天を仰ぐ墓標(裏)
「いいっすよ! いいっすね! いいっす!!
降りてこれるようにしますよ、この底辺に!」
荒渡タカミチが大仰に両手を広げ、歓迎を態度で示す。高濃度の瘴気が引いていく。
雫ミスミはその態度に露骨に顔をしかめた。誘いだろうか? 降りたところで一気にまたこのフィールドを瘴気で満たす能力がこの対象にはある。乗る必要はない。だが加圧に晒されていた機材が解放されるのは好都合か。
飛び降り、着地と同時に横へ跳躍。再び一定の高さを維持しながら死角へと回る。同時に胸、首、背後から鬼門へと狙撃。
「ありゃりゃ? 荒渡、信用されてない感じっすか?」
胸へと放った弾丸が防がれる。雫ミスミは、防がれなければ当たったであろう軌道を計算し、仮定着弾点の三か所をマーキングする。
首への弾丸は躱される。やはり弾丸の軌道が読まれている? 感知されてる?
同様に背部への狙撃の内、二発は躱される。当たった一発は体表でとどまったか。
「この世を満たすことへの不安すっか?
それとも見えていないものを躱すことことが疑問っすか?」
荒渡タカミチがゆっくりと振り返り、梢にうずくまる鳥のように身を潜めている雫ミスミに、相対する。
雫ミスミはじっと思考する。マーカーの付いた場所。心臓に近い。だが本能的に心臓を守っているとは思えない。意思がそこに存在する。そこに何がある?
「満たすものが瘴気と言うのは笑えません、100%」
「この荒渡、自慢なんすけど嘘はつかないっすよ? 誠実が信条なんで。」
損傷した手首の再生を確認するように、荒渡タカミチは手首の動きを確かめ視線を落とす。
再生するとはいえ関節部分は体表が薄い。動物に限らず植物、機械類にあっても「節」は弱点だ。構成する部品が頑強であったとしても、可動部はやはり弱い。
「それとっすねぇ、側線器って知ってます? 魚にある聴覚みたいなもんす。
荒渡は魚じゃないっすけど、圧、流れ、振動なんかが全身でわかるんすよね。自分、結構虐げられてきたんで。んま、だからって全部躱せるわけじゃないんすけど。」
防衛本能からくる第六感のようなものだろうか。
誠実。この男はなぜ情報開示する? 目的が読めない。
雫ミスミは牽制射撃しながら、別の梢へと移動する。
「あなたは……、あなたは何を求めてるのですか?」
「……、コミュニケーションをとる気になったんすねぇ。
んじゃ、荒渡も応えないといけないっすね、底辺なりに。」
荒渡タカミチは手を握り、架空の棒を雫ミスミへと向けた。
何かを突き付けられているような感覚に雫ミスミは身構える。
指揮棒、ホームラン予告、いやそれはライフルの構えに酷似していた。
来る。
雫ミスミは直感に従い、即時にその場から離脱する。
荒渡タカミチの握った手の内から何かが掃射される。
「ありゃ? これ難しいっすね。
んま、荒渡にも色々と出来ることはあるんすよ。このアビリティで。」
即時に雫ミスミの眼前に演算結果が展開される。手で筒状のものを形成し、高圧にした瘴気を水鉄砲のように放ったか。
「何を求めてるって……、荒渡にもわかんないっすね、正直なところ。
楽しければそれでいいんすけど、う~ん。」
お互いの形は違えど銃撃戦となってくる。
攪乱するように移動を繰返し魔滅を放つ雫ミスミ。
迎撃を主とし、その場から移動せず高圧の瘴気を放つ荒渡タカミチ。
動と静。攻と防。高と低。
雫ミスミがピンポイントで荒渡タカミチの膝を撃ち抜く。
体勢を崩したところに魔滅を散らして放つ。情報を蓄積していく。
荒渡タカミチが放つ瘴気はまるでレーザー光線のようだった。高圧で放つ瘴気は十分な破壊力を持っている。さらにその軌道上も殺傷能力があった。徐々に狙いも正確になってきている。
「あんたはどこに行きたいんすか?」
「さらなる高みです。ここからは見えない景色を見るために。」
話し、戦いながらも、雫ミスミは思考を続ける。
マーカーを元に有効点を解析。同時に対象の攻撃軌道パターンを解析、逐次更新。
マーカーの内、有効点を除いて仮想着弾点及び着弾点を消去。やはり関節部分と胸部中央か。
関節部分は機能阻害。胸部は、現段階では防御させ攻撃を遅らせるための行動阻害。決定打にはならないが、ここに活路を見出すほかない。
