夜染めの吸血鬼(裏)
「ご苦労さん。あとはこっちでやる。」
若頭からのその一言に、正直なところホッとした。
そして悔しかった。
大きなモノ入りがある、ということで大型トラックの手配から積み荷チェック。その全てをやった。積み荷は「こんなものが日本に?」と思うような代物。ガトリングガンやらマシンガンやら。これから戦争でもやんのか? てなものばかりだった。そして大量の大豆。
人情派でありつつも武闘派な笠子組にあって、俺は異色だ。
ホストやらキャッチやら、ヒモやらでうだつの上がらない俺が底辺をさまよってた時。くだらないチンピラとのいざこざから救ってくれたのは若頭、壇之浦さんだった。
「お前……、この街が好きなんか。」
その問い。その目、その声に俺は思わず「はい。」とだけ答えた。
それは嘘じゃない。勢いでも出任せでもない。心打たれて発した言葉だった。この人もこの街が好きなんだなと思った。この人に付いていきたいと心底思った。俺に何ができるかわからなかったが、若頭は俺を拾ってくれた。必要としてくれた。だから俺は自分にできる事を全力でやってきた。
だが、俺に武闘派は務まらない。頑張ったところで秒殺だろう。腕力も無い、知恵も無い、無い無い尽くしな俺。
「田村、もう一つ頼まれ事があんだが、いいか。」
その一言に俺は救われた。
今回のカチイリに俺は務まらない。だがそんな俺でも役に立てる。少しでも若頭の期待に応えられる。そう思った。
カチイリに参加しないことでホッとする気持ちが2割。
そして「そんな俺でも何かの役に立てる」というホッとした気持ち2割。
残りの6割はなんだ? 俺が、俺にしかできない、俺が生きていくために必要な「俺にしかできない事」ってなんだ? 俺は何ができるんだ?
「嬢のために発注したアレ、出来上がって無くても届けろ。」
無茶な注文。現実的な話、出来上がってないものは届けられやしない。
だが俺は迷わず「はい、必ずや。」と答えた。「やれる、やれない」じゃない。「やるか、やらないか」だ。当然、俺はやるの一択だ。
「お嬢……、なんでこんなとこに寄るんだかねぇ。
大丈夫なんかなぁ。急ぎかと思ったんだが。」
一人ごちる。
いつもの偽装タクシーでお嬢を拾ったはいいが、どこへ向かえばいいんだか何が目的なんだか。
お嬢のお目付け役、いや、サポートの役割を担っちゃいたが正直なところ掴めちゃいない、お嬢という人物を。何を考えているのか、何が目的で生きているのか俺にはわからんかった。ただ次元の違う「殺し屋」だということは肌でも感じる。そして俺らにとって重要な人だということも。
お嬢へと届けるように言われたブツは小ぶりなジュラルミンケース。後部座席に積んである。
中身は特注製のダガーナイフが二種。現物を確認したが、まるで剃刀のように薄い刃。ゆえに極限までに研ぎ澄まされた切れ味。柔軟性を持たせ折れる事のない柳の葉のようなナイフ。
もう一方は対照的に刺すことを目的としたもの。細く鋭く、適度な重みと強度。見るからに刺すという目的にのみ特化した代物。松の葉のような繊細な美しさ。
この二刀が一対として組み合わせることできる構造だった。組み合わせるとまるで1本のナイフのようだ。
特注品なだけに、日に出来上がる数に限りはあったようだが、出来上がってる8対だけ積んできた。これが多いのか少ないのかわからなかったが。
空の端が暗紫色に染る。夜が始まる。
俺はこの瞬間が好きだった。時間の入れ替わる瞬間が。つい待っている間、気を緩めて空を眺めてしまう。
幌谷ビャクヤは無事にお嬢に会えただろうか……
ふと思い出す。
いや、おかしいな。お嬢は俺が迎えに来たわけで、今は衣料量販店の前で待ってるわけで……
思い違いだろうか。お嬢のもとへと送ったはずなんだが、記憶が曖昧だ。つい先ほどの出来事なのにもかかわらず、思い出そうとすると靄がかかり、記憶が不明瞭になる。桃の香りが鼻腔をくすぐる。
似た若者を車に乗せて運んだだけだったのだろうか。二、三の会話をしたはずなんだが。
後部ドアが開く。ハッとその音に我に返り、瞬時に警戒のスイッチをオンにしてルームミラー越しに後部座席を伺った。
「用はすみましたか……って、なっ?!」
ミラーに写っていたのは血の気のない黒ずくめの幽霊、いや吸血鬼……
いや、お嬢か。心臓が止まるかと思った。
鬼だかがいるのだから、吸血鬼がいないとは言い切れない。
なんで清楚系から一転、ダークサイドに堕ちた。いやなんで衣装替え?
衣装替えは今更といえば今更だが、今寄って替えてく必要があったのだろうか。
男性物の黒いコート。なぜかコートの中は水着か何かのように軽装だが、あちこちにベルトが付いている。
「……。」
相変わらず生気のないお嬢は、気怠そうにジュラルミンケースを開け、1対ずつフォルダーに収まったそれを身に着けていく。
気になるところは多々あったが余計な詮索はしない。知る必要があることだけ知ればいい。それが俺の生きていく世界での常識だ。
お嬢がここにいて、そのお嬢へとブツを渡し、そしてどこかへ届どける。
それだけわかっていればいい。それを完ぺきにこなせばいい。
「んで、お嬢。つぎはどっちに?」
お嬢がおもむろに前方を指さす。
「……、山に、鬼刈りに。
川の流れに、選択に。」
ギアを入れ、俺はアクセルを踏んだ。
今夜、何かの流れが、俺の生きていく世界の何かが変わる。
そんな予感だけがした。




