灰色のブロックに色がつく(裏)
光はどこから来るのだろう
あの人はどこから来たのだろう
私は私のことを知らない
私はどこから来たのかを知らない
気が付いた時には四角い闇の中
話をする人はここにはいない
笑う人はここにはいない
泣く人もいない
怒る人も誰もいない
いつもおなかがすいていた
いつも寝ていた
たまに来る女が食べ物をくれた
いつも怒っていた
いつも泣いていた
叩かれたけれど
蹴られたけれど
食べ物をくれる女だった
唯一の
四角い闇と外をつなぐ女だった
おとなしくしてなさい
といったから
おとなしくしてた
話をすることも
笑うこともしなかった
いつの日か女が来なくなった
四角い闇は四角い闇のままだった
おなかがすいたけど
動く力はなかった
眠れなかったけど
考える力はなかった
おとなしくしてなさい
といったから
じっとおとなしくしてた
女の代わりに男が来た
わたしはきみのおじさんだよ
といった男が笑っていた
笑ったから笑おうとした
けどそれはうまくできなかった
兄弟がたくさんいるところに行こう
と男はいった
友達がたくさんいるところに行こう
と男がいった
兄弟も友達も私は知らない
わたしはおとなしくしなくてはいけない
そうじゃないと食べ物がもらえない
男がわたしを担ぎ上げた
抵抗する力をわたしは持っていなかった
四角い闇からわたしを外に連れ出した
初めて見る外は灰色のブロックだった
黒い闇が少し薄くなった
暖かさはどこから来るのだろう
あの人はどうして温かい目なのだろう
私は私の感情がどこにあるのかわからない
私は何をしたらいいのかわからない
男が眩しいオレンジに私を連れてきた
眩しいオレンジは明るくて暖かくて
それにとても私は怖かった
男が座りなさいといったから
私は椅子に座った
男が食べなさいといったから
私は目の前のものを食べた
いい子にしていたら御馳走が食べられると男がいった
これを使って食べなさいと男は言った
使い方がわからなかったから
私は手で食べた
叩かれた
食べなさいといったから食べたけど
おなかがすいていたのに
私は吐いた
吐いたものを食べたら
また叩かれた
いい子にしていたら御馳走が食べられると
男がまたいった
兄弟のいるところに連れてかれた
友達がいるところに連れてかれた
灰色のブロックの中だった
みんな無表情だった
私も無表情だった
みんな無口だった
私も無口だった
男の代わりに先生が来た
先生の名前は先生だった
先生は私をオイと呼んだ
先生は私をオマエと呼んだ
私の名前はオイオマエだと思った
でも兄弟の名前もオイオマエだった
でも友達の名前もオイオマエだった
私たちはオイオマエだった
先生はナイフの使い方を教えてくれた
先生はピックの使い方を教えてくれた
先生は素手の使い方を教えてくれた
使えるようになったら御馳走が食べられるといった
先生は動脈の位置を教えてくれた
先生は神経や腱の場所を教えてくれた
先生は急所を教えてくれた
覚えたら御馳走が食べられるといった
先生は効果的にやるようにといった
先生は素早くやるようにといった
先生は目立たぬようにやるようにといった
うまくできるようになったら御馳走が食べられるといった
でもいつまでも御馳走は出てこなかった
かわりに兄弟が少なくなっていった
かわりに友達が少なくなっていった
いつの間にか私たちは4人になった
オイオマエは4人になってオマエタチになった
雨はどこから来るのだろう
あの人はどうしておいしいものをくれるのだろう
私は人の接し方を知らない
私は何を望んでいるのか知らない
私たちはお互いをあだ名で呼ぶようになった
先生も私たちをあだ名で呼ぶようになった
オマエタチは死ななかったから優秀だといった
でもそれだけでは御馳走は食べられないといった
チータは身体にたくさん火傷跡があった
チータは頭がよかったから薬を覚えた
薬なら毒薬でも爆薬でも使えた
私にはわからなかったから使えなかった
ボッサは髪を切るのを嫌がった
ボッサは身体が大きかったから銃を覚えた
一番うまかった
私は身体が小さかったから使えなかった
カータはよく肩が外れるといった
癖になってるといった
とても素早かったから素手が上手だった