対象の行動パターンが数値化されていく。
右踝、左肘、鬼門、胸部、右側頭部へ掃射。
ヒット率04%、71%、96%、00%、11%
総損傷率06% 行動阻害率14%
「ここから見えない景色、っすか。
たどり着けますか? あなたに? そんな傷で?」
雫ミスミは、より攻性に出ているため損傷を受けていた。傷の数こそ多いものの掠る程度。身体機能への影響は00% だがそれも時間の問題だ。次を躱せるとは限らない。それに鬼と違い、人間に即時再生能力は無い。
「無傷で辿り着ける場所ではない。そんなのは承知です。」
「じゃあ逆に。そこは他人を傷つけてまで登る場所なんすか?」
空になったマガジンを捨て新たなマガジンを再装填。ラストだ。
「他人は傷つけない。
それが詭弁であることも承知しています。我々は互いに傷付け合いながらじゃないと生き続けることはできない。相手を知ることはできない。傷を負うことも、傷を負わせることも避けては通れない。」
雫ミスミは攻撃を避け、相手の攻撃を逸らせるために胸部のマーカーへ集中的に狙撃を試みた。
と同時に上昇を繰返し、三階へと到達。
「それこそ詭弁じゃないっすか? エゴっすね、エゴ。
強者が弱者にする言い訳じゃないっすか! それが高みから底辺を見下ろす者の言葉っすか?」
荒渡タカミチが両手を広げ、雫ミスミを見下す。
この男の攻撃はあくまで誘い。その本質は待ち伏せ型の捕食者。その絶対的な感知能力で相手を捕捉し噛みついてくる。
であれば、その感知能力を上回ればいい。
『次元干渉・先見。冬青』
雫ミスミの纏っていた薄紅藤のオーラが赤みを増し体表を覆う。背部に展開されていた機械的な翼が変形し、体形を流線形に可変する。
視野が狭まる。対象がロックオンされる。これから起こる全てが疑似体験される。
最適解へと雫ミスミ、雉を導く。
窓枠の上辺を蹴り加速。直線的に荒渡タカミチへと強襲をかける。
落下軌道を0.2%右へ修正。頬を迎撃の高圧瘴気が掠める。
前へ出ていた左足、膝へ射撃。感知されて後方へと引かれる。
それによっていやでも対象の重心は後方へと下がる。結果、上体が反る。
さらけ出した胸のマーカーへ射撃。左手で防ぎに来る。
そのまま射角を逸らし、左肘を破壊。
サブマシンガンを左手で逆手に持って顔面を殴りに行く。
後方へ首を逸らされ躱されたところに突き出された顎。そこへ目掛けて全体重を乗せて膝を入れる。
倒れる対象の両ひざへ踵から着地。そのまま破壊。
振り切っていた左手のサブマシンガンのバットプレート(床尾板)で右肘を破壊。
馬乗りになり、左手でサブマシンガンを構え直し鬼門に銃口を当てる。
雫ミスミは、荒渡タカミチの胸へ右手を当てた。
「ここまで……、
一人の人間に破壊されたのは初めてっす。投了っすわ。」
右手にから伝わる感触。ロザリオ。
「あなたなら、ここから即時回復もボクを水没させ、圧死させることも可能なのでは?」
「詰みましたよ。
いや、荒渡の人生なんて詰んでましたんで、無駄に最後まで指しただけっすね。」
荒渡タカミチが楽しい事でもあったかのように笑う。
「それ、自分の代わりに破壊してくれないっすか?
これでも荒渡、信心深いんすよ。見捨てられたとしても。」
雫ミスミはこれから起こることを「先見」し、即座に飛びのいた。
咄嗟の勢いでそのロザリオを引き千切り、右手に握り込む。
荒渡タカミチがゆらりと立ち上がり、両手を横に広げる。
その様は、見捨てられ、朽ちていく墓標のようだった。
「最期ぐらい人の手を借りずに、身勝手に生くっすわ。
お姉さんが高みに至らんことを……、底辺から見させていただくっす。」
荒渡タカミチの全身が内側に向けて一気に高圧化する。
急激な高圧化により全身が高温化。沸点を越え溶解していく。
「自分……、底辺なんで。」
荒渡タカミチは一気に溶解した熱量を鬼門へと圧縮し、爆縮した。
辺りの全てが深海の底に沈み込んだかのように、無音が支配する。
「御心配なく……。」
雫ミスミは昇華していく墓標に背を向け数歩進み、天上を仰ぎ見た。
閉ざされた天井の先を、夜闇を照らす星々を想い見上げた。
「更なる高みへ、
ボクは行きます。100%」




