照準を定め意思を定める(裏)
照準を維持し、中鬼の背後に一瞬だけ目線を向ける。この先にあるのはWC、そしてSKだったろうか。
この施設の配置図面を脳内に呼び出す。思い浮かぶ外部からの侵入経路はそこ以外に思い浮かばない。地上、窓からの侵入ならば外周に配置された部隊から一報があるはず。この施設の警備警報に引っかかるはず。
「荒渡はいじめられっ子だったって言ってましたっけ?」
ボクの視線の動きに気が付いたのか、対象が背後を振り返る。
「よくトイレに連れ込まれたんすよねぇ。
いわゆる集団リンチってやつっすか。殴られ、打ち付けられ、無理やり便器に頭突っ込まされたときに思ったんすよねぇ。」
オートマティックに流れる避難勧告が響く中、防火シャッターが降り始める。防火区画へと閉じ込められていく。
「こっから、糞みたいな世界から、糞と一緒に流れることが出来たらいいのにって。」
対象がこちらへと向き直り、気怠そうに一歩進む。
銃を握る手に力がこもる。
「ははは。
お陰様でこんな細い管でも通れるようになったす。
鬼って凄いっすよねぇ、この再生能力。
コア、あぁ、あんた達は鬼門と呼ぶんでしたっけ?
それが通れれば抜けられるんすよ。
ええまぁ、安心してください。他の鬼には無理っすから。
ここまで砕けて流動化したら再生に時間がかかり過ぎたっす。んでまた、欠陥品しか生まれないし。
なんで、荒渡一人で来た感じっす。」
この男、鬼に落とされた者を砕いたと言うのか。
死ぬことより悲しい存在となった者を更に凌辱したというのか。
躊躇することなく銃弾、魔滅を放つ。
「おっと、これは頂けないっすなぁ。
刀といいコレといい、貰っちゃうと再生に時間がかかるんすよねぇ。」
弾いた摩滅を対象が手で受け流す。
鬼だろうと中鬼だろうと、これに効果があるということを再認識する。
防火区画が成立し、最終避難勧告が流れ、消火剤が噴出し始める。
変電所であるこの施設は通常の消火設備ではない。つまり水ではなく不活性ガスを用いている。
不活性ガス。鬼と言えども酸素は必要としているはず。この区画は間もなく酸欠状態となる。
「ややや! なんすかなんすか! この煙は?」
「人を溺死させるのが得意でしょう。
ですが、今度はあなたが溺死する番です。」
消火剤に気を取られている間にハンドガンの全弾を撃ち込み、そのまま後退する。
『1FA2を起動しろ。』
無線に対する返答の代わりに、後方の防火シャッターが降り始める。
先程までの「防ぐ」という動きはブラフか習性か。数発は被弾したはずだが体表を覆う「見えない何か」、いや濃度の濃い瘴気。あの粘着質を持ち我々を水没させる「見えない水」によって、対象にダメージが通ってないことを知る。
だが少なくともこの場での足止めにはなったか。
降りてくる防火シャッターを潜り抜ける。弾数0のハンドガンの照準を向け続ける。
対象を「仕留めきれる」という希望を捨てる。この状況とて決定打になるとは思えない。
閉じ込め酸欠に追いやり機能停止させたとしても、自身の目で遺体を見るまでは信じるわけにはいかない。
この場がいつまでもつか。対象に対して、この施設がすでに変電所として機能していなく、ロックダウンしていることをどう知らしめることが出来るか。
頭の中を思考が駆け巡る。
区画は成立し、対象だけを残して離脱に成功する。すぐさまに後方の区画解除を指示する。
防火シャッターが上がり切る前に進み、2Fへと急ぐ。
『排水管シャフトを破壊し、総員3Fへ退避!
すぐさま2Fは制圧されると思え! 100%
優先は破壊したシャフト付近、次いで1Fからの階段口!』
階段を駆け上がり、ボク自身は2Fに留まる。
破壊された排水管を視認する。漏れ出る瘴気。ひしゃげた排水管から流れ出ていく瘴気。それが地に落ち、辺りを漂い広がっていくのがわかる。だが、あそこから登りきるなどと言うことが可能か? 本体が抜けられるというのか?
