三様の中距離と二たびの静寂(裏)
「にこなってそんなに娘々太郎が好きだったっけ?」
「うーん、腕々マッスルの方が好きだったと思ったけどなぁ?」
二人の少女が飛び出していった友達を、ニコナの行動を疑問に思う。思うとはいっても心配や疑念とは違う。他愛もない日常会話の一環だ。
そんな二人に雫ミスミは、殊更、明るい声で提案した。
「パレードを間近で見るのも楽しいですが、ボクたちが着く頃には既に人だかりが出来ているでしょうし、暑いですから展望喫茶で涼みましょうか。
そこから見るパレードも迫力があるんですよ? 幌谷くんにお願いしてますし、ニコナさんと来てもらって休憩ですね。」
「あーっ! 知ってる知ってる!
ヒヨはそこのトリプルジェラード食べたいって思ってたんだー!」
「もー、ヒヨったら! 夏休み中にダイエットするんじゃなかったっけ?」
二人の弾むような笑い声が、周りの平和な風景に花を添えた。
雫ミスミの表情は明るく、にこやかに振舞ってはいたが、全神経を周囲へと張り巡らし警戒は怠ってはいなかった。要請していた別動隊が到着し目線だけ合わせ、視界に入った瞬時に意思疎通を行う。
元々は自分が所属していた部隊だ。彼らの腕は信頼できる。元来は強襲に特化した部隊だが、護衛・警戒を任せるに申し分は無い。これで自分が二人から離れたとしても安全は確保されるだろう。
目的地に着くと一人の少女が弾むように走り出し、それを窘めながらもう一方の少女が後を追った。そこは、どこまでもどこまでも平和や幸せが続いているようだった。
ふと雫ミスミは自分の中学時代のことを思い出す。だが、すぐに頭の中から振り払った。
こんな時に何を考えているのか。平穏な日常、平和な世界は自身の手で掴み取る。そう誓ったではないか。ボクは何の為に生きている。
「どうやら幌谷くん、場所がいまいちわからないみたいです。
ちょっと近くまで迎えに行ってきますので、一番いい特等席を取っといて下さいね?
先に好きなもの食べてていいですよ。幌谷くんに奢らせますから!」
雫ミスミの言葉に二人の少女がくすくすと笑い、明るい笑顔を返す。
その笑顔に手を振り、雫ミスミは踵を返し階段を降り始めた。入れ替わるように踊り場で横切った男へ微かに頷く。階段を降りきるころには雫ミスミの表情が引き締まる。状況が悪化している。
「フェゼントよりオストリッチ。
民間人2名と周囲の安全確保はククー部隊に引き継いだ。
P52に新たなOⅢの二体の出現を感知。一体はよく知っている奴だ。これより確認に向かう。
よってP116のバックアップはそちらに任せる。
通信はそのままに。逐次情報を送れ。」
雫ミスミが裏通り、スタッフ専用通路へと進み、最短距離で新たな鬼の出現場所へと向かう。意図的になのだろうか。階段を上っている際に一度だけ大きな鬼気を二つ感知した。今は再びなりを潜めてはいるがここから近い。
罠かそれとも足止めか。いずれにしろ無視できる状況ではない。
「何なのかしら? 何故こんな場所に呼ばれなきゃいけないのかしら?
こんな暑くて、雑多で、能天気な空間に来なければならないのかしら?
それもよ? こんな陰気臭い、黒いズタボロに、ゴテゴテと安全ピンを並べてよ?
白さを通り越して青白い陰気臭い男が目の前に、何故いるのかしら?」
「いや~、確かに自分は陰気臭い、二度言われたっすけど、陰気臭い底辺野郎っすけど。
ここら辺で適当に待機してサボって、なんつぅか、指示もらったら帰っていいと思うんすよね。
そもあれっす、荒渡も日光とか苦手なんで早く帰りたいっす。」
深緑のサマードレスを纏った女。いや、その顔には山羊を模したリアルな仮面をつけている。性別は不確かだったが、身体的な特徴と声から判断するに女だろう。その女とあの荒渡と名乗る男、パンクファッションの華奢な男が言い争いながら、裏道を歩いているのが目に留まる。
雫ミスミは躊躇なく、いつの間に手にしていたのかサブマシンガンをその二人に乱射しながら接近した。
「ほら、予想通りじゃない?
