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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏ウズシオ
32/81

夜染めの吸血鬼(裏)

「ご苦労さん。あとはこっちでやる。」


 若頭(カシラ)からのその一言に、正直なところホッとした。

そして悔しかった。


 大きなモノ入りがある、ということで大型トラックの手配から積み荷チェック。その全てをやった。積み荷は「こんなものが日本に?」と思うような代物。ガトリングガンやらマシンガンやら。これから戦争でもやんのか? てなものばかりだった。そして大量の大豆。



 人情派でありつつも武闘派な笠子組にあって、俺は異色だ。

ホストやらキャッチやら、ヒモやらでうだつの上がらない俺が底辺をさまよってた時。くだらないチンピラとのいざこざから救ってくれたのは若頭、壇之浦さんだった。


「お前……、この街が好きなんか。」


 その問い。その目、その声に俺は思わず「はい。」とだけ答えた。

それは嘘じゃない。勢いでも出任せでもない。心打たれて発した言葉だった。この人もこの街が好きなんだなと思った。この人に付いていきたいと心底思った。俺に何ができるかわからなかったが、若頭は俺を拾ってくれた。必要としてくれた。だから俺は自分にできる事を全力でやってきた。


 だが、俺に武闘派は務まらない。頑張ったところで秒殺だろう。腕力も無い、知恵も無い、無い無い尽くしな俺。



「田村、もう一つ頼まれ事があんだが、いいか。」


 その一言に俺は救われた。

今回のカチイリに俺は務まらない。だがそんな俺でも役に立てる。少しでも若頭の期待に応えられる。そう思った。


 カチイリに参加しないことでホッとする気持ちが2割。

そして「そんな俺でも何かの役に立てる」というホッとした気持ち2割。

残りの6割はなんだ? 俺が、俺にしかできない、俺が生きていくために必要な「俺にしかできない事」ってなんだ? 俺は何ができるんだ?


「嬢のために発注したアレ、出来上がって無くても届けろ。」


 無茶な注文。現実的な話、出来上がってないものは届けられやしない。

だが俺は迷わず「はい、必ずや。」と答えた。「やれる、やれない」じゃない。「やるか、やらないか」だ。当然、俺はやるの一択だ。



「お嬢……、なんでこんなとこに寄るんだかねぇ。

 大丈夫なんかなぁ。急ぎかと思ったんだが。」


 一人ごちる。

いつもの偽装タクシーでお嬢を拾ったはいいが、どこへ向かえばいいんだか何が目的なんだか。


 お嬢のお目付け役、いや、サポートの役割を担っちゃいたが正直なところ掴めちゃいない、お嬢という人物を。何を考えているのか、何が目的で生きているのか俺にはわからんかった。ただ次元の違う「殺し屋」だということは肌でも感じる。そして俺らにとって重要な人だということも。


 お嬢へと届けるように言われたブツは小ぶりなジュラルミンケース。後部座席に積んである。

中身は特注製のダガーナイフが二種。現物を確認したが、まるで剃刀のように薄い刃。ゆえに極限までに研ぎ澄まされた切れ味。柔軟性を持たせ折れる事のない柳の葉のようなナイフ。

もう一方は対照的に刺すことを目的としたもの。細く鋭く、適度な重みと強度。見るからに刺すという目的にのみ特化した代物。松の葉のような繊細な美しさ。

この二刀が一対として組み合わせることできる構造だった。組み合わせるとまるで1本のナイフのようだ。

特注品なだけに、日に出来上がる数に限りはあったようだが、出来上がってる8対だけ積んできた。これが多いのか少ないのかわからなかったが。



 空の端が暗紫色に染る。夜が始まる。

俺はこの瞬間が好きだった。時間の入れ替わる瞬間が。つい待っている間、気を緩めて空を眺めてしまう。


 幌谷ビャクヤ(若頭のせがれ)は無事にお嬢に会えただろうか……


 ふと思い出す。

いや、おかしいな。お嬢は俺が迎えに来たわけで、今は衣料量販店の前で待ってるわけで……

思い違いだろうか。お嬢のもとへと送ったはずなんだが、記憶が曖昧だ。つい先ほどの出来事なのにもかかわらず、思い出そうとすると靄がかかり、記憶が不明瞭になる。桃の香りが鼻腔をくすぐる。

似た若者を車に乗せて運んだだけだったのだろうか。二、三の会話をしたはずなんだが。



 後部ドアが開く。ハッとその音に我に返り、瞬時に警戒のスイッチをオンにしてルームミラー越しに後部座席を伺った。


「用はすみましたか……って、なっ?!」


 ミラーに写っていたのは血の気のない黒ずくめの幽霊、いや吸血鬼(バンパイア)……

いや、お嬢か。心臓が止まるかと思った。

鬼だかがいるのだから、吸血鬼がいないとは言い切れない。



 なんで清楚系から一転、ダークサイドに堕ちた。いやなんで衣装替え?

衣装替えは今更といえば今更だが、今寄って替えてく必要があったのだろうか。

男性物の黒いコート。なぜかコートの中は水着か何かのように軽装だが、あちこちにベルトが付いている。


「……。」


 相変わらず生気のないお嬢は、気怠そうにジュラルミンケースを開け、1対ずつフォルダーに収まったそれを身に着けていく。

気になるところは多々あったが余計な詮索はしない。知る必要があることだけ知ればいい。それが俺の生きていく世界での常識だ。

お嬢がここにいて、そのお嬢へとブツを渡し、そしてどこかへ届どける。

それだけわかっていればいい。それを完ぺきにこなせばいい。



「んで、お嬢。つぎはどっちに?」


 お嬢がおもむろに前方を指さす。


「……、山に、鬼刈りに。

    川の流れに、選択に。」


 ギアを入れ、俺はアクセルを踏んだ。

今夜、何かの流れが、俺の生きていく世界の何かが変わる。


 そんな予感だけがした。

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