死角のつき方
躱し方
フェイントのつき方
身のこなし方
カータは私に教えてくれた
私は明太子を食べるといつも泣いたから
メンコと呼ばれていた
先生はナイフのセンスがあるといった
だから私はナイフの使い方を覚えた
それが御馳走を食べるための条件だった
それが死ななかったから優秀になる条件だった
先生がオマエタチは卒業して就職だといった
私たちはこの灰色のブロックから卒業するのだと知った
私たちは就職して御馳走を食べるのだと知った
きっとチータに会うことはもうない
きっとボッサに会うことはもうない
きっとカータに会うことはもうない
卒業したら他人になるのだと知った
私はまた名前がなくなった
柔らかさはどこから来るのだろう
あの人はどうして柔らかくないのに柔らかいのだろう
私は私がどうしてここにいるのか知らない
私はどこへ向かえばいいのかわからない
就職先ではオイオンナと呼ばれた
それが私の新しい呼称だった
男たちはいつも怒っていた
それなのに無表情だった
たまに派手な女を見た
でも興味はわかなかった
外の世界はやっぱり灰色のブロックだった
どこまで行っても
どこを見上げても
灰色のブロックの世界だった
私は見上げるのをやめた
私はどこをどう切ればいいのか考えた
私はどこにどう動けばいいのか考えた
相手のどこを切れば死ぬのか考えた
相手はどう動くのか考えた
それ以外に相手をどう見ればいいのかわからなかった
それ以外に興味のあることがなかった
会う人はみんなそういう風に見ていた
目の前にいる男は殺しても
御馳走が食べられないから殺さない
目の前にいる女は殺しても
御馳走が食べられないから殺さない
写真の男を殺せば
御馳走が食べられる
写真の女を動けなくしたら
御馳走が食べられる
子どもだった私に相手は油断した
これは使えることだと知った
でも成長したら使えなくなった
かわりに
女だった私に相手は油断した
これは使えることだと知った
眼鏡をかけるともっと油断した
これは使えることだと知った
色々な服を着るようになった
色々と使えることだと知った
みんな早口で喋った
殺したら御馳走になる人も
殺しても御馳走にならない人も
早口で喋った
私が喋ろうとしても
追いつけなかった
喋らなくても困ることはなかったから
私は喋ることをやめた
写真を渡される
居場所を教えられる
時間を教えられる
そこに行って探す
見つけたら殺す
殺したら帰る
帰ったら御馳走が食べられる
無言でも困ることはなかった
写真を渡されなかったときは
御馳走は食べられない
私はいつもおなかがすいていた
風はどこから来るのだろう
あの人はどうして私の名前を呼ぶのだろう
私はどうしたらいいのだろう
私は何をしたらいいのだろう
写真を渡される
居場所を教えられる
時間を教えられる
そこに行って探す
見つけたら殺す
これで何度目だろう
でも写真の男は殺せなかった
これでは御馳走が食べられない
写真の男は壇之浦という名前だった
私には名前がないのに
壇之浦は諦めろといった
壇之浦はラーメン食べるかと聞いた
ラーメンは御馳走だから従った
壇之浦に名前を聞かれた
私には名前がないと答えた
そんな私に名前を付けてくれた
「佐藤ウズシオ」
名前を付けてくれたので
壇之浦はきっと私のお父さんだ
お父さんが倅を守ってくれといった
倅は息子だといった
息子は幌谷ビャクヤという名前だといった
私は頷いた
お父さんが無理はしなくていいといった
それはどうしたらいいのかわからないから困った
「頼むな」
といったから
私は頷いた
幌谷ビャクヤは私を「ウズウズ」と呼ぶ
温かい眼差しで私を「ウズウズ」と呼ぶ
私は頷く
幌谷ビャクヤは私に御馳走をくれる
何もしていなくても御馳走をくれる
柔らかい眼差しで私が食べるのを喜ぶ
だから私は食べるのが楽しい
幌谷ビャクヤは私のことを待っていてくれる
私が喋るのを待っていてくれる
喋らなくても待っていてくれる
ずっと私は隣にいたいと思った
幌谷ビャクヤは私が「必要だ」といった
私を必要としてくれる
必要としてくれたから
あの人は私の旦那さんだ
灰色のブロックに色がつく
あの人が灰色のブロックに色を塗ってくれた




