mほどの水平跳躍だ。

真下から突き上げるように、正面にいた鬼の顎を柄頭(柄の先端)で砕く。

踏み込んだ先は鬼どもの中心部。そのまま鞘を引きつつ(こじり)(鞘の先端)を振り上げ、左にいた鬼の鬼門を打つ。さらにステップをかけながら右の鬼の鬼門を柄頭で打突。


 少年は鬼どもに囲まれながらも、抜刀することなく次々に鬼を屠っていく。

その動きは刀術というよりは杖術のそれに近い。この狭い空間、囲まれた状況下では理にかなった戦術だ。


 累々と積み重なっていく鬼の遺体。その上で繰り広げられる一方的な襲撃。そして一方的な迎撃。

部屋の中を遺体から立ち上る瘴気が充満していく。

いくら少年が瘴気に対し耐性があるとは言え、常人では気を失うほどの濃度に高まっていた。



「やべぇな。瘴気にあてられる前に抜けとっか。」


 部屋の中には屠っていない鬼がまだ3分の1ほど残っていたが、瘴気の濃度とは正反対に鬼の密度は薄くなってきている。

少年は入り口をチラリと見やる。新たに入ってくる鬼はいない。

ここに来て少年は初めて抜刀し、流れるように横一閃。一気に4、5体の鬼の鬼門を切り裂く。

そのまま斬られた鬼の後方にいたものを踏み倒し、入り口を抜けて廊下へと飛び出した。


 直後、少年に向けて殺気のこもっていない、無感情な金属片が複数本ほど飛来する。それはまるで走行する車のタイヤから放たれた飛び石のように「意思を持たない偶然」のようだったが、しかしその飛来した金属片は的確に少年を狙ってきたものだった。


 少年はその金属片、窓サッシの外枠を引きちぎったものを全て刀で弾き飛ばす。軌道を逸らされたそれが壁に突き刺さる。



「随分とご挨拶じゃねぇか。

 いつぞやの姉さんよぅ!」


「流れ…、サッシ。」


「ケッ! サッシ? 流れ弾が正中線狙うかよ!」


 少年の視線の先、少年が「姉さん」と呼んだ人物は白い入院服に身を包んだ女だった。うな垂れ生気のないその表情、気配の薄い様は、この廃病院の中にあってはまるで幽霊のようだった。

その背後には、女に狩られたであろう黒スーツの鬼たちの遺体が無数に転がっている。


「幌谷のあんちゃんが見たっていう幽霊はあんたか。」


 少年は刀を納刀し、先程出てきた部屋から追ってきた鬼を足蹴にして追い返す。

盛大に蹴り入れられた先から、壁に叩きつけられたであろう衝撃音が漏れ響く。


「んで、何してんの? あいつのお守りか?」


「ネコの…、散歩してた。」


「ついでに鬼を狩ってた、ってか。

 で、どうすんだよ? あいつんとこ行くのかよ?」


 少年は「なんか複雑なことになんじゃねぇの? 俺の知ったこっちゃねぇっけど」と思いながら女の方へと歩を進める。

追ってくる鬼を刀を収めた仕込み刀、木刀で脇から後方へと打突し廊下の先へと吹き飛ばす。視線は女の方へと向けたままだ。

女は女で微動だにしていない。僅かにその入院服の裾が揺れているだけだ。だが女の背後から迫りくる鬼たちは、一定の距離まで近寄った直後に切り刻まれ、地に落ちる。



「あいつ…、ほろぅやー、旦那さん。

 ネコ……迷子、捜す。」


 俯き加減の女の表情はわからなかったが、どうやら思案しているようだった。

途切れ途切れの単語の羅列に少年は眉をひそめたが、辛うじてその言わんとしていることを掴んだ。


「あぁ、猫ね…。そういやぁあいつが1階で見たって言ってたぜ?

 あれだろ? 二匹の黒猫だろ?

 んま、ビャクヤのやつは俺が逃がしてやったところだからよ、こいつらやっちまって猫見つけてからでも遅くねぇんじゃねぇの? 合流するのは。なんつうか、それまであいつが居ればだけどよ。

 俺もま、捜してる大蜘蛛野郎がいることだし。」


 少年は「なんで俺がこの状況のフォローしなきゃなんねぇんだよ」と思いながらも、饒舌になっているところが、この少年の人の好さなのかもしれない。

少年が「鬼を殲滅すること」を提案し、二人は窓の外を見る。外は元々庭園のようなものがあったのだろうか。その名残を残したままの開けた場所が目に入る。


 二人が同時に自身の「獲物」に手を添える。

一瞬の内に煌めく無数の閃光、そして暫しの静寂。

その直後、音を立てて廊下の壁面、外部へと壁が崩れ落ち夕焼けの陽光が二人を照らす。


 女は倒れるようにふらりと外へと落ち、少年は跳躍し回転ひねりを加えながら地に着地する。

女は先程と変わらぬ様相で佇んでいた。少年は地に伏せるほど上体を低くし、哀愁のようなものを帯びる。



「さてっと。

 日が落ちるまでは、烏が鳴くまでは遊んでやっかよ。」


「門限守る…、大事。」


 少年のセリフに女がボソリと呟く。


 開け放たれた3階の穴から次々に黒スーツの鬼が降りてくる。

それはまるで黒い滝のようだった。明らかな殺意と憤怒を纏った黒い滝、鬼の群れ。


 少年がゆっくりと立ち上がり、頭上で刀を抜く。

その様はまるで、窮屈な事務仕事の後にする「伸び」のような動作だ。確かにこれまでの狭い空間での戦闘を思えば、この開けた場所からが少年の「本領発揮」といったところなのかもしれない。

構えられた刀身が夕焼けの陽を濡れたように反射する。

そして女は相変わらず「うな垂れた幽霊」のような(てい)だったが、その両手にはダガーナイフが握られていた。


 流れ出た黒い滝が止まり、二人の周囲を囲む。

直後に女から若竹色の淡い光が立ち上り、その背後から茶色の体毛に覆われた「腕」が4本展開される。その腕の先、手には女と同様にダガーナイフが握られたいた。



「おいおい、俺が探してた大蜘蛛野郎はこの姉さんかよ…」


 その様相を横目で見た少年は、思わず心の声を漏らしてしまった。


「とんだ道化、とんだ茶番だぜ、まったくよ!」


 このいたたまれない気持ち、どうしようもない苛立ちを、少年は目の前に群がる鬼にぶつけるほかないのだった。

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