真面目を失ったらボクは(裏)
屋上にて降下の準備を整え連絡を待つ。腕時計を確認する。1743。
日没は近い。
『ククーよりフェゼント。
警備室及び1階、制圧完了。現時刻をもって警備システムのD区画をオフ。
2分30秒後に再びオンにする。
合流地点には2名連れて向かう。
……、ゆるいな。』
『油断するな。風は瞬時に変わる。』
応答と同時に降下する。開いたままの窓から静かに内部へと侵入。
警報は当然に発報しない。そのまま廊下を突き進む。階下から上がってきた隊員と合流。
ここまでは静寂を保ってきたが、目的の部屋のドアは盛大に蹴り破った。
「なっ! なんんんん~~~っ!!」
何だね君たちは、と言いたかったのかもしれないが、現実はそうはならない。
驚き動きが止まる職員を銃口と共にゆっくりと見渡し、情報通りの人数、2人だと確認する。
「名乗るような名前は持ち合わせていません。
ですが用件は決まっています。この施設を制圧させて頂きます。100%」
その場にいた職員の2人を拘束し、ククー隊の一人に連行させる。
ここにいた者に用はない。決定権こそあれど実行力の無い者達なのだから。用があるのは最低限の技術者だけでいい。拘束された職員らは外で解放され、山柴の息のかかった警察職員に保護されることだろう。これも人命救助の一環だ。
「まさかテロ組織の真似事をさせられるとはね。」
「有事ですから綺麗事は言っていられません。
状況が味方したのですから打てる手は打ちます。先手番が有利、籠城する側が有利なことを使わない手はありませんので、100%」
ククーの苦笑いを無視し、入手した名簿に目を落とす。
この変電所を稼働させるに必要な最低限の人員は6名。思ったより多い。現在の施設内にいる技術者は、交代要員と補佐を含め11名。全員、残すか減らすか。
名簿を撮影し、画像データをW&Cへ転送する。非番の者をバックアップで押さえておいた方がいいと判断する。
『ストークより全隊へ。
正面ゲートにて鬼の複数と交戦開始。数は30体程度。
Pを予定通り戦線から引き離し、離脱する。オーバー。』
ボクに思考する時間は与えられない。
『ククー隊へ、拘束した職員は東側から解放しろ。
残りの職員、技術者を確保する。急げ。
確保次第、変電所のメインシステムをダウン。全てを遮断し3号バンクへと接続。』
変電所への襲撃。その目的は単に支配するだけとは思えない。
87%の確率で破壊行為だろうと推測。であれば通電状態のまま攻撃を受けた方が破損率が高くなる。停電したとしても復旧が早い方がまだましだ。メインシステムをシャットダウンさせ、独立している蓄電システム、3号バンクで仮しのぎすることを決断する。残りの懸念は送電線が切断されることだろうか。
「ククー、警備システムの掌握はどうなっていますか?」
「ローカルシステム(外部と無接続)を我々の独自回線と接続した。
間もなくこちらの装備と同期される。使用可能だ。」
「スタンドアローンを維持でお願いします。」
「本隊に外部コントロールはさせないと?」
「外の干渉を受けたくないので。」
ククーが首を傾げたのか頷いたのか、微妙なジェスチャーで返答する。
もし彼女の両手が装備で埋まっていなければ、肩をすくめて両手のひらを上にして上げたことだろう。
「相変わらずだな。」
「相変わらずですか?」
「ひたむきで“真面目”だよ、お前さんは。」
「少しは変わってしまったかと思ってましたが。
それを聞いて安心しました。」
警戒しながら次のポイントへと急ぐ。後方からの声にボクは気持ちを引き締める。第一ステップは侵入を外周、建物の外、そして内側の三段階での防衛体制の構築。
この建物は特殊だ。2階部分が倉庫のように広くそして天井が高い。そこに巨大な変電、蓄電の機材が所狭しと配置され接続されている。メインシステムのある場所。1階には警備室の他、食堂、更衣室、休憩所。そして制御室。ボクが侵入した3階は部分的に作られた場所だ。2階のメインシステムを確認するために作られた長い廊下と、先程の偉い人たちがいる数部屋、会議室。
攻めやすく守りにくい構造。監視は容易だが守るべきものが大きすぎる。
「それで、どう読む?」
「正直なところ読めません。