だから「計画」までは大人しくしていればよかったと思うのよ? こんな場所に出向くなんて気が進まなかったのよ? 私は?」
山羊面の女がその場で一回転しながら首に巻いたスカーフをほどき、そのスカーフで雫ミスミの放った弾丸を絡め取って着弾を防ぐ。
「自分、底辺なんで、意見は主張しないっす。
むしろ雨早川姉さんの相手とか荷が重いっす。」
荒渡と名乗る男が虚空を撫でるように両手を動かし、正中線へと飛んできた弾丸を受け止める。
その他の弾丸のいくつかを被弾していたが気にも留めていない様子だった。
二人がその後、それぞれのポーズでキメに入った。
舞い込んできた一陣の風が女のスカーフを揺らし、静寂をもたらす。
「あんたわたしに今、「荷が重いって」言わなかった?」
「言ってないっす。」
雫ミスミが傍らに設置されていた金属製のごみ箱を蹴り、そこから出てきたもう一丁のサブマシンガンを前転で取り上げると、着地と同時に低い体勢で二人へと照準を合わせる。
「ふざけた言動、行動はやめてもらえませんか、100%」
転がったゴミ箱の蓋が静寂を破るように大きな音を立てて転がり、そして壁にぶつかって止まった。
再び奇抜な男女と雫ミスミの間に静寂が流れる。
三人の動きが止まる中、音もなく山羊女の足元から出現した紙吹雪が立ち上がりうねり、意思を持った竜巻のよう螺旋し三つに分かれ、上空から雫ミスミへと迫りくる。
「荒渡、わたしがあの豆鉄砲で傷の一つでも負ったら貴方の責任よね?
そうでしょ? しっかり守るのは当然よね?」
「そいつは無理っす。こういう囲われてないところは無理っす。
なんで、お化け屋敷とかミラーなんちゃらとかいうとこに移動したいっす。
自分、底辺な上に引き籠り体質なんで。」
「何言ってるの? バカなの? 低能なの?
あたしがこんな能天気な場所にいるのも不快だというのに、そんな根暗でナルシストで独りよがりな場所に行くとでも思ってるの?」
雫ミスミはうねるように螺旋する三本の紙吹雪を回避しながら、左右のサブマシンガンの照準をそれぞれに合わせ打ち続ける。
紙吹雪がそれぞれ緩やかに方向を変え、雫ミスミへと追従する。それはまるで全体の意思を持った魚群のようだ。そしてそれは逃げ回る「狩られる側」の小魚などではない。殺意を持った「狩る側」の魚群だ。
遠隔操作? いや自動追尾の類か。マーキングされた形跡はない。照準と発動が同時か?
現状、発動を止める方法は見当たらず、迎撃する手段もない。避ける他の手立てがない。
ならば本体を撃つまで。
淡紅藤のオーラが立ち上がり、雫ミスミの背中に翼が展開される。
一気に加速し、平面の動きから立体的な動きへ。紙吹雪の魚群を振り切り、二人の頭上を飛び越えながら上空より射撃する。
「中距離と中距離って相性が最悪なんですけど?
お陰で衣装がボロボロじゃないのよ? 荒渡?」
山羊面の女、雨早川と呼ばれた女が弾丸の雨の中を舞うようにステップを踏み、ことごとく躱す。
とは言え防衛に使用していたスカーフが物理的に弾丸には耐えきれず、ぼろきれの様になったそれを捨て去る。
「荒渡的には場所の相性が最悪っす。
そして自分、弁償する金はねぇっす。底辺なんで。」
対照的に荒渡はその場から動かず、正中線、急所を狙う致命傷になりそうな弾丸だけをその手で受け流す。その他の部分に被弾したものは、本来の殺傷能力、貫通力が半減しているかのようだ。
そしてその鬼特有の治癒力が上回り、所詮は「焼け石に水」といった様子だ。
状況は均衡している。いや、ボクが足止めしているのか、それとも足止めされているのか。
雫ミスミが一旦、物陰に隠れ、非常用ボックス内に隠されていたマガジンをセットし、そして予備を更に腰に装着する。その間、僅か2~3秒。だがそのわずかな時間とて、あの自動追尾の紙吹雪が距離を縮めるには十分な時間だった。
打開策を動きながら思案する雫ミスミだったが、上空から何かが飛来する、いや落下する影を瞬時に感じ取り、攻撃を中断してそこから距離を取った。
その落下する何かが、三人の間に再びの静寂をもたらした。