自身の考えに疑心暗鬼になりながらもサブマシンガンを構える。照準の先を睨みつける。
退避、そして防衛ライン再構築完了の一報が耳元に届く。
どう考える。ボクはどう考える。
対象はどう考える。どう読んでくる。いや、あいつはどう行動する。
ボクの、ボク等の作戦をどう掻い潜ってくる……
思考だけがスピーディにボクの脳内を駆け巡る。
『……、警備室、エレベータの扉を、開けろ。』
空調ダクトの線も考えたが、個々が独立し外部としかつながっていない。おあつらえ向きな閉鎖空間はここだけだ。
扉が開くとともに濃厚な瘴気が流れ出すのがわかる。足元を絡めるように流れていく。
「いや~、この荒渡。
先々で行き先を塞がれ続けるという失態。なんというデバックモード。」
迷わず見えた人影にサブマシンガンを掃射する。
一気に膝上まで迫ってきた「見えない水」を感じ、ボクは全力で後方へと飛ぶ。
視界の端で薄紅藤色のオーラが流れていく。
「それにしても本当、人の話を聞かない人っすねぇ。
会話とか、知ってます?」
圧が違う。濃度が違う。前回よりもその重たさが違う。
この質。火を防ぐためだけに作られた防火シャッターなど耐えられるわけがない。
飛びのき、退避しながらも、断続的に撃ち続ける。
「んま、そういうの慣れてんすけどね!
荒渡は思いましたよ。この世は深海。
神の界じゃないっすよ? 海の深海。そう思わんすか。」
開かれた扉の奥にはエレベータ、かご室はない。闇だけがあった。
視認する姿、対象へのダメージは確認できない。
「高水圧、低水温、そして暗黒の世界。同じじゃないっすか。」
「あなたが求めるものなど、ここにはありませんが? 100%」
我々が制圧し電力供給は断ちましたので。」
「別にそういうのは興味ないっす、荒渡的に。
この変電所がダウンしてるならそれでいいっす。手間が省けたんで。
ただ興味あんのは、この世が深海なんだから、本当に深海にしてやろうかなってことぐらいっす。
深海の圧力って、深海5000mで50MPa。地上の気圧の500倍っすよ。」
大量の液状化した瘴気とともに対象が這い出てくる。
ボクの合図を待たずに四方から狙撃弾が放たれる。唯一、鬼に有効な摩滅が放たれえる。
「すごくないすか?
そんな環境ですら悠々自適に生きてる深海魚。
でも地上では生きられない。天上界に辿りついたら、」
まるでへばり付いた海藻の塊のような物体が、人の形として、実体となって立ち上がる。
「ボンッ!」
その言葉と同時に対象の後方が爆発する。何を破壊された?
「破裂して死んでしまうようですよ。」
荒渡という中鬼が姿を現す。
「そう考えると、小さな世界、此の世で上を目指すだなんて、
無意味なことだと思いませんか?
周りの人間よりも上位に立ちたいだなんて、バカくさいと思わんすか?」
「人の上昇志向、向上心を否定する気にはなりませんね。
それ以上に、それで人々の平穏を脅かすことに虫唾が走ります、100%」
床面より退避し、対象より距離を取る。
攻撃は「見えない水」による溺殺、間接的なものだと推測していたが誤算だったか。
密閉されたものの内圧を高め、爆弾に似た効果を作り出すことが出来るのだろうか。だが直接触れていないと起動させることが出来なく、且つそれには時間がかかるのでは? 人体に対しても可能なのだろうか。
観察により思考が廻る。
魔滅による効果があるのはわかっている。だがその効果はこの中鬼に対してどれぐらいのものか。
隊員も含め、一斉掃射したにもかかわらずダメージが大きいとは思えない。
では、あの防ぐ仕草は? 癖という動きだけとは思えない。何か隠している。何か守っている。
鬼門ではない何か。逆に言えば鬼門を中心に狙撃したはず。にもかかわらず鬼門以外を護っているようにすら感じる。鬼門と他の部分は、絶対的に摩滅が届かないことを示すか。
「あなたの遊びに付き合うつもりはありません。100%
ですが、まだ遊びたいというのならば、代償にあなたの命を払って頂きます。」
「それはそれは! 荒渡的に魅力的な御誘いっすなぁ。
命? 荒渡の命なんて、そんなもの取るに足らない物なので。
自分、底辺すから!」
視線と視線がぶつかる。意志と意志。
相手がどれほどの絶望に浸され、絶望の中から絶望の眼を向けようけようとも、ボウは希望を捨てない。
それがボクの意思だ。
静寂を突き破るように、天上より高音な衝撃音が響き渡る。
だがボクは対象から、荒渡という中鬼から視線を外すことはなかった。