地上からの侵攻が72% 空中からの侵攻はコンマをを切ります。
鬼の大量輸送は可能なようですが、そもそも現地に中鬼がいる必要があるとみてます。
つまり、入られなければ問題はありません。」
「その割には確率が低いね。」
「未確定要素が多すぎますから。
人の……、鬼のやることの全てをボクは読めるわけではありませんので。」
ククーの溜息なのか深呼吸なのか。その音を聞いた時に、嫌な予測が脳内を掠める。
「人は話すことによって考えを纏めることが出来る。」とはよく言ったものだ。
「ククー、この場での現場指揮は任せます。
ボクは見落としていた箇所の確認に行きます。」
「ヘイヘイ、任されましたよ。」
ククーが合図のように上腕のポケットから取り出したペンを掲げ、そして咥える。視線がボクから外れ2階を望む。
それを横目で見届け、目の前のガラス窓を撃ち破り下へと飛び降りた。
ガラス片が粉雪のように煌めきながら降り注ぐ。銀の世界がボクを迎える。
『フェゼントよりストーク。
正面に出現した鬼の出現方法の詳細と、Pの状況を至急送れ。』
『ストークよりフェゼント。
情報にあった「黒づくめの中鬼」が一般人を装い出現。
第一撃、一斉掃射によるも生存、下水道マンホールを通じ鬼の複数体を出現させる。
中鬼はその下水道より戦線離脱。
現在、人造桃太郎により出現した鬼と交戦、制圧の兆しあり。
なおPにあっては我々が保護中。戦線より離脱中。』
『了解した。
フェゼントより警備室。
至急、この建物に接続されている下水管の図面を送れ。』
『了解。
至急、送信する。』
『なお警備室、及び制御室は完全閉鎖し、水も入らぬように密閉しろ。
逆に……、外窓は封鎖するな。』
『警備室、了解。』
『制御室よりフェゼント。こちらに外窓はない。
技術者の確保、及び指示の送電切り替えは完了済み。
なお控え技術者は休憩室にて拘束中。指示を送れ。
なんだ? 滾るジュニアを抑えきれずにもう来たのか?』
『まだだ。だが今この瞬間に来ると思え、優先し密閉を済ませろ。
休憩室、至急その場から離脱し3階へ技術者の控えを移送。
その後、2Fと合流し備えろ。』
『あいよ。休憩室、了解だ。』
『オーバー。』
『ククーが引き継ぐ。
2Fの隊は床より1m上に位置しろ。
また退避経路は各々3F、上階へと再設定しろ。』
『離脱には外を拝める窓が無ぇ。
なかなかの冗談ですな。』
『任務は完遂。報酬は上々。死に地は好きにしろ。
安心していい。お前の死体ごと後始末はこっちで受け持つ。
墓に花を手向ける隊長様の姿を想像しとけ。』
『それが一番想像できねぇな。
2F配置完了だ。オーバー。』
引き継がれた通信がボクの中で一つの情報に変わっていく。
ゴーグルの内面に受信を知らせるサイン。視界に同期され展開される下水管の図面。
制御室と警備室の下は配管されていない。ネズミならまだしも人間が通れるような配管は外部までのようだ。3階へと伸びる配管の場所を確認。2か所。2Fに降りたところで1本に集約されている。そこからは1Fへと直接伸びている。1Fのその場所を特定し向かう。
ハンドガンを抜き、マガジンを抜いて実弾入りを装填し直す。
低く響く通気ファンのモーター音だけが占める広い構内に、小さく手元から響く高い金属音。その音を置き去りにして階下へと急ぐ。
目的のパイプシャフトの扉を開ける。何の配管が並んでいるかゴーグルの内面に示される。
ハンドガンのスライドを引き、装填されていた一発目を抜きポケットに入れる。
再装填。下水管へ向け3発実弾を放ち破壊。硝煙に交じり下水特有の異臭が漂う。
「ありゃりゃ、またもや先手打たれた感じの荒渡。
いやな予感はしてたんすよねぇ。」
背後、長い廊下の先から聞こえる声。
再度ハンドガンのマガジンを抜き、対鬼仕様に装填し直す。
振り向きざまに一発目を天井の火災感知器に実弾を発砲。無線を入れなくともこれで部隊に「敵襲撃あり」は伝わるだろう。
「口を開かないでもらえますか? 100%
あなたから聞き出したい情報は皆無なので。」
照明が遮断され、非常灯が灯る。非常ベルと共に避難を促す放送が流れる。
非常灯によって紅く染まる世界の先に、気だるそうに佇む中鬼に向けてボクは銃口を向けた。